表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/73

69. あの日の指切り

「まもなく、3番線に急行、高崎行きがまいります……。

 危ないですから黄色い点字ブロックまで、お下がりください」



 埼玉県若緑駅のホームに、ゆっくりと電車が入ってきた。

 2月10日午前9時ちょうど。電車が停まりドアが開く。

 本日は木曜日……平日ではあるが出勤時間帯のピークは過ぎており、乗客達の乗り降りはスムーズに行われる。


 その乗客達の中にひときわ目立つ美人が一人……。背は高く、何人もの乗客が歩く駅のホームにあっても、その美しくも凛々しい顔は埋もれて見えなくなることはない。

 ベージュのコートにキャスケットのニット帽、すらりと伸びた長い足にはジーンズを履いている。背筋を伸ばし堂々と歩くその姿は、どこのファッションモデルが来たんだ? と見惚ミトれるところだが、実際大林美月は大学生活のかたわら、ファッション雑誌のモデルのバイトをしていた。


 美月は一ヶ月に一度、必ず若緑駅に下車する。形見となった酒井可憐のスマホのコンビニ決済をする為であり、その可憐の墓に祈りを捧げる為だ。


 美月は駅を抜けると、その駅のすぐ隣……コンビニに入った。

 若緑駅前のコンビニには白い生花イケバナが売られていた。バスに乗ってしばし行ったところに、カトリック若緑霊園があるからである。

 美月は花を一本買いながらスマホのコンビニ決済を済ませ、外に出る。顔に冷たさを感じる……。雨か……? いや、雪だった。雪を降らす雲が辺りを暗くし、美月の身体に冬の寒さを届ける。

 雲に覆われた薄暗い空を見上げながら美月は思い出す……可憐が飛び降りた12月28日…………あの時も、こんな天気だった……。




 2X23年12月28日 午後1時20分

 大林美月の家


 それは突然の来訪者だった……。

 天気予報では、午後から雪がちらつき始め、深夜になる頃には大雪になるだろうとの予測だった。そんな悪天候が予想されるなか、酒井可憐が訪ねて来た。

 白い帽子に白いコート……可憐の可愛さも手伝って、その姿は雪の妖精のようだった。


「どうした、可憐。なにか用か?……というか、なんだその恰好。どこか出かけるのか?」

 トレーナーにジャンパーというラフな格好で自宅から出てきた美月が尋ねる」


「うん……これから藤色市に行こうと思って……。

 それでその前に、ツッキーに渡したい物があってね、来ちゃった」


「ええええ!? これから藤色市に行くの? 夜から本格的に雪が降るって、テレビで言ってたよ。帰り大丈夫か、おい。

 ……っていうか、なにしに行くんだよ」


「映画観たいんだ、怪物の王子様」


「映画館なら若緑市にもあるじゃん!」


「……他にも寄りたいところあるんだよ。

 藤色市って、ツッキーとよく遊んだよね……だから、もう一度行きたいんだ」


「今日じゃなくたっていいだろ……。

 今はパラパラだけど、夜になったら積もるぞ……帰りほんとに大丈夫か?」


「…………帰りは大丈夫だよ、心配しないで。

 それより、これ……」


 そう言って可憐は、コートのポケットより一台のスマホと充電器を美月の前に差し出す。花柄のカバーケースがはめられたスマホには、ハート型のリングストラップが付けられていた。


「ん……? これ、可憐のスマホじゃん」


「うん…………わたし、機種変更するからさ……これ、ツッキーにあげるよ」


「え……? あげるって……どういうこと?

 わたし、自分のスマホ持ってるし……」


「うん、もちろん知ってる。だけど……持ってて、これ。いらないなら捨ててもいいけど……でも今は受け取ってほしい」


 可憐は自身のスマホを差し出し、親友であるツッキーこと大林美月の顔を見つめる。美月は訳がわからなかったが、可憐の真剣な表情を見て、とりあえずスマホとその充電器を受け取る。スマホと充電器の間には、一枚のメモが挟んであった。


「……これは?」


「スマホの暗証番号。あと、決済方法はコンビニ決済だから、使いたい場合は来月から払ってね」



 雪がちらほらと降り始めた大林家の玄関前……。美月は怪訝な表情で、渡されたスマホ一式を見つめる。なんでこんなことをするんだろう……可憐は昨日からどこか様子がおかしかった。

 そう、昨日の夜中11時過ぎ……あんな時間帯に可憐が電話をかけてきたのは今までなかった。なにか辛いことがあったみたいだけど、2時間以上話して、結局なにも教えてくれなかった…………。



「可憐……なんか困ったことがあるなら、いつでも相談にのるよ?

 わたし達、友達だろ」


「うん! ツッキーは、わたしの一番の友達!

 …………ねえ、美月」


「え……」


「将来……わたしがどこか遠い場所に行っても、わたしの友達でいてね」


 その時、美月は、高校卒業後の進路のことを言ったのだろうと思った。

 敬虔なクリスチャンだった可憐は、将来は英語を学んでヨーロッパの教会で働いてみたい……そんなことをいつだか話してたのを思い出したからだ。



「うん、もちろん! わたし達は、ずっと友達だ!」


「…………じゃあ、指切りしよう」


「え……ゆ、指切り?」


「いや?」


「……いやじゃないよ、しよう」



 美月は少し照れながらも、可憐の可愛らしい小指に自身の小指を絡ませる。

 可憐はじっと美月を見つめていた。そして美月も、可憐の顔を見つめる……。


「わたしと可憐は、ずっと友達だ」


「うん……! わたしとツッキーは…………ずっと友達!」



 雪が降り始めた若緑市で、二人は指切りを交わした……。

 その時、美月は……可憐がずっと涙を堪えているように見えたのを忘れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ