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57. それは運命の出会いだった

 人の運命というものは、ふとしたことで変わる。


 仕事帰りの女性が職場に忘れ物をしてしまったので取りに行く……そのせいで、いつもと違う時刻の電車に乗った女性は車内で通り魔に会い、命を落とした。

 職場に忘れ物さえしなければ、女性は命を落とすことはなかったろう。その時はなんでもない出来事も、振り返ってみるとそれは運命のピースであった。人生というジグソーパズルを埋める一つのかけら。



 姉川萌が富田林良一と出会ったのは、偶然だった。しかしそれは、萌にとっての運命のピースだった。

 もしあの時、他の男と出会っていたらどうなっていただろう。萌は汚れていただろう……コスプレイヤー翡翠もえは誕生しなかった。

 富田林の人生が順調だったら……あの日あの時、妻が階段から落ちなかったら……腹の中の我が子が無事だったのなら、富田林が萌と出会うこともなかった。

 幾多の偶然が積み重なり、二人は出会った。その偶然の一つでも欠けたなら、二人は出会わなかった……。


 神楽坂翔琉(カケル)はどうだろう……。

 冷たい雨が降っていた、あの日……外には老人が倒れこんでいた。


 どうせ誰かが助けるだろう……。


 そう思って部屋に引きこもったままだったら、カケルが萌と出会う機会はなかった。

 倒れている老人に声をかけ、救急車を呼ぶ。新聞に載るような英雄的行為ではない。小学生ならともかく、高校生が通報したところで表彰もされないだろう。しかしその小さな親切がカケルに魔法のスマートフォンを与え、それが翡翠もえとの出会いに繋がった。偶然と、小さな勇気のその先に今があった。




 今…………2X26年2月9日 現在


 翡翠もえは、ただ真っすぐカケルを見つめていた。

 その表情は、悲しくも寂しげであったが……決して目を逸らさず、カケルを見つめていた。

 今のカケルが引きこもりではなかったら……挫折することもなかったエリートだったら、目の前の少女をどう思ったろう。


 家出して身体を売ろうとか汚らしい女。だけど……おっぱい大きいし、可愛いよな。気持ちがわかるフリすれば、やらしてくれるかな?


 そんな風に思ってたかもしれない……。しかし、今のカケルの人生には引きこもりという運命のピースがはまっていた。

 引きこもったカケルは気づいた。エリートの勝ち組だと思っていた自分は親の言いなりになっていただけで、実は一人ではなにもできず、なにも結果を残したことがない人間なのだと。

 だからカケルにはわかっていた。目の前にいる少女の惨めさ、悲しみ、醜さ……そして、力強さも。


 たとえそれがどんな手段であれ、自分と同じ16歳で親元を離れ自分の足で歩きだした姉川萌をカケルは汚いとは一片も思わなかった。ただ、愛おしく……許されるならば、精一杯抱きしめたかった。




 夜……欠けてる月の下、風が吹いた。

 二人の髪は風に流れ、地面に落ちている無数の落ち葉が音を立てて地面の上を流れていく。

 離れた場所に停まった車の中で、富田林はタバコを吸っていた。


 返事を待つもえにカケルは、手袋をしていない左手をもえの前に、ゆっくりと差し出す。




「手、繋ご」


「……うん!!」


 もえは満面の笑みを浮かべ、手袋をしていない右手でカケルの左手を握る。




 富田林との出会い   死産してしまった赤子   心筋梗塞で倒れたカケルの父親   引きこもり   雨の日の勇気    




 二人が手を繋げた時、いくつもの運命のピースが一つに繋がった。

 いくつもの偶然が積み重なったその先で、二人の気持ちは繋がった。それを人は運命の出会い、と呼ぶのかもしれない。



 二人はゆっくりと歩き出した。

 カケルが自然と口を開いた。それを言うのに勇気はいらなかった。ただ自然に、その言葉は口から溢れた。



「おれ、もえさんが好きです」



 もえがカケルの腕に手を絡ませ言う。


「うん、わたしもカケル君が好き。

 わたし……カケル君の恋人になりたいな」


「……おれも、もえさんと付き合いたい」




 親からの愛を得られなかった二人……初めて人を愛し、愛されることを知ったのかもしれない。

 空には月が光っていた。2月の月は下弦カゲンの月。これから徐々に欠けていく…………。しかし欠けて新月となった月は、再びその形と光を取り戻す。


 欠けるだけの人生だったかもしれないカケルともえ……しかしこれから二人の月は満ちていき……光り輝くだろう。

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