70. 17年の人生
2X26年2月10日 現在
美月は揺れるバスの車内にいた。
「次は、カトリック若緑霊園に停まります」
降車ボタンを押して霊園前で降りる。外は変わらず雪が降っていたが、予報では昼までに止むようだ。アスファルトの道路に落ちた雪は積もることなく、すぐに溶けて水の跡へと変わっていた。
あの日……酒井可憐が自殺した日も雪が降っていた。その日の予報では夜から本格的に降り始め、積雪になると報じられていたが、可憐は埼玉県の若緑市から神奈川県の藤色市へと出かけていった。帰ることなど考えていなかったのだろう……。ビルより飛び降りた可憐の財布には、お金が一円も入っていなかった。可憐の兄である酒井陸は葬式の席で言った。
「可憐は優しい子だった……命を絶つ前、コンビニかどうかで残ったお金を全部、寄付したのだろう……」
亡くなった可憐のコートのポケットに入っていたのは、コンビニのレシートと映画の半券。
レシートの時刻は、12月28日午後8時14分 ホットココアを一つ買っている。映画の半券のタイトルは、怪物の王子様パート3。
シリーズもののSF恋愛映画で、可憐が観たそれはシリーズの完結編だった。可憐は生前から、その映画の結末を楽しみにしていた。
死ぬ前に、結末を知りたかったのだろう……。
上映終了時間は夜の8時。大好きだった映画の結末を見届けた彼女はコンビニでホットココアを買い、そこで財布に残ったお金を募金箱にでも入れたのか……。
これから死ぬ自分には、もう必要ない……世界のどこかで困ってる人の奴に立つのなら…………。
そう思っていたかどうかは……わからない。
コンビニで買い物を済ませた34分後……酒井可憐は雑居ビルの屋上から飛び降り、17年の短い人生に終止符をうった…………。
そのコンビニから、飛び降りた雑居ビルの屋上までは歩いて10分から15分ほど……。飛び降りるまでの34分間、彼女は何を思い、冷たい雪が降る夜の藤色市を歩いていたのだろうか……。
そのビルの屋上には、飲みかけのホットココアの缶と聖母マリアが描かれたメッセージカードが置かれていた。そのカードには可憐の字で、こう書かれていた。
マリア様、魂を殺された人間が自ら命を絶つ行為も罪なのでしょうか
酒井可憐はクリスチャンだった。
そしてキリスト教では、自殺は神から与えられた神聖な命を自ら絶つ罪として教えていた。
しかし、それでも酒井可憐は……自ら命を絶った。
………………雪がちらつく道を霊園へと歩く美月。
その美月の脳裏に、昨日のカマリ・橋本とカケルとの会話が浮かんでくる……人口知能yaoyorozについての会話だ。
"カケル君、これが生命だ。脳から電気信号が送られ、その信号に答えて身体が動く。
さて……ここで疑問だ。身体に立ちあがれ、と信号を送るのは脳だが……ではその脳に、立ち上がるぞ! と信号を送っているモノはなんだ? "
……脳に立ち上がれと信号を送ってるモノ、それこそが魂。
カマリはそんなことを言っていたが…………可憐は、その魂を" 殺された "。
たとえどんなに辛くとも、立ち上がれ! と命じる魂は……酒井可憐の身体には、もう存在していなかった……。
可憐……お前はきっと、天国に行けてるさ。
お前が地獄に行かされるなら、わたしは神様とやらに蹴り入れてるよ!
…………カマリの爺さん、わたしをyaoyorozと戦う仲間にしたい、とか言ってたけど……神となったyaoyorozが可憐を教義に反した者と断罪するならば、神と戦うのも悪くないな。
そんなことを考えながら歩く美月。やがて目的地の深緑霊園へと到着した。
カトリック深緑霊園。
そこの一角に、酒井可憐の墓はあった。日本の仏式と違い家族単位ではなく、酒井可憐本人としての墓であった。
美月は墓前にコンビニで買った生花を供えると跪き……カトリックの教えにならい、右手で額、胸、左肩、右肩の順に触れて十字をきる。
「主よ、酒井可憐に永遠の安息をお与えください……」
雪が降るなか、美月は友の為に静かに祈った。
沈黙の時間…………遠くでカラスの鳴き声が聞こえ、やがてそれは羽ばたきの音に変わる。
……美月は立ち上がる。十字架が形どられた墓を見ながら、可憐のスマホをコートのポケットから取り出す。
可憐は、なぜ美月に自身のスマホを託したのだろう……。形見として、友達だった美月に持っていてほしかったのか…………その答えは、もはや亡くなった可憐以外にはわからない。
美月は可憐のスマホの中身を覗いたことがほぼない。写真が収められているフォトフォルダなどアクセスはしてみたが、サムネ画像だけ見て止めた。
覗くのは、可憐へのプライバシー侵害になる。
とは、方便だった……。
本当は覗くのが恐かった。可憐が生きていた時の画像や動画を観て、悲しみに打ちひしがれるのが恐かった。
いつか見よう……そう思いながら一年が過ぎ、二年が過ぎていった。三年目も、このまま過ぎていくのか…………そう思いながらも、サムネ画像から次へとアクセスできない大林美月であった。
ガサッ……。
落ち葉を踏む音……美月が振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。
「……陸か」
可憐の兄、酒井陸がそこに立っていた。




