63. 許されざる行為
2月9日 午後9時27分
東京都新宿区西稲田、稲田大学の女子学生専用のマンションの一室に大林美月はいた。
ソファーに座り、神奈川県は蒼町の公園にいる神楽坂カケルとスマホで通話中だ。そのスマホには花柄のカバーケースがはめられ、ハート型のリングストラップに美月の長い指が入れられている。凛々しい容姿の美月とは正反対に可愛らしいスマートファン……2023年12月に飛び降り自殺をした酒井可憐のスマホだ……。
そのスマホからカケルの戸惑った声が聞こえる。
「れ、レイプって…………まさか、お前が捜してる一ノ谷英麿が……」
「そうだ……。可憐を傷つけた奴は、全部で三人……その内の一人が一ノ谷英麿だ」
厳しい表情をした美月が答える……その隣には男が一人、ヘッドホンをしてノートパソコンを操作している。大柄、というよりは肥満体と言ったほうが適格か……赤木大輔である。
以前、カケルが在在センからのデータで見た赤木大輔の高校卒業時の写真と変わらぬ、オタクそのものの顔だったが、パソコンのキーボードを叩く左手には、醜い火傷の痕があった。
同時刻 神奈川県蒼町の蛍池公園
2月の冷たい風が吹くなか、カケルは相変わらずベンチ前をうろつきながら美月と通話をしていた。
「ま、待てよ……! レイプって犯罪じゃんか。警察は……警察はどうしたんだよ」
「どうもしない。一ノ谷英麿をはじめ、犯行に関わった三人は無罪放免だ」
「なんで!?」
「……被害者の酒井可憐は死んでいる。死人に口なしってやつだよ、カケル。
自殺した可憐の遺体を司法解剖した時、女性器への裂傷がいくつも見つかった。可憐の自室のゴミ箱には、強姦された時のだろう……下着が捨ててあり、強姦者どもの体液が付着していた。そこから三人が警察の事情聴取を受けたが、そいつらは警察にこう言った……」
「僕達は合意の上で、可憐さんとセックスしました」
「そんなわけあるか!!!」
「そうだ。しかし……可憐は自ら命を絶った。
レイプされましたと証言する被害者は、もうこの世にいない」
夜の公園で、カケルは怒りとも悲しみともいえない気持ちを抱えながら立っていた。
ブロロロロ~~
自動車の音……もえを乗せた富田林の軽自動車が走ってきて、カケルの前で徐行する。
「カケル君、またね~~」
もえが助手席から、満面の笑みで手を振る。カケルは笑顔の表情を作り、手を振り返す。富田林もチラリとカケルの方を見て笑顔を向けると、車は去って行った……。
彼女になった、もえの笑顔を見た時カケルの頭には……もえが三人の男達に強姦されている様子が浮かんだ。
泣きじゃくるもえ……両手、両足を屈強な男達に抑えられ、上着をはぎ取られショーツも脱がされる。もえの泣き声とは対照的に喜びの声をあげて、もえの身体に覆いかぶさっていく男ども……苦痛の表情を浮かべて泣いている、もえ…………
…………………………いや、酒井可憐。
カケルは酒井可憐に会ったことはない……しかし、守りたい人ができた今、酒井可憐の苦しみ、悲しみが他人事とは思えなくなっていた。
「カケル……どうした、黙り込んで」
スマホから美月の声……。
「……なんでもない」
返事をするカケルを遠目に見ながら、カマリ・橋本は相変わらず誰かと通話している。
「それで…………欲しいのは一ノ谷の情報だけか? 残りの二人は見逃すのかよ」
「残りの二人は、すでに決着がついている……。
英麿の腰巾着だった寺澤裕也は、可憐の通夜に泣きながら現れた。
こいつは警察からの事情聴取で、ただ一人、可憐をレイプしたことを認めた。
反省してるからといって許す気はないが……これ以上責める気にもならない」
「そうか……。
しかし、そいつが証言しているならレイプ事件として成立するんじゃないのか?」
「無理だった。証拠もなく、証言者は一人。そして…………どこまで関係があるのかは知らないが、一ノ谷英磨の祖父は元法務事務次官だ。いろいろと……顔が効くのかもな。三人は嫌疑不十分となり、不起訴処分となった」
一ノ谷の祖父……いつだか一ノ谷英磨の家族を調べてた時に見たな。一ノ谷十三……って名前だったか。
「で……一ノ谷、寺澤ときて、残りの一人は?」
「畑野誕琥……若緑高の問題児だった奴。寺澤とは正反対に、反省の色なんて微塵もなかった。
可憐が死んだあとも、" 2組の酒井とヤっちまったぜ~ "……なんて自慢気に話してた。それを問い詰めたら顔殴られて、腹パンされたよ」
「酷いな……。決着はついてるって言ってたけど、どうしたんだよ?」
「どうもしてないさ……。畑野の奴は、今現在行方不明だ」
「……だったら、決着はついてないんじゃ?」
「去年の夏頃……大金を稼げる! って言って、東南アジアに渡航したらしいけど、行方不明だ。携帯も繋がらない」
「………………」
「高校の時から、後先考えないバカだった。" なんとかなんだろ " が口癖で、可憐の事件の時も、" なんとかなったじゃん! "って笑ってた。
……今はもう、なんともなってないだろ。畑野のことは、もういい」
「……そうか。
じゃあ、残るは……一ノ谷英麿、ただ一人ってわけだ」
「そういうことだ」
午後9時37分
東京都新宿区西稲田 稲田大学女子学生専用マンションの一室。
大林美月はスマホで通話をしつつ、浴室に移動し風呂を沸かす準備をしている。
赤木大輔は相変わらずヘッドホンをしながらパソコンでの作業中……Lichのスマホを使って盗み聞きしたカケルともえ、そしてカマリの会話を整理しているようだ。
「……英磨の奴は、可憐の通夜も葬式も出席しなかった」
浴槽に湯を張りながら、美月はキッチンに移動し、スマホ片手にコーヒーを二杯淹れ始める。
「寺澤のように、反省と後悔を示すわけでもなく……かといって畑野のように開きなおるわけでもない。完全に沈黙…………逃げていた。
……卑怯者! 嵐が過ぎ去るまで隠れてる気だったんだろう……だから」
美月がコーヒーポットを持ち、マグカップに熱いコーヒーを注ぐ……コーヒーの香りが部屋に広がる。一方、赤木大輔はノーパソの操作に没頭している。
「だから……大輔が一ノ谷邸に乗り込んだ」




