86. ポルシェの後ろで青ざめる男
トゥルルルル……!
ポルシェセンターの納車ルームに、スマホのコール音がひたすらに鳴り響く……。
「マロくぅ~ん、スマホ鳴ってるよ?」
「英磨君、どしたの?」
「あ、ああ…………ちょっと待って……」
一ノ谷英磨は冷静を装いながら、電話に出る。しかし…………通話内容を聞かれないように、こせこせとポルシェの裏へと移動する。
「も、もしもし…………誰だ……?」
「……誰って、酷いなあ~可憐だよ♪」
わざとらしいほどに可愛いふりをした声が、スマホの向こうより聞こえる。
「ふ、ふざけるな! 可憐は数年前に死んでる!!」
思わず声を荒げる英磨。その声に周囲が驚く……そしてその驚きに、言った英磨自身も驚き、周囲に背を向け小声で話す……。
「誰だ、お前……!」
「……若緑高校校2年2組、大林美月」
「…………バスケ部だった大林か? 可憐といつも一緒にいた……」
「そうだ」
「…………なんで、この電話番号知ってる? 若緑高校の連中には、誰にも教えてないのに!
……というか、なんでお前が可憐のスマホ持ってんだよ!」
「お前、ある日突然、若緑市から居なくなったよな……。やっぱり居づらかったか? みんなから可憐をレイプしたと見られるのは……!
携帯の番号もゼータのアカウントも全て消して、どこかに雲隠れ……探し出すのに苦労したよ」
「し、質問に答えろ! なんでお前が…………!」
「英磨、どしたあ~~?
フェラーリのディーラーが勧誘してきたかあ~?」
「一ノ谷さん、勘弁して下さ~い♪」
英麿の男友達が、からかうように声をかけ、ポルシェセンターのスタッフも釣られるように笑みをみせる。
…………が、当の英磨はそれどころではない。スマホを持っていない手を上げ、" 待ってくれ! "と合図を送るのが精いっぱいだ。
「お前の疑問なんてどうでもいい……今日の午後7時、若緑高校のホームページにある掲示板に来い」
「な、なに……? 高校のホームページ?
なんで…………!」
「若緑高校のログインID、まだ持ってるか? 忘れちまったなら、わたしが教えてやるよ。お前の新しいゼータのアカウントに、IDと動画を送っておく」
「……動画?」
っていうか……だからなんでこいつは、俺の個人情報、全部知ってんだ……!
「可憐が死ぬ前日にタンクが撮った動画……って言えばわかるか?」
その瞬間、英磨の顔から血の気が引いた……!
「ば……ばバ、馬鹿言え…………! あれは、あの動画は……」
「タンクが自ら消したな。可憐への口封じとして撮ったようだが、レイプした証拠になっちまうもんな……!
だけど…………見つけたよ!」
「嘘だ!!」
英麿が叫ぶ。
納車ルームに居る全員が、ポルシェの後ろで通話に応じている英磨を不思議そうに眺める……。
「嘘だと思うなら、確認してみな。
新しいゼータのアカウント、本名は使ってないんだな。高校時代のアカには堂々と英磨って入れてたくせに……そんなに自分の居場所がバレるのが恐いか?」
うるさい……!
うるさい、うるさい、うるさい!!!
英麿は脂汗を流しながら、ゼータのアプリを起動する。PM……プライベートメッセージに一件の通知。
■酒井カレン@blackmask79 2月11日
若緑高校HP ID:1298AS
pas: ichihide
動画ファイル
https:X/www.dougaup.com/hozon/zIQ_uKbB1kw
…………なんだよ、酒井カレンって……! ふざけてんのか、このヤロー!
ん……? ブラ…………ぶらっくますく……?
英麿はアカウント名のあとに続く、ユーザー名を読む。
……Black Maskって、ハッカー集団の……? 通称ブラマス、だっけ?
アカウント名の最初に■マークがあるけど、これってブラマスメンバーが使ってる記号だよな……こいつ、ハッカーになったのか?
ブツブツ言いながら英磨は動画のリンクをタップする……。
「やだ、やだ! やめて……!」
スマホのメディア音量を最大にしていたせいで、納車ルームにレイプされている酒井可憐の叫び声が響き渡る……!
「うわーーー!!」
英麿は慌てて音量を下げる!
「ひ、英磨……なにやってる?」
仲間達の声……。
「なんでも……なんでもない!」
大きく声を出して、英磨は全てを否定する……。
こ、これ……" あの時 "の動画…………!
タンクの奴、消したって言ったのに…………なんであるんだよ!!
「お、おい……これって……!」
英麿は再びスマホを耳に当て、若緑高のかつての同級生、大林美月に問いかける。
「畑野誕琥が撮った動画だ。お前もその場に居たよな?
布団の中に逃げ込んだ可憐をみんなで引っ張り出したあと、なにをした?」
「……………………なにが望みだよ……!」
「……言ったろ。今日の午後7時、若緑高校の掲示板に来い」
「…………今、ポルシェの納車式なんだよ……それが終わったらみんなでドライブして、朝までパーティーをするんだ」
「ああ、そう…………もう一回言うぞ!?
今日の午後7時、若緑高校の掲示板に来い! わかったか!!?」
「わ……わかった」
英麿は悔しさを必死に噛み殺しながら、震える口でそう答え……通話を切った。
…………ベールを被ったポルシェの後ろから、英磨は力なく現れる。その手には、まだスマホが握られていた……。
「ま、マロ君? どしたの?」
「…………悪いけど、予定変更だ。納車式が終わったら、俺は帰る……」
「えええええ!?
ドライブは? パーティーは!? わたし、楽しみにしてたのにぃ~~!」
化粧をバッチリと決めた女が、がっかりした表情で言う。
「……ジイジに電話かけないといけない」
「ああ……ポルシェ買ってくれたお爺さんに、お礼言わないとね。さすが英磨、優しいねえ~~~!」
なにが楽しいのか、常にケラケラ笑っている男友達の話など聞いてないように、英磨は独り言のように呟く。
「また…………ジイジに助けてもらわないと……!」
英麿は手に持ったままのスマホを操作し、祖父である一ノ谷十三へと電話をかける。
一連のやり取りを見ていた、ポルシェセンターの店員が一言。
「あのお…………納車式始めても、よろしいでしょうか?」




