哀天使Ⅱ
彼ルクシオール卿は、三台目の硝子の棺へ歩いた。
残されたアンジュたちが、その周囲へ集まる。
傷ついた身体で。
震えながら。
それでも硝子の棺の少女を庇うように。
ルクシオールが棺へ手を触れた。
「ヴェスペラ・ルシア」
その声だけが、父親の声だった。
「これは私の妻ではない」
エステルが息を呑んだ。
「娘でもない」
シルクが目を細めた。
ルクシオールの指が硝子をなぞる。
「二人の髪の毛根から得たものを繋ぎ、この身体を作った。血を残した。形を残した。だが――」
拳が震えた。
「ふたりは戻らなかった」
アポロの片目が細くなる。
そこでようやく分かった。
この男は、復讐のためだけにここまで来たのではない。
ルクシオールはシルクを見た。
「だが、お前は死んだ」
次にアポロを見る。
「そして、お前が引き戻した」
シルクの顔から全ての表情が消えた。
「正確には違う」
「ディテールなどはどうでもいい」
ルクシオールは続けた。
「死んだ魂が、この世界へ留まった。それで十分だ」
今度はエステルを見る。
「そして聖女」
「……何です」
「お前は真昼に、神の法そのものを拒絶した」
エステルの手が杖を握り締める。
「神が許さなくとも、私が許す――だったか」
エステルの瞳が揺れた。
「私は二十七年間、神に祈った」
ルクシオールは笑った。
笑ったはずなのに、そこには何の喜びもなかった。
「返事はなかった」
硝子棺の少女の頬へ、指を重ねる。
「だから神に頼むのはやめた」
アポロが低く言った。
「それで、俺たちに頼むって?」
「頼む?」
ルクシオールが何かを見つけたかのように初めて微笑んだ。
「違う」
と言って指を鳴らして合図する。
残ったアンジュたちの光の鎖が一斉に輝いた。
黒い結界が戦場をさらに切り分けた。
ジョーの弾丸が弾かれた。
ブルーの双剣も。
フィンの矢も。
外側で仲間たちが結界を叩くが完全に全てを遮断していた。
ルクシオールは三人だけを見た。
「お前たちは、すでに証明したのだ」
「死は絶対ではないと」
硝子の棺の中で、ヴェスペラ・ルシアの指が、ほんの僅かに動いた。
「アポロ。お前の生命を繋ぐ力」
「シルク。死を越えてここに在る、お前という証拠」
「エステル。神の裁定に対して、人として異議を唱えた意思。」
ルクシオールは両腕を広げた。
その背後で、二台目の装甲が開く。
そこにあったのは二つの人型を収めるための、空の器だった。
「三つが揃えば――」
初めて。
ルクシオールの声が震えた。
「私は、ヴェスペラとルシアを手元に帰せる」
シルクが吐き捨てた。
「二十七年かけ、国中を血まみれにして、最後は家族ごっこかい。」
「違う」
ルクシオールの目から、すべての肩書が消えた。
そこにいたのは高位貴族でも王国首席判事でも異端審問局最高監察官でもなかった。
ただ。
妻と娘を失った一人の男だった。
「失ったものを――取り戻すのだ。この手に」
アポロは黙って愛銃を構え、銃口の照準をルクシオ―ル卿に合わせた。
そのとき。
残されたアンジュの一体が、ルクシオールとアポロの間へ立った。
銃口を見ている。
怖いのだ。
それでも。
彼女はヴェスペラ・ルシアの前から退かなかった。
もう一体が隣へ並ぶ。
さらに一体。
白い身体が次々と、硝子の棺の前へ並んでいく。
盾のように。
第十二条のアンジュが震える声で言った。
「死にたく……ありません」
一度、息を呑んだ。
それから。
棺の少女を振り返った。
「でも……この方にも、死んでほしくありません」
アポロの指が、引き金から一度離れた。
次回、最終章――「チャンバーリミット」!!!
「犠牲になるのは、お前一人だ」
シルクの命も、エステルの未来も、仲間も、街も救える。
差し出すものは、アポロ自身の命だけ。
それは彼にとって、あまりにも“選びやすい”答えだった。
愛する者のために死ぬのか。
それとも――生きることを選ぶのか。
《隻眼》が最後に照準を定めたものとは。
狂詩曲クライマックス、渾身の弾丸です。




