20.ヴァルの訪問
ヴァルは、緊張した面持ちでソファーに腰かけていたが、アーツが入室すると、しなやかに立ち上がり、迎えてくれた。
まるでご令嬢を迎えるようなしぐさに、アーツはドキッとした。
アーツは自分の口が恥ずかしい賛辞をこぼしてしまう前にと、意識的にすばやく挨拶の言葉を言った。
「ようこそトルティン団長。今日はどのようなご用件でしょう」
唐突過ぎた言葉は無礼にも映ったようで、その場が凍り付いた。
伯父様、伯母様、さらにはラルフも、困った子を見る目で見てくる。
落ち着け、落ち着け、自分に言い聞かせたアーツは、正直になることに決めた。
「すみません。僕、今日、ムラノ団長に会いに行ったんです。そうしたら、僕……、」
「賭けの事なら私も聞いた。すまない。私が君に構い過ぎて、面白がる人間が大勢いたようだ」
「あ、それは、いいんです。嬉しかったです。でも、僕……、無意識に、トルティン団長を賛美しているって指摘されて……。これ以上恥ずかしい言葉を話さないように意識しようと思って……」
「あら、まあ、あなた、わたくしたちは席を外したほうが良さそうよ」
「そうだね。ラルフ、行こうか」
「アーツを残してはいけません。テントで二人きりになるように画策する男ですよ!」
「野営をしてたら誰かしらと同じテントだよ!二人用なんだから」
「それじゃ、お前は団長以外と同じテントになったことがあるか?」
「な、ないけど……」
「ほらみろ。美味しくいただく機会をねらっているケダモノに大事な弟はやれん!」
「くれと言われてないものを、やれんっていったってしょうがないでしょ!」
「いや、くれと言うつもりで来た」
アーツの世界は時間を止めた。
ひとりで生きていく覚悟をした学生時代や、ピッピが来てからの流されるままのお見合い、そういったもの全てに折り合いをつけて年を重ねると思っていた。
そんな自分を全て肯定してくれたように感じた。
*****
ヴァルの発した一言は、予想通りであったが、予想以上の破壊力だった。
実際、王都に住む貴族に、ヴァルの振る舞いは知れ渡っていて、まさに、知らぬはアーツばかりなりだった。
だが、アーツのおまけにドラゴンが付いてくるとなっても動きを見せないヴァルをみて、ヴァルの執着は弟のように思ってのことで恋愛感情ではなかったと、貴族たちに判断されたのだ。
それによってお見合いが山のようにアーツに押し寄せてきた訳だ。
この状況で訪ねて来たヴァルを見て、告白か、デートの誘いか、お見合いの打診かと思っていたラルフは、「くれと言うつもりで来た」発言に一瞬頭が真っ白になった。
ピッピを見ると、静かなものだ。
あれ程、お見合いで大暴れしていたのに。ヴァルはいいのか?
天使のような可愛い弟が、ラルフのものでなくなる日も近そうだ……。
*****
パニックになったアーツが、ようやく絞り出した言葉は、ヴァルの言葉へのイエスでもノーでもなく、
「あの、えっと、僕ずっと思ってたんですけど、お見合いって、会って、話して、すぐに結婚を決めるんですよね?どこかに遊びに行ったりはしないんですか?買い物とか?」という、周りをズッコケさせるものだった。
「……していいのよ。というか、みんなするわ。デートをね。ピッピちゃんがいなければ、そうなってたはずよ」
「そうか、デートはしたことがなかったか。それでは、明日行こう。ピッピには串肉でも買っておけばおとなしくしているだろう」
一方的に決めたヴァルの口調は、弾んでいた。
*****
この後、この日のことを聞きつけた第二騎士団では、「くれと言うつもりで来た」を告白と取るか取らないかでひと悶着あったらしい。
だが、セドリック王子がやって来て、「もちろん、告白に決まっている。なんなら求婚の言葉だよ。賭けは日付までピッタリ当てた僕の一人勝ちだね!」といって、掛け金を全額回収していったという。
トルティン団長のいとこの立場を利用して裏工作したにちがいない王子を、誰も糾弾できないのだから、仕方ない。
騎士団の教訓に「セドリックには気をつけろ!」という言葉が追加されたとかされなかったとか……。




