71. 美月と可憐の兄
酒井陸23歳。
一言で彼を表現するならば、美男子。これ以外に表現するならば、舞台俳優か、モデルか……それとも女性用風俗で働くセラピストだろうか。
中性的で色気が匂い立つ男が、墓前の前で立つ美月に歩みよる。
「仕事はどうした? 今日は平日だぞ」
美月は、スーツ姿に黒いコートを羽織った陸に尋ねる。
「営業周りのいいところは、自分で休憩時間を決められることだ。……ノルマはきついけどね。
学生は春休みか……いいね、オレも去年まではそうだった」
酒井陸が美月の隣に立つ。背の高い美月より、その背はさらに高い。可憐の墓を見ながら陸が語りかける。
「今でも妹に祈りを捧げてくれるのは嬉しいが……自分の人生も考えろ。いつまでも囚われてどうする」
「…………一ノ谷英磨の居場所がわかった」
陸が美月のほうに振り向く。
「あいつに……罪を償わせたい。それができないなら、せめて一言、可憐に謝罪してほしい」
「……もうやめろ。復讐なんて」
「復讐しても、大事な人は帰って来ない……か?
それとも、あの人はそんなこと、望んでいない……とでも言うのか」
「……………………」
美月は陸の顔を見つめ言う。
「妹の無念、晴らしたくないのか……!?」
「…………可憐もオレも、クリスチャンだ」
そう言って陸は、コートの内ポケットよりロザリオケースを取り出し、美月に見せる。その表情は優しくもあり、悲しげでもあった。
「フン……! わたしは右の頬を叩かれて、左の頬を差し出す気はないよ」
美月が言ったのは、マタイによる福音書5章39節「悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい」に対する当てつけであった。
「美月、お前は昔から力に頼り過ぎてる……だから友達が可憐しかいなかった」
「………………大きなお世話だ」
美月は陸に背を向け、出口へと歩き出す。
「……ウチ、来るだろ? 鍵、持ってるよな?」
「持ってるよ……」
美月は振り向かずにコートの左のポケットから鍵を出して、陸に見せる。
「夕飯作っとくから、早めに帰って来い。
美月特製の野菜カレーだ」
「楽しみにしてるよ」
妹の墓の前に立ち、陸は手を振り美月を見送る。
その美月は鍵をしまいながら、右手でスマホを取り出す。
カケルに連絡を入れるか。
9時57分……引きこもりって言ってたけど、起きてるよな?」
ハート型のリングストラップに指を通し、美月はカケルに電話をかける。
カケルが出るまでの間、空を見上げる……まだ雪はちらついていたが、雲の隙間から陽射しが見えた。
同時刻 神奈川県蒼町
ヴウウゥーーーン!
カケルのスマホが鳴る。持ち主のカケルはというと…………
「う、ううぅ~~ん……」
ベッドの中である……。
寝たのは今朝の6時、完全に昼夜逆転の生活に戻っていた……。
誰だよ、もう~~~! 人が気持ちよく寝てるってのにぃ……!
…………美月かよ。面倒くさいなあ……。
カケルは黒スマホことエイト06を起動してベルを呼び出すと、
「ベル、美月が電話かけてきたから、適当に話聞いといて」
『は!? マスター、それってどういう……』
カケルは自身のスマホをスワイプして電話をとる。
「あ、もしもしカケル……」
「じゃ、ベル。あとよろしく」
そう言ってカケルは、自身のスマホとエイト06の画面同士をくっつけると、心地の良い布団の中へと潜り込む。
「え、おい……カケル?」
『あ、えっとお~はじめまして、美月さん。
わたしはベルです』
「……ベル?」
カケルは思い違いをしていた。
昨晩、美月が盗聴していた時に、ベルの存在は話題にはなっていない。しかし、それ以外の日常でカケルはたびたびベルに話しかけており、美月はベルの名前だけは知っていた。
『マスターのエイト06にインストールされてるAIアシスタントです。大林美月さん、以後お見知りおきを』
「ふう~~ん、AIアシスタントねえ……そういうことか。
……て、カケルの奴はどうした?」
『寝てます。今朝の6時近くまでゲームをしてたので』
「……ったく! 今すぐ叩き起こせ!!」
『……了解です。音量最大にしますので、美月さんは耳を離しておいて下さい』
「わかった。盛大に頼む」
『マ ス タ ーー ! ! 起 き ろ ! ! !』
「うるっせえええええ!!!」
カケルが布団を捲り上げて起き上がる!
『起きなければ、マスターが昨日観ていた動画を大音量で流します』
「やめろおおおおお!! この人でなし!!」
『起きましたね。美月さんがお呼びです』
安眠を邪魔されたカケルは、不機嫌極まりない顔で自身のスマホをとる。
「なんだよ、もう! 朝っぱらから!」
「もう10時過ぎてるぞ……まったく、だらだらした生活しやがって」
「なんだよお~説教しに電話かけてきたのかよお~~」
「一ノ谷との件だ。今後の方針を決めるのに、ダークウェブのネギバナで話し合おうって昨日言ったろ。ダークウェブには、行けるようになったか?」
「……まだ。
昨日、美月さんに教えてもらったURL打ち込んだけど、このサイトにアクセスできませんって出たぞ」
「onionはDNSに対応していないから、通常のブラウザでは開けないんだよ」
「……言ってる意味がわかんないよ。オニオンってなに? 玉ねぎ? URLの末尾もonionだったけど」
「オニオンルーティング……玉ねぎの皮のように暗号化を何層も重ねることから、玉ねぎ、onionって呼ばれてる。簡単に言うと、いっぱい暗号化する匿名性抜群の世界……それがダークウェブだ。
元々はアメリカ海軍の技術だが……って、そんなウンチクはどうでもいいか」
「……結局、行くにはどうしたらいいんだよ」
「専用のブラウザを入れろ。Toaってブラウザだ。そこからネギバナに来い。見た目はマルバナ掲示板にそっくりだから、ヒキ板の魔法使いさんには馴染み深いだろ」
「よくわかんないけど……わかった。Toaね」
「今夜7時、ネギバナのBlack Maskスレッドに来い。そこで大輔、コジロウを交えて、今後の予定を話し合う」
「わかった……夜の7時な」
そう言ってカケルは、電話を切った。
10時5分 埼玉県若緑市カトリック深緑霊園
美月は通話の切れたスマホを耳に当てたまま、空を見上げていた。天気予報では、昼前に止むと言っていた雪は、ほぼ止んでいた。薄暗い雲は消えていき……代わりに冬の日差しが世界を照らしていく。
「可憐……必ず、お前の無念を晴らしてやるからな」
美月は雲の隙間から覗く太陽に、そう呟いた。




