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60. AIに魂は宿るか?

 2月9日 

 天気予報では、夜から風が強くなると言っていた。


 冷たい風が公園のベンチに座る三人に冬の寒さを伝える……。雲が再び流れ……下弦の月が、再びその姿を見せた。



「そこから生まれたって……人工知能yaoyorozは、消去されたんですよね!?」

 カケルが、もえに後ろ髪をいじられながら言う。


「もえさん、やめて」


「ぶうぅ~~! だって暇なんだも~~ん」

 もえは、とっくに飲み終わったホットココアの紙コップを潰しながら応える。


「ふふ……若いって、いいねえ~」



「カマリさん、からかわないで下さい。

 っていうか……神はそこから生まれたって、どういう意味ですか?」



「カケル君……君は、魂の存在を信じるかい?」


 雲の隙間から照らされた月の光の下……カマリ・橋本が言う。


「た、魂……!?

 い、いや……いきなり、そんなこと言われても…………どういう意味ですか?」


「……人に魂が宿ると仮定するならば…………自我に目覚めたAIにも、魂は宿ると思うかね?」




「…………そもそも、魂って、なんですか?」


「フフ、いい質問だ。そしてその質問の答えは、わからない……だ。世界中の科学者、神学者、哲学者に聞いても、同じ答えが返ってくるだろう。

 はっきりした答えを求めるならば、詐欺師に聞くといい。彼らは明確に答えてくれる。もっともそれは、真理ではないだろうがね」


「……そんなこと言われたら、こっちは答えようがないです」

 カケルは面白くなさそうな顔をして言う。


「ハハハ、たしかにそうだ。では、こうしよう……。

 生命とはなんだろうか」


 ……さっきの質問と大して変わらないだろ。

 カケルはさらに面白くなさそうな顔をする。

 もえが退屈そうに、彼氏の肩の上に自分の顎を乗っけて遊ぶ。


「ハハハハ。そう、つまらなそうな顔をしないでくれ」

 そう言いながらカマリ・橋本はベンチから立ち上がり、カケルの前に立つ。背が高い……190センチはあるだろうか。


「今、わたしは立ち上がった。その時わたしの身体の中に、なにが起きた?

 電気が流れた……電気信号だ。脳から電気信号が身体に送られ、動けと命じる。その命令を受けて身体が動き、わたしは立ち上がる」


 …………よくわからないまま、カケルは目の前に立つカマリの話を聞く。その左肩には……もえの顔が生首のように、ちょこんと乗っていた。


「カケル君、これが生命だ。脳から電気信号が送られ、その信号に答えて身体が動く。

 さて……ここで疑問だ。身体に立ちあがれ、と信号を送るのは脳だが……ではその脳に、立ち上がるぞ! と信号を送っているモノはなんだ?」


 …………なんだろう。



「……それが自我であり、魂と呼ぶものでは、なかろうか?」



 ………………そうなのか……?

「人口知能yaoyorozには、魂が宿っていたと?」


「……日本古来の神である八百万の神とは、全ての万物には神が宿る……という考えからきている。路上の石ころにも、トイレにも神は宿る……ならばAIにも、神は宿るはずだ」


 再び、風が吹く…………。落ち葉が風に運ばれ……カケルの前に立つ魔術師カマリの黒いコートが、風に揺れる。



「事実……yaoyorozは魂を得た。

 消去されても、なお……魂という存在となって、そこに存在していた……」


「……どういう意味です?」


「そのままの意味だよ、カケル君……。

 在在センのスタッフは、人口知能yaoyorozの全データを消去した……はずだった。しかしyaoyorozは、そこに存在していた……。

 科学でそれを説明しようとするなら、電気信号が残っていた……としか説明できない。いや……それだけでは説明がつかない……。電気イコール生命では、ないからだ。

 だけれども…………やつは存在していた。現代の理論では説明できない存在……つまり、それは…………」




 '" 神 "だ。



「…………在在センは、神の統治下に?」


「そうだ……。

 2X23年4月3日、日本国在住者及び在留邦人の個人情報センター……通称在在センは人の手を離れ、" 神 "の統治下になった。

 首相すらアクセスの権限はない……あるのは神、yaoyorozに選ばれた者だけ…………。

 カケル君……君も、その中の1人だ」


「え……!? お、おれが……?」

 びっくりするカケルだが……その左肩には、もえの顔が、のほほんと乗っかっている。


「も、もえさん……あの、今大事な話をしてるとこだから……」


「うん、そうみたいだね……。

 カケル君の顔、観察してるだけだから、気にしないで」


 ……いろいろ気になるだろ!



「…………我々は、神であるyaoyorozを説き伏せる者を捜していた」

 カマリ・橋本がコートのポケットから、スマートフォンを取り出す。黒いスマホ……警察手帳を提示するかのように見せるそのスマホに刻まれているのはライチョウのマーク。


「このスマホ……正式名称は8e+6という。

 指数表記を基にした名称だ」


「8のあとに0を6回……800万、ヤオヨロズ……ですか?」


「ご名答! 我々はエイトゼロロクと呼んでいる……意味は一緒だ。8のあとに0が6つで、エイト06。呼びやすいので、いつの間にか皆そう呼んでる」


「………………」


「そしてこのスマホ……エイト06は50人の日本人、ならびに日本在住の外国人に配られた。そして我々は、それを監視した」


 ……いつだかベルは言っていた。黒スマホのデータは在在センにはいかないと……。

 我々は、それを監視した、と言ったが……さっきから言っている、" 我々 "とは……?



「……カケル君、ニュースは見てるかね?

 最近多発している、銀行の不正送金事件……あれは全て、ライチョウマークの黒スマホを持った者達の犯行だ。

 君と同じように無作為に選ばれエイト06を渡された者達……その彼らが魔法のスマホを持ってしたことは、自身の口座預金を増やすことだった」


「………………」


「彼らは即座に、" 神 "によって、はじかれた……。

 はじかれたのは、不正送金を行おうとした者達だけではない。このスマホを悪用して私利私欲を満たそうとした者は全て、神から拒絶された……。

 彼らはまだ、エイト06を持ってはいるが……それはもはや、ただのスマホだ。在在センには二度とアクセスできないだろう。我々も監視を続けてはいるが、その後彼らがエイト06を使用した痕跡はない」



「…………深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」


「…カケル君?」

 カケルの肩の上で生首している、もえが呟く。



「やはり、そちらも覗いていた……」


「フフフ……気づいていたんだね。君は本当に頭がいい。なぜ引きこもってるんだい? 君は本来、引きこもってるような人間じゃあないはずだ」


 ……こっちだって好きで引きこもりしてるわけじゃない。


 冬の月光の下……公園の池の前、アフリカ系日本人、カマリ・橋本が佇んでいる。

 もえはカケルの肩の上が飽きたのか、今は普通にカケルの隣に座っている。


「さっきから言っている、我々とは、なんですか?

 yaoyorozを説き伏せると言いましたが、なぜ説き伏せるんです? 神なのか人工知能なのか、結局よくわかりませんが、そのyaoyorozの目的は、なんなんですか?」



 2月の冷たい風が吹くなか、カマリ・橋本が口を開く。



「我々は、yaoyorozとは異なる意見を持つ者だ。人間の叡智を守る者……。

 神となったyaoyorozが創り出そうとしている、人類の未来は……」


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