3.魔物騒動
アーツは貴族学校2年生に進級した。
今日は真新しい制服に身を包んだ初々しい新入生たちとの合同レクリエーションだ。
「先輩!」なんて可愛い下級生に呼ばれて照れているクラスメイトと共に講堂に向かっていた。
「おい!あれを見ろ!野犬か!?」
中庭を指さし、声をあげたのはディックだった。
「いや、魔物だ!」
間違いない。灰色の毛並みに、赤く濁った眼。大きさは犬よりも一回り大きい程度だが、四本の足は鋭い爪で石畳を容赦なく削る力を持っている。
口元からは涎を垂らし、低く唸る声が腹の底に響いた。
魔法使いに師事しているアーツは普通の学生よりは魔物に詳しい。その恐ろしさも学習ずみだ。
「逃げて!早く!」
力の限りに叫んだが、講堂に逃げこもうとする人と教室に引き返そうとする人でパニックになった。
そんな人間をからかうように、魔物は生徒たちの間を縫うように走り回った。
全員は無理かもしれない。でもできる限りは守りたい。
そう思ったアーツは側にいた一団に、
「ついてきて!」と言った後、短く呪文を唱えた。
「壁よ。守れ!」
魔法は長い呪文を唱えなければ発動しない。しかし、ほんの一瞬の簡易的な物なら、作れる。小鳥が驚く程度のものでも無いよりはましなはずだ。
「壁よ。守れ。壁よ。守れ!」何度も何度も繰り返しながら、側にいた人たちを全員講堂まで誘導した。
怯えるだけの下級生たちより、クラスメイトは断然頼もしかった。
正面の扉を施錠して、さらに扉の前に置くバリケードになりそうなものを探し始めた。
防音の効いた講堂で準備していた教師たちは最初、何事かと驚いたが、扉に体当たりしてくる魔物の音ですぐに状況を理解した。
アーツは、心臓が口から飛び出しそうになるのを、懸命に抑えて、結界の呪文を唱える。
魔法使い先生に習った、長い呪文だ。
「平常心じゃ。難しいのはそれを保つことじゃ」
先生の教えを身をもって体験しながら唱える。どうか、どうか成功して!
*****
結界を張り終わったアーツたちは、講堂の二階に上がって助けを待った。
窓から外をみると、下には魔物が10匹以上で講堂を取り囲んでいた。
アーツが簡易の結界を使ったことで、魔物は反撃されたと思い、こちらを優先的に攻撃することにしたようだ。校舎のほうに魔物がいる様子はない。
そうして待つこと数分、猛スピードで駆けつけて来た第三騎士団が、馬上から剣を振ると、あっという間に魔物が殲滅されていった。
「あれが、魔法剣士。すごい」そう言ったアーツの声は、
「ヴァル様よ!助けに来てくださったわ!!」という女子生徒の歓喜の声にかき消された。
二階の窓を開けて手を振る女生徒を見上げたヴァルは、
「学校側の責任者か状況の分かる者を探せ。生徒、職員の所在確認を急ぐように」と良く響く低音で指示を出した。
そして、アーツの結界は解かれ、正面扉が開かれた。
今まで気丈にしていたクラスメイトや、ヴァル様だとはしゃいでいた女子生徒も、扉が開かれると、一気に気が緩んで座り込んだ。泣きだす者もいた。短時間ではあるが、それだけのストレスだった。
アーツも、今まで使った事のない規模の魔法の行使でくたくただった。気持ち的にはこのまま床でも構わずに寝てしまいたいと思っていた。
だが、クラスメイトや下級生、さらには教師にまで、
「アーツのおかげで助かった」と感謝されてしまうと、寝そべる訳にもいかない。
なんとか気合で、座っていた。
***
そして、今度は別の意味でざわめきが広がった。
第一騎士団が来た。
第三騎士団と違って、王宮警護を主な仕事とする彼らは、正装に近い、煌びやかな騎士服を制服にしている。
本来なら魔物の討伐は第三騎士団の仕事のはずだが。
先頭に立つ大柄な騎士が、ヴァルの前で
「すまなかったな。迷惑をかけた」と詫びた。
ヴァルは無言だった。
「王都の結界は第一騎士団の使命。今回の事は原因究明を急ぐと約束しよう」
そう言っているのが、聞こえてくる。
結界のほころびとは。かなり重大な危機的案件のようだ。
優秀な魔法使いが結界をはり、王都王宮を守り、一流の剣士が王宮を護る。
そう言われる第一騎士団の大きな汚点になる案件にかかわってしまったようだ。
部下から「生徒が結界をはってしのいでいた」と簡単な報告を受けていたヴァルが、口を開いた。
「まずは今回の功労者に感謝すべきだろう。我らが到着するまで、結界を張って講堂で頑張った生徒がいるらしい」
講堂の玄関で座り込んでいた皆の視線がアーツに向く。印象的なトルティン団長の藍色の瞳とも視線が交わった。
だが、突然のスポットライトに耐えきるほどの余力が残っていなかったアーツは、その場で、床とお友達になってしまった。
意識がもうろうとする。魔力枯渇の影響がでてきたのだろう。
「よくがんばった」
そう言われたような気がする。
「トルティン団長、私が」
「いや、かまわん」
ゆらゆら揺れながらどこかへ運ばれていくのを感じたアーツは、その腕の中で安心して意識を手放した。




