5.将来
団長のいる窓のそばまで来たはいいが、途中からフイッと目をそらされてしまった。
アーツは大事な用件の最中だったかと反省して、足をとめて後ずさった。
お礼を言いたいがために、迷惑をかけては台無しだ。
その時、部屋の入口のドアが開いて、第二騎士団のムラノ団長が現れた。
室内にいるヴァルと、窓の外にいるアーツを見て、
「おーおー、今、噂の二人じゃねーか」
噂?
「魔物に襲われた姫を助けに天馬にのってあらわれて、颯爽と救い出し、気絶した姫を抱きかかえて去っていくってぇヤツよ。吟遊詩人がうたいはじめて、早速劇場にかけたいってぇ利権がどうとかで大騒ぎだぞ。まあ、お二人さんじゃ繁華街にゃ用がねえから知らねぇか」
ガハハハと笑うムラノ団長に、アーツは驚いて声をかけた。
「そんな話になってるんですか?さっき団員の人は、僕がちぎっては投げちぎっては投げの大活躍だったって噂になってるって聞きましたよ?」
「なんじゃそりゃ、お前の風貌を知らねえやつらの噂だな」
なんだ?物申したいことが多すぎる!
アーツとムラノ団長のやりとりを目にしたヴァルは驚いた様子で会話に混ざって来た。
「ムラノ団長も彼と知り合いですか?」
「おう。ちっけーころから出入りしてっからなぁ」といって、自分の膝辺りに手をかざした。
「団長、僕、13歳のころから来ているだけですから、そんなに小さかったわけありません!」
またしてもガハハハ笑うムラノ団長。
孫とじいじのじゃれ合いのようで、周りはいつも微笑ましくみている第二騎士団の名物的な光景だが、ヴァルの表情は硬い。
そんな空気を感じたアーツは、ヒヤリとする。
「ごめんなさい。僕なんかがお仕事のお邪魔をしてしまって!ただ、先日助けていただいたって聞いていたので、お会いすることがあればお礼をしたいって思っただけなんです。あの、ありがとうございました!」
アーツは言わなければいけないことを目一杯詰め込んで、一息に話して、ペコリと勢いよく頭を下げて、「それでは。失礼します!」と駆け出した。
なんだか、怒らせてしまったかも。ムラノ団長と軽口をたたいたのが、身の程知らずって思われたかな。
アーツは見当違いの反省をした。
*****
その後もアーツとヴァルは、第二騎士団の訓練所で時折挨拶を交わす程度、顔見知りレベルより上くらいの関係性を保っていた。
3年に進級してからは、第一騎士団から正式に研修生として一緒に訓練しないかと誘われた。
アーツの家族は大喜びだった。
兄のラルフが伯父の伯爵家に養子に入ったので、アーツは男爵家の正式な跡取りとなっていたのだが、領地なしの下位貴族にとって、第一騎士団は花丸級の優良職だった。
アーツは、教室から見える、流れのはやい雲をぼんやりと追いかけながら、将来について考えていた。
「なに?どうした?悩み事か?」
明るく悩み事相談にのってくれそうな呼びかけをしてくれたのは、ずっと同じクラスの子爵家次男ディックだった。優しくて人当たりのいい彼は、なんと、年下の伯爵家一人娘との縁談が進んでいる。
貴族に生まれて、次男とは、長男に子供が生まれた瞬間に用なしになる儚い存在だ。もちろん家族として愛されはする。だが、跡継ぎという点では、お呼びでない存在になるのだ。そんな中、一人娘との結婚は誰もが憧れる大逆転コースだ。
幅を利かせていた侯爵家の次男が、その話をきいた瞬間、ディックに愛想よく接するようになったと陰では面白おかしく噂されている。
高位貴族だとて、跡継ぎでなければ自力で生きていく道を探さねばならないのだ。
「悩み事っていうか、僕ね、第二騎士団があってると思うんだ。すっかり馴染んで知り合いばかりだし」
「第二って、アーツ、剣士の集団だろ?しかも実力全振りの入団試験があるだろう??おまえ剣技できたか?」
「……。できない。魔法使いの才能があったから……。誰も僕に剣を振らせようなんてしなかったしね」
「だよな。魔法剣が使えるとかは?」
「その才能は無かった」
「じゃあ、第二は無理じゃね?」
「でも、魔法使いの枠があるんだ、治療班だけど」
「治癒魔法も使えたのか?」
「ちょっとだけ。専門は結界魔法だから」
「だめじゃん」
アーツは、そのダメ押しにがっくり肩を落とした。
「何?第一に誘われてるのに行きたくないのか?贅沢な悩み事だな」
「そんな訳じゃ……。でも、ずっと第二の人と一緒にいたから、第一は緊張する場所ってイメージがあって……」
はあぁ。
ため息ばかりがでる。




