65. 一ノ谷邸事件
12月30日
酒井可憐の通夜……酒井家はカトリック教徒なので、通夜の祈りと呼ばれた。可憐の遺体は自宅から最寄りの教会へと運ばれ、そこで通夜の祈りが行われた。
大輔はそこで、寺澤裕也と出会った。
若緑高校2年3組寺澤裕也
同じ3組の一ノ谷英磨に、いつもおべっかを使っていた男。
彼はずっと泣いていた。
「死ぬとは思わなかった……!」「本当に申し訳ない!」
気が狂ったかのように、ずっとずっと、そう叫んでいた。
大輔はそこで、酒井可憐が三人の男に強姦されたことを確信した。
なんで……! 可憐さんと英磨君は、交際してたはず…………なのになんで、三人からレイプされなければいけないんだ!!
「……可憐さんは、クリスチャンだったから」
寺澤裕也は、泣きながらそう言った。
「マロ君が何度か迫っても、可憐さんは拒んだんだ……。
だから…………マロ君はみんなを呼んで、力ずくで犯した」
………………なんだそれ……。
好きだから……愛おしい人だから、付き合ってたんじゃないのか?
ただ…………ただ、セックスしたかったから、恋人になってたのか……!? なんだそりゃ………………。
アニメばかり観ていた赤木大輔は、いろんな意味で純粋な人間だった。相手が町の有力者だろうが、なんだろうが……一人の人間を己の欲望のままに傷つける人間に対して、抑えようのない怒りが湧いてきた。
なんとか我慢しようと思ってもみた。一ノ谷英磨が通夜にでも来れば……通夜でなくても祈りをあげにくれば、その怒りは静まったかもしれない……。しかし英磨は来なかった。だんまりを決めた。そして年が明けた……。
赤木大輔は、生まれてきて17年間、喧嘩というものをしたことがなかった。誰かに罵倒されたり、引っ叩かれたこともあった。しかし、やり返さなかった。平和主義者だったからではない。やり返すほど悔しくはなかった。
引っ込み思案で、容姿も格好良いとは言い難い……。幼き頃より褒められたことがあまりなく、自分など価値のある人間ではないと思っていた大輔は、自分自身をバカにされても、悔しいという感情が湧いてこなかった。しかし…………自分以外のもの、自分が好きな人を侮辱された時、彼の内には、言いようのない怒りが湧いてきた。
自分になんて価値がない……そう思っていた男に、
「かっこいいね、赤木君!」
そう言ってくれた、想い人……酒井可憐。しかし彼女は、永遠に帰らぬ人となった…………卑劣な男達の手によって……!
2X24年元旦 赤木大輔は若緑市の高台に建つ、城……一ノ谷邸の前にいた。若緑市の有力者であった一ノ谷家の屋敷には、その恩恵にあずかろうとする者達が新年の挨拶に訪れていた。
そんな下心を持つ大人達を横目に見ながら赤木大輔は、一ノ谷英磨の友達……と言って、屋敷内へと入っていった。無論、友達なのではない……学年は一緒でも違うクラスの英磨と話したのは、可憐が自殺する前の日、ネギ畑の上の農道から話しかけられた時くらいだった。
屋敷の大広間からは、大勢の人の声が聞こえる……。すでに酒が入っているのか、調子のいい大声も聞こえていた。
大輔が大広間へと入ると、豪勢な料理が並ぶテーブルの前に何人もの大人達が座り、上座に鎮座する老人……おそらくは元法務次官、一ノ谷十三とその息子、一ノ谷雅彦を称えていた。そのすぐ近くには無造作のマッシュヘアに、シルバーのフレームレス眼鏡をかけた若者が一人……一ノ谷英麿だ。未成年のはずだが、祖父からウイスキーを勧められ、グイっと飲んでは「美味い!」と上機嫌に応えていた。周囲の大人達は咎めるわけでもなく、それどころか" 若君 "が酒を飲み干すたびに、拍手喝さいをしていた……。モラルよりも権力者へのこび、へつらいが優先された。
そんな中……赤木大輔は無表情のまま、真っすぐと英磨の元へと歩を進めた。周りの人間は、なんだこいつ……? と思いながらも、正月のめでたい席だ、目立つような行動は避けよう……と横目で見ているだけだった。その中、英磨は気づいた……。
「あれ、赤木……君、だっけ? この間ネギ畑で会っ……」
そう言い終わるか、終わらないかの刹那……赤木大輔の人生初の左ストレートが一ノ谷秀麿の右頬に決まった!
場が騒然とする中、大輔がどもりながら怒鳴る!
「な、なんで、" きゃれん "さんの……可憐さんの通夜に来なかったんだよ! あ、謝りに来いよ!!」
「なにすんだ、てめえ……!」
殴られ、床に突っ伏す状態になった英磨は、眼鏡のズレを直しながら反撃の言葉を口出すが、それより先に大輔が馬乗りになる!…………が、周囲の大人達が、それを止めに入った。
大輔は、たちまち英磨より引っぺがされ、逆に大輔が床に突っ伏す形となる。大勢の大人達に取り押さえられた大輔だが、それでもなお……
「謝れ……! 謝れよ、可憐さんに!! この卑怯者!!」
町の有力者の若君に、怒りをぶつけた!
しかし、それは…………" 殿様 "を怒らせた……。いや、大いに怒らせた!
「俺の孫に、なにしやがんだ、このヤロー!!」
法務次官にまで昇りつめた男が、床に突っ伏すように取り押さえられた大輔の頭を蹴り飛ばす! 大輔は頭を両手で覆うが、その上から英磨の祖父、一ノ谷十三は更に蹴りを入れる。
しかし、それだけでは足りなかったのか、一ノ谷十三は火鉢にかけられていた鉄瓶を持つと、それで不届き者である赤木大輔の頭を叩いた。鉄瓶に入っていた熱湯が零れ、大輔の手にかかる。
「うわあああああ~~!!」
煮えたぎった熱湯が、頭を守っていた大輔の左手に振り注がれれた……! しかし…………赤木大輔は、レイプ犯である一ノ谷英磨への追及を止めなかった。
「あ、謝れよ……! 可憐さんに! 可憐さんに謝れ、犯罪者!!」
17歳の高校生は正義を唱えたが、それは大人の権力によって無視される。
「このヤロー! 誰が犯罪者だ!! 俺の孫は警察に捕まってなんかいねえぞ!!
犯罪者は、うちの孫を殴ったお前だろうが!! 暴行罪だ!! そうだな、みんな!!」
若緑市の" 王 "の叫びに、正義なき大人達は賛同の声を出す。
「聞いたか? お前は理由もなく、俺の孫に暴力を振るった犯罪者だ! 犯罪者が、人の孫を犯罪者呼ばわりするんじゃねえ!!」
痛さと熱さと悔しさで、大輔は泣いた。しかしそれでもなお、床を這い、真の犯罪者の足を掴むと、
「謝れよ……! 謝れ……謝れ!!」
大輔は叫んだ。子供の頃より内気な少年だったが、権力にも暴力にも決して屈っしなかった。
一ノ谷十三が、再び鉄瓶で大輔の頭を叩く。
「お父さん、もう止めて下さい! この子が死んでしまいます!!」
そう止めたのは英磨の父であり、十三の息子でもあった一ノ谷雅彦である。
「ええい、うるさい! この、できそこないの息子が!
総理の椅子はどうした!? 在在センの管理局長のポストなど、どうでもよいわ!」
十三の罵声を聞き流しながら英磨の父である雅彦は、床に倒れている大輔に声をかける。
「今日のところは帰りなさい……!」
「馬鹿野郎! そいつが英磨に謝るまで俺は帰さねえぞ!」
「お父さん! これ以上やったら……いえ、今でも過剰防衛です!」
「…………ええい! だったら、とっととつまみ出せ!!」
大輔は数人の男達に引きずられて、一ノ谷邸から追い出された……。
屋敷の扉が閉まるまで、赤木大輔は「可憐さんに謝れ!」と泣き叫んでいた。




