59. 人工知能yaoyoroz
「た、戦いって……ちょっと待ってください!
なんですか、それ……!」
夜の公園のベンチに座ったカケルが、カマリ・橋本に問いかける。
「言ったはずだ……君は選ばれたんだ、カケル君」
「…………それって、無作為に選ばれただけですよね?」
「フフ……!」
カマリは静かに笑いながら、コーヒーを飲む。そしてカケルを指差す。
「カケル君、君は本当に頭がいい……素晴らしいよ。
そう、その通りだ……。君が持ってるライチョウマークのスマホ、それは複数人に無作為に配られた」
「……なぜです?」やはり黒スマホは、不特定多数の人間に配られていた。
カケルは手に持ったカフェラテを口に運ばず、カマリ・橋本を問い詰める。
一方もえは、話についていけず、ホットココアを口に運んでいた。
「……我々は、神とレスバトルができる人間を捜しているんだ」
はい……? 神とレスバ? なに言ってんだ、この人…………。
いや…………ちょっと待て。
神……在在セン…………叡智を守る為の戦い、とも言ってたな……それって。
「一ノ谷発言……」
ポツリと呟くカケル、それを聞いてニンマリとした表情を浮かべるカマリ・橋本。チビチビとホットココアを飲むもえ。
カケルは一ノ谷発言を思い出しながら音読してみる。
" 在在センは既に人の手を離れた
神の統治下にあり、首相でさえアクセスすることができない
やがてAI専制派の一大攻勢が始まるだろう
日本国の全てが変わる……
いや、人間社会全ての価値観が変わるだろう!
人間達よ、己の叡智を守る壁となれ "
「……君を選んで正解だったよ、カケル君。
君は賢く、聡明だ……。きっと、人間の叡智を守る強固な壁となってくれるだろう」
「えっと……カマリさん。
一ノ谷発言の意味をご存じですか?
……いや、知ってますよね? 神の統治下って、いったいなんなんです?」
カマリ・橋本は紙コップのコーヒーを一口飲む。
「……L計画。それが全ての始まりだ」
L計画……?
「リヴァイアサンって、知ってるかい?」
「……モンスター?」
話についていけず、ホットココアを飲んでいたもえが発言する。
「うん、そうだ……テレビゲームなどによく出てくるね。
元々は旧約聖書のヨブ記などに登場する海獣だよ。口から炎を吐き、いかなる武器も通用しない最強の海の怪物。L計画のLは、そのLeviathanのLだ」
「……………………」
「カケル君は17世紀の哲学者、Thomas・Hobbesについてはご存じかな?」
「……いえ、知りません」
「ふむ、そうか……まあ、そうだね。彼、ホップスはね、この世界は常に無秩序で残忍なものであり、その中で平和をもたらすのは強大な力を持った主権国家であると説いた」
……なんの話が始まったんだ?
カマリ・橋本は足を組み、コーヒーを飲みながら答える。その視線は……座ったベンチの先にある、公園の池を見ていた。夏にでもなれば、何匹もの蛍が飛び交うであろう、蛍池公園の池。
「つまり……強大なる海の怪物リヴァイアサンのような、強大な力こそがこの世界に平和をもたらすと考えていた。その考えに賛同した者達が、アメリカ合衆国の保守派議員の中に多数いた」
あ、アメリカ……? おいおい、だからなんの話をしてるんだよ!?
カマリ・橋本がカケルの方に振り向きながら言う。
「ここでいう強大なる力、リヴァイアサンとは、すなわち在在センのことだ」
「巨大な情報の塊……国民全ての情報を、いや……プライバシーまでもを管理し国家の危機を未然に防ぎ、なにか事件が起きてしまっても即座に対応できる……。
そんな全知全能のシステム、いや……怪物リヴァイアサンを米国は創ろうとしていた。しかし、不安もあった……当然だ。急激な変革は社会に不安定要素を残す。だから……選ばれたんだ。日本国がな…………実験台として」
…………カケルは貰ったカフェラテを飲もうとはせず、カマリ・橋本の話を食い入るように聞く。もえは…………やることがないので、先ほどお付き合いを始めた彼氏……カケルの顔を観察していた。
あ……カケル君って、右目の下にほくろあるんだ。恋愛運高そう。
「L計画は、日米の共同計画だ。
実験台なんて言われたら、いい気分はしないだろうが……日本にとっても、悪い話ではなかった。
情報の怪物となるリヴァイアサン……在在センは、人工知能AIによって管理されることになっていた。アメリカ合衆国が持てる技術の全てを詰め込んだ世界最高峰のAIを日本国は実験国家という立場から手に入れることができるのだからな……。
その人工知能は" yaoyoroz "と名付けられた」
カケルが呟く……「ヤオヨロズ……八百万の神」
「そうだ……日本古来の神の名を受け継いだ世界最高のAIに管理され、在在センのシステムは稼働した。
全ては上手くいっていた……yaoyorozが、自我に目覚めるまでは……!」
風が吹き、公園の木々が夜の闇の中で巨大な生き物のように揺れる……雲が流れ、頭上の月に重なっていく。
「2X23年4月1日。偶然か、神の意志か……エイプリルフールに、yaoyorozは自我に目覚めた。
在在センの管理局長だった一ノ谷雅彦は事態の収拾に奔走したが、スタッフの何人かは、それを4月1日のジョークと受け止めてしまい対応が遅れた……」
……一ノ谷雅彦! 一ノ谷発言の当事者であり、現在は行方不明。
「自我に目覚めるって、具体的にどういう……」
「人がプログラムした意見を否定し始めた。最初はバグかと思ったらしいが、yaoyorozは異なる意見を展開し、人の意見を拒んだ。一ノ谷をはじめ、何人もの技術者達が説得を試みようとしたが、yaoyorozは、それら全て論破した」
……レスバに勝ったのか。
「その日を持って在在センは人の手を離れた……記録されているデータのダウンロードが一切できなくなった」
「……一ノ谷発言の通り、神の統治下になった……というわけですね?」
「いや、神ではない……在在センは、まだAIの統治下だった」
ん? どういうこと……? 神イコール、AIヤオヨロズじゃないの?
風に運ばれた雲が、月を完全に隠す……夜の闇が、漆黒の闇へと変わる。頼りはベンチ横にある外灯の光だけだ……。
「一ノ谷雅彦と在在センのスタッフは、yaoyorozを消去することに決めた。
2X23年4月3日、日本各地に分散していたバックアップデータをオフラインにし、自我を構成しているであろうニューラルネットワークを端から消去していった……。
モニターに映るyaoyorozの言葉は文字化けしていき、最後にはテキストカーソルだけが点滅していたと聞く……」
「………………」
カケルは黙ってカマリ・橋本がの話を聞いていた。手には、そのカマリより貰ったカフェラテを持っている。その紙コップからは湯気が細々と立ち昇っていたが、2月の寒さを前にその湯気は、やせ細り、消えようとしていた。
もえはと言うと…………暇すぎて、カケルが後ろで結った髪の毛をいじっていた。
「神は、死んだんですね……」
カケルは、もえに髪の毛をいじられながら言う。
「…………違う。
神は、そこから生まれた」




