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64. 弱者男性、赤木大輔

 赤木大輔は、埼玉県若緑市のネギ農家の末っ子として生まれた。

 活発な姉と兄に比べ、大輔は内気でおとなしく、外で遊ぶより家の中で漫画を読んだりテレビゲームをして遊んでいることのほうが多かった。ようするに陰キャであり、オタクだった。


 家がネギ農家だった大輔は農繁期ノウハンキになると、小学生の時から家の手伝いをさせられた。

 夏の日差しが照りつける7月……祖父と父親が機械で苗を植える。しかしなかには上手く植えられない場所もあり、子供だった大輔はそれを見つけると畑の中を走って行って植え直す。一時間もやっていれば、服は泥まみれになり、汗も流れた。ズボンの中に入れたシャツの裾は半分だらしなく飛び出ていた。



「あ……! 赤木く~~ん!」


 誰かが大輔に声をかける……。広いネギ畑の横、坂の上の農道から声をかけたのは、酒井可憐だった。オタクキャラの赤木大輔に言わせれば、アニメのヒロインのように可愛い女の子。

 そのヒロインが、これまたアニメに出てくるような美形の男子と農道に立っている。酒井可憐の兄、酒井陸サカイリクだ。美男美女の二人は、若緑市でも評判の兄妹キョウダイだった。


「へえ、赤木君の家って、農家なんだね。偉いなあ~、お手伝いしてるんだ~」


「う、うん……えっと」

 綺麗な服を着ている兄妹を見て大輔は、だらしなく出てる上着の裾を慌ててズボンに押し込む。


「可憐、急がないと礼拝に遅れるよ」

 酒井家は家族全員クリスチャンだった。


 兄の陸が声をかける。


「そうだね……じゃあ赤木君、また学校でね。

 お手伝い、頑張って!」


「う、うん……ば、バイバイ」


 手を振る大輔の後ろで作業着姿の父親が声をかける。


「おい大輔! こっち来て、苗起こしをやってくれ」


「あ、うん。今行く~!」


 土まみれの恰好で父親の元へと走る赤木大輔。その心の中には、「頑張って」と声をかけてくれたクラスメイト、酒井可憐の声が何度も繰り返し流れていた……。




 高校生となった赤木大輔は、相変わらず漫画とアニメに夢中だった。小学生の時と比べて変わったことは、体重が倍以上になったことと、見るアニメの主役がカッコイイ男子から可愛い女子に変わったことだった。

 大輔のスマホの待ち受けは、アニメの美少女キャラだった。それをクラスメイトに見られ、からかわれた。女子の何人かは、「きめえ~~!」と笑っていた。

 教室での大輔の隣は、酒井可憐である。可憐は大輔の趣味を笑わず話しかけた。


「赤木君、アニメ好きなんだね」


「う、うん……」


「女の子達、酷いね……赤木君のこと、からかって」


「はは、しょうがないよ……実際、おれキモいし…………」


「……待ち受け画面、変えれば?」


「ううん、変えない。だって…………自分の好きなものに、嘘はつきたくないから……」


 大輔にとっては、何気ない一言だった。しかし酒井可憐は、心を動かされた。



「かっこいいね、赤木君!」



「え……?」

 か、かっこいい……?


 大輔が女子からそう言われたのは、人生で初めてではなかろうか……。


「うん、かっこいい!

 他人からどう思われても、自分の好きを貫くのって凄くかっこいいと思う!

 わたしの、お兄ちゃんなんてさ……いっつも他人の意見に流されてばっかりだもん」


 可憐さんのお兄さん、いつだか見たな……。すっごいイケメンだったと思うけど……おれよりは、いい男だろ。


 そう思いながら、隣の席の可憐を見る赤木大輔。

 酒井可憐は、無邪気に純粋に笑っていた。その笑顔は大輔にとって眩しかった……。


「ねえ、赤木君……おすすめのアニメあったら、教えてよ」


「え……お、おすすめのアニメ? 酒井さん、アニメ観るの?」


「高校に入ってからは観てないけど……テレビドラマも飽きちゃったし、面白いのあったら教えてほしいな」


「う、うん……それじゃあ…………」



 オタクに優しいギャルがいるかはわからないけど……オタクに優しい美少女は……いた。


 アニメの中から出てきたかのような美少女……優しく文字通り、可憐。

 この女の子とお付き合いしたいなんて贅沢は言わない……せめて、見守っていたい…………。


 そう思った……だから…………。




 酒井可憐と一ノ谷英麿が付き合うことになっても……赤木大輔は悔しいと思いながらも、この" ヒロイン "の幸せを祝福してあげないといけない……! そう思った。



 若緑市の片隅に広がるネギ畑…………高校生の赤木大輔は、子供の時と変わらず家の手伝いで畑にいた。

 2X23年12月27日 よく晴れた冬の日の午後……大輔は父親や兄と一緒に、ネギの収穫をしていた。その大輔に農道から声をかける者がいる……酒井可憐だ。



「大輔くぅ~~ん、こんにちは~!」


「……こんにちは~~!」

 赤木大輔は応える。


 その応えた先にいるのは、酒井可憐と一ノ谷英麿。

 一ノ谷……祖父は法務次官であり、その息子の一ノ谷雅彦は日本の情報を司るセンター、通称在在センの管理局長を務める。

 若緑市の高台にお城のような居を構える、町の有力者。

 その有力者の跡取り息子と、町一番の美少女とのカップル。土まみれの大輔からすれば、王子様とお姫様のカップルであった。

 坂の上の農道から一ノ谷英麿が、ガードレール下のネギ畑を見下ろしながら言う。



「農作業、ご苦労さん。

 じいちゃんが言ってたよ。埼玉県の若緑ネギは、全国ブランドなんだってさ。君達、農家の皆さんが日々頑張ってくれてるおかげだよ……ありがとう」


「い、いえ……こちらこそ、ねぎらいありがとう。

 ネギだけに、ねぎらい……なんてね、アハハ……」


「……俺達、もう行くから」

 大輔の寒いギャグには反応せぬまま、英磨は可憐の肩を抱きよせ歩き出すが、可憐は彼氏の腕から離れてガードレールまで行き、大輔に声をかける。


「大輔君、こないだ教えてもらったアニメ、面白かったよ!

 真紅のクロフェニア。アンドロイドのレイちゃん、可愛かったね。

 だけどわたしは、賞金稼ぎのヒュナさんが好きかな。ヒュナさん、かっこいいよね……大林さんみたいだった」


 酒井さん……ほんとに観てくれたんだ。

 ヒュナ……ああ、たしかにクラスメイトの大林美月さんに似てるね。


「あ、えっと……うん、そうだね……ヒュナって…………」


「可憐、俺ん家に来る予定だったろ!」

 デブの大輔の話を遮るように、英磨が農道から声を張る。


「あ、うん……大輔君、またね」


 可憐は手を振りながら、先へと歩き出している彼氏の元へと走る。その後ろ姿に手を振る赤木大輔……。

 彼氏である一ノ谷英磨の元へと走り寄る可憐の後ろ姿を見送る大輔に、不安とも恐怖とも言えない不可思議な気持ちがのしかかったが、その気持ちの正体がなんなのか分からぬまま12月27日が過ぎた……。



 2X23年12月28日 午後8時48分

 酒井可憐は、神奈川県藤色市のビルから飛び降り自殺をした。

 赤木大輔がそれを知ったのは、翌12月29日だった。若緑高校の通話アプリでのお知らせだった。


 [2年2組酒井可憐さんが自死しました]


 現実と捉えることができない一文……そのせいか、涙は出なかった。

 現実に心情が追いつかないまま築30年の赤木家のポストに、酒井可憐の通夜を伝える用紙が届く。大輔の通話アプリには、酒井可憐が強姦されたという不確かなメッセージが流れていったかと思うと、町の有力者である一ノ谷家の英磨が逮捕されたとか、酒井可憐は実は殺されていたとか、真偽不明の情報が流れては消えていった……。

 その日の夜……なにが起こっているのか、わからないまま大輔はベッドに入り……そこで初めて泣いた。それこそ涙で枕が濡れるほど、涙を流した……。

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