68. ネットから生まれた戦士達
【東京】 稲田大学女学生マンション
「よし、外付けSSDにもデータ転送完了!」
ソファーに座った赤木大輔はそう言うとノートパソコンから外部メディアのSSDを抜き、ズボンのポケットに入れる。ノートパソコンを閉じたのち、美月が淹れてくれたコーヒーをグイっと飲み干す。
「……帰るのか?」
美月は大輔とは対照的に、ゆったりとコーヒーを飲みながら尋ねる。
「……うん。
大林さん、そろそろお風呂入るんでしょ? 邪魔しちゃ悪いし……それに」
「……ん?」
「あのカマリとかいう奴……正体がわからない。なにしてくるかもわからないなら、盗聴データを持ったおれは、別の場所に居たほうがいいと思うんだよね」
「用心深いな……。
だが、その用心深さは……これから必要になってくるだろうな」
トルルルルルウゥ~~!
美月の……酒井可憐名義のスマホが鳴る。
発信者の番号は表示されているが、誰かは不明……。
「……おそらく、カマリのおじさんだろう」美月が言う。
「じゃあ、おれはこれで……。
ネギバナの掲示板で会おう」
美月はスマホに出ながら、玄関から出て行く大輔に手を振る。
大輔も、それに応えるように手を振り、玄関を出る。
「もしもし、" 酒井可憐 "です」
「……わたしは悪ふざけが嫌いだ、大林美月君。
わたしの声は盗聴して、すでに知ってるね?」
「……カマリ・橋本さん。
女子大生のジョークを嫌う男は、合コンでモテないですよ?」
「悪ふざけは嫌いと言ったはずだ……。
君はすでに、盗聴という悪ふざけをしている。これがどういうことか、わかるな?」
「ええ、わかります……。
日本に盗聴を直接処罰する法律はありません」
美月は、すました顔で答える。
「ふむ……言いおるな。
他人のスマホに無断で遠隔操作アプリを仕込む行為は、5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられるぞ」
「他人のスマホ……?
Lichの赤スマホは、わたしが中古ショップで買った、わたしの所有物ですよ。そしてわたしは、神楽坂カケルの家に侵入もしていないし、神楽坂家の器物を破損もしていない。法を犯してはいないはずですが?」
「フン……! なかなか頭が回るな。
盗聴したデータは、海外のオンラインストレージにアップ済みか」
「L計画の対象は、あくまで日本国のみ……!
在在センの魔法の力は、海外にまでは及ばない…………そうですよね?」
「…………女狐が!」
「女性軽視の発言ですが、今回は見逃してあげます」
「知恵の働く奴だ……。外部メディアにも記録済み、だろ?
頭のいい人間は嫌いではない……そこに正義があるならな」
「………………」
「君はカケル君と同じく、聡明だ。
yaoyorozと戦う仲間として、君が欲しい」
「年寄りに求められてもね……。
こっちは、神様と喧嘩する気はないよ」
「戦う気がなくとも、いずれ戦うことになる……全人類がね。
運命というプログラムは、すでに実行されている……今は裏側で作動中だが、やがてそれは表側に現れる」
「……相変わらず奥歯に物が挟まったような言い回しだなあ~
聞いててイライラするよ……! 結局なにが言いたい?」
くしゅん……!
スマホの向こうから、誰かがくしゃみをする音が、かすかに聞こえる。
「……カケルか?」
「そのようだ。君は暖房のきいた部屋に居るのだろうが、わたしもカケル君も外なんだ。話の続きは……また今度にしよう」
「……ふん。好きにしろ」
「じきにAI専制派が、動き出す……。その時、君らBlack Maskに助けを求めるかもしれん」
「………………」
「一ノ谷家との戦……武運を祈ってるよ」
美月とカマリ・橋本との通話は終わった。
美月はソファーの上で長い足を組んだ状態で静止し、考え込む……。
AI専制派……一ノ谷発言にも出てきたが、どういう意味だ?
テーブルの上のコーヒーを口に運ぶ。砂糖が少しだけ入ったコーヒー……甘いのは苦手だった。
……まあ、いい。今は、一ノ谷英麿のことを考えよう……。
帝国大学に在学…………さて、どうするか。
【神奈川】
美月との通話を終えたカマリは、手に持ったままのエイト06に呼びかける。
「レオ、大林美月の仲間の情報をくれ。
稲田大学の学生、赤木大輔とコジロウと名乗るハッカーだ」
カマリが持つスマホの画面には、金髪碧眼の少年が映っている。女の子、と見間違うような美しい顔立ち……ワイシャツに蝶ネクタイを締めた美しくも可愛らしい執事が言う。
『わかりました。コジロウというハッカーについては、なにか手がかかりはありますか?』
「ない。ただ、ダークウェブのネギバナという掲示板で活動をしているようだ。そこから探れ」
『了解しました。しばしお待ちを……』
カマリとレオというAIとのやり取りを眺めているカケル。
あの黒スマホ……エイト06は、50人の日本人に配った……そう言っていたが、そのスマホの中には全部別のAIが居るんだろうか……。
ヴウウゥーーーン。
カケルのスマホから着信音。今度は父親からだ。
スマホの画面を見つめるカケルに、カマリが声をかける。
「あれから、ずい分と話し込んでしまったからね……ご両親も心配しているのだろう」
…………カケルは電話には出ず、電源ボタンを押す。
「……カケル君?」
「…………おれ、父親とは仲悪いんで……」
「……そうか。
年長者として、いろいろ相談には乗れるぞ。わたしへの連絡先は、ベルに聞くといい」
「……どうも。
おれ、帰ります。カフェラテ、ごちそうさまでした」
そう言うとカケルは冷めきったカフェラテを一気に飲み干し、紙コップを潰すとベンチ近くのゴミ箱へと捨てる。
「気をつけて帰りなさい。君には……まだ働いてもらいたいからね」
カマリは不敵に笑いながら、カケルを見送る……。
引きこもり少年のカケルは、" 働いて "という言葉に、少しの嫌悪感を抱きながらも年上のカマリに一礼し、家への帰路を急いだ。
去って行くカケルの小さな後ろ姿を眺めるカマリ・橋本。そのカマリにAIのレオが声をかける。
『お待たせしました、マスター。赤木大輔とコジロウの情報です』
「ご苦労。ふむ…………赤木大輔君に関しては、目新らしい情報はないな……。
では、ハッカーのコジロウ君はどうかな…………。ほう、ギフテッドにしてニートか。経歴もなかなかだが、見た目も面白いな」
レオが取得した情報にコジロウの顔写真も載っていたのであろう。カマリはスマホの画面を見ながらニヤリと笑い、言葉を続ける。
「しかし……君らが相手するのは、戦前より日本の政界に幅をきかせてきた一ノ谷一族だ。ただの大学生に引きこもり、そしてギフテッドのニート……。ハハハハハ! 肩書だけみれば勝ち目が無さ過ぎるな、こりゃ……。
さあ、カケル君! この巨大な存在相手に、どう立ち向かう?」
インターネットの匿名掲示板マルバナより生まれたハッカー集団■Black Maskと、同じくマルバナのヒキコモリ板から誕生した魔法使いペケゾー。彼らと日本有数のエリート、一ノ谷家との争いが静かに幕を開けた……!
その幕が上がる中、主役の一人である小さな魔法使いは夜の町を帰路に急いでいた。その途中……カケルは右手に、もえから借りた手袋をしているのに気づいた。
「今度、返さないとな……」




