56. コスプレイヤー翡翠もえ
「……おじさん、痩せたね」
萌が思わず呟く。
" おにぎり "は、少量サイズの体形になっていた。
「はは……いやあ、いろいろでストレスでね……まいっちゃうよ」
「そうなんだ……」
額の右上に赤いたんこぶが見えたが、萌はあえて聞かなかった。
「あ、ごめん萌ちゃん。こっちの荷物、持ってもらっていい?
ゲーム持ってくって言ったでしょ? ゲーム機は僕が持ってくから、コントローラーが入った袋は、悪いけど萌ちゃんが持ってくれないかな?」
そう言って富田林は、車のバックドアからコントローラーが二つ入った紙袋を萌に渡す。
富田林はゲーム機が入っているであろう大きめのバックを持つと、歩き出す。富田林がバックを持った時、顔に疲労の表情が一瞬浮かんだのを萌は気づいた。
父親……娘である萌の前ではいつも優しかった父親が、時折見せた生きることを拒絶したような表情に、富田林のそれは、どこか似ていた。
「この間と同じホテルに行こう。Wi-Fiを完備してるからね。オンライン対戦しようぜ!」
痩せたおにぎりこと富田林は、ゲーム好きの高校生のような無邪気な顔で萌に話しかけ、ラブホテルへと歩いて行く。萌もそれに従い、紙袋を持ってついて行った。
Super War Field
アメリカのコランドゲームズが制作した第二次世界大戦が舞台のファースト・パーソン・シューティングゲーム。
一言で言うと……銃持ってドンパチするゲームである。
「へえ……トンちゃん、こういうのが好きなんだ」
「トンちゃんって……まあいいか。
戦争ゲーム、嫌だった? 他にもゲーム持ってきたけど」
ラブホテルのテレビにゲーム機を繋ぎ、プレイスタンバイの中年男性と未成年少女。
「別にいいよ、やろ」
「オッケーーーイ!」
ゲームを始める二人。
富田林は、やりなれた感じで画面の中のキャラクターを動かしていくのに対し、このゲームを始めてプレイする萌は、ギクシャクしていた。
30分後
萌は過食症で引きこもってる間、家では漫画を読むかアニメを観るか……ゲームをしていた。それゆえか操作には、すぐ慣れた。
「うっしゃあああ! 5キル目!!
おんやあ~富田林君……君はまだ、1キルかねえ? ニヤニヤ」
「くっ……! まさか新兵に後れをとるとは……!!
し、仕事で疲れていなければ、1キル止まりなど……」
「言い訳は軍人として見苦しいそ、富田林二等兵」
「に、二等兵とは失敬な! これでも20キル達成したことだって……」
ぐわああああ!!
画面からの兵士の断末魔。富田林が操作するキャラが撃たれた。
「ああ、くっそ! 調子わるい……」
「……休憩する?」
「ん~~~そうだねえ……」
そう言って富田林がコントローラーをテーブルに置こうとした時、画面のチャット欄に……
[ざ~~ こ!www]
「な……!」
富田林が言葉を続けるより先に、萌が画面を力強く指差し、叫ぶ!
「反撃だああああああ!! 富田林二等兵!!」
「イエッサーーーーー!!! 萌軍曹!!」
萌と復活した富田林は、煽ってきた相手を追いかける!
「バイクで逃げやがったぞ! トンちゃん、そこのジープに乗れ!!」
「了解であります!! ところで上官殿、車の免許は?」
「ない!! シートベルトしとけ!」
「ハハハハハ! って、バックしてどうする!!」
「運転の操作わかんねえよ!」
二人はゲラゲラ笑いながら、画面の中の戦場をジープで走り出す。
大人の宿泊施設で家出少女と、くたびれた中年男性が" こと "をするわけでもなく、テレビゲームに、はしゃぎまくる。
「ジープにマシンガンあるじゃん! 撃って!!」
「オッケーーイ!」
ジープが爆走する音と機関銃を撃つ音が画面から響き渡る。
そして小さな爆発音。
「よっしゃああああ! 当たったああ!」
「うっしゃああ! よくやったああ、トンちゃん二等兵!!」
「やられたらやり返す! それが戦場の掟!! ざまあみ……って、前えええええ!! ブレーキ、ブレーキ!!」
「ブレーキ……これ!?」
「ちがっ! Rだよ、アールボタ……って!」
ブオオオオ~~~ン!!
豪快なアクセル音と共に、二人を乗せたジープは崖からコバルトブルーの海へと落下していき……
「あああああ……」
ドオオオーーーン!!
海上に正面衝突する……。
そして画面に表示される、YOU ARE DEADの文字……ようするに、ゲームオーバー。
「あっははははは!」
二人は大笑いしながら、ソファーの背にもたれかかる。
テレビ画面には、復活するかのタイム表示がカウントダウンされているが、二人はソファーにもたれたまま動かない。
「ふう~~~~。わたし、疲れちゃった」
「……僕も」
二人は時が止まったかのようにソファーに座っていたが、しばらくすると萌は立ち上がり、ダブルベッドの前に行って仰向けにベッドに倒れこむ。
テレビ画面ではカウントダウンが0になり、タイトル画面に戻っている。
「……トンちゃんも、こっちおいでよ。疲れてるんでしょ?」
「…………うん」
富田林は、よっこらしょとソファーから立ち上がると、萌と少し離れた位置に寝っ転がる。
……静かな部屋にエアコンの音と、ゲームのデモシーンの音声が響き渡る……。二人は無言のまま天井を見ている。天井には大きな鏡……その鏡に映るのは並んで仰向けに寝っ転がる、16歳の家出少女と37歳の中年男性…………。
最初に口を開いたのは、萌だった。
「……トンちゃん、仕事辛いの?」
「…………ああ」
「そのこぶ……殴られた?」
「……上司にね。灰皿で叩かれた。
いい加減、仕事辞めたいよ……だけど、次の仕事が決まらない」
「大変だね……奥さんとは?」
「相変わらずさ……妻はずっと翆の亡霊にとり憑かれてる。
大事な我が娘だ……決して忘れてはいけないが…………囚われてもいけない」
………………萌は手を伸ばし、富田林の手を握る。
「……萌ちゃん?」
富田林が萌の方を見る。萌も富田林を見ていた。
「…………えっち、する?」
それは萌なりの慰めだった。しかし……
「ありがとう…………でも、いい。
言ったろ? もう勃たないって……性欲はないんだ」
「そうだったね…………。
ストレス発散が酒でもセックスでもなく、戦争ゲームか」
「ああ…………子供の頃から、戦車とか戦艦が好きだったんだ。学校の授業中とか、よくノートに落書きしてた……。
萌ちゃんは、なにか趣味あるの?」
「……漫画とアニメかな。
真クロが好きだった……真紅のクロフェニアって漫画」
「ああ、それ知ってるよ。アニメにもなってたよね?
レイちゃん、可愛かったねえ~。萌ちゃんは好きなキャラとかいた?」
…………しばし迷ったのち、萌は財布の中からトレカケースを取り出す。ボロボロになったヒュナが収められたケース。
「……ん? これ、賞金稼ぎの女の子だよね?
……なんでこんなボロボロなの?」
…………萌は、ことの顛末を話した。
「そう……」
富田林は萌を見つめていた。この子は……純粋で優しいのだ。
「萌ちゃん、君……他の男とも、ホテルに?」
「ううん、おじさんとだけ。
わたし、まだ二回目だよ……" こういうこと "するの」
「そうか…………萌ちゃん、君はこんなことしてちゃ駄目だよ。
まだやり直せる!」
「……わたしを買っておいて、お説教?」
「……いや、そうじゃない」
「じゃあ、なに?」
富田林は上半身を起こし、ベッドに座る。萌はまだ寝たままだが、富田林を見ている。
「萌ちゃん……僕と一緒にコスプレをしよう!」
「え……? コスプレ衣装着たら、ちんちん勃つの?」
「そうじゃない! コスプレイヤーだよ!
コスプレして、いろんなイベントに出たりしてお金を稼ぐんだ!」
萌は半分興味を持ったのか上半身を起こし、富田林の隣に座る。
「わたし、コスプレなんてしたことないよ……それに、どうやってイベント出るの?」
「僕に任せろ!
言ったろ、僕は今、イベント関係の仕事をしてるって! まあ今の会社は辞めるけどね……もうこれ以上、パワハラ上司のもとで仕事するのはごめんだ。
萌ちゃん! 僕を信じて、ついてきてくれないか?」
「トンちゃんを?
……うん、いいよ。トンちゃん、ずっとわたしに優しかったし」
「ありがとう!
コスプレイヤー萌の売り込みは任せてくれよ! アニメやゲーム関連のイベントを開催したことだってあるからさ……そっち関係の伝手もある!
必ず……必ず君を人気コスプレイヤーにしてみせる!!」
その日から、姉川萌と富田林良一の生活は変わった。
萌はもう、心ない大人達に金をせびるのをやめた。当面の生活費は富田林が出してくれた。
かっこいい黒のチャンキーブーツを見つけたが、買うのは我慢した。コスプレイヤーとして売れたら買おう、それまでは我慢しようと心に決めた。
富田林は翌日、上司に辞表を叩きつけ、その足で弁護士事務所に寄った。離婚について協議する為である。自分が妻にどれだけ負担を強いてしまったかは理解していた。仕事を優先し、妻をいつも一人にしてしまっていた。結果……授かった我が子は、妻の腹の中で死んでしまった…………。だから今まで妻の奇行、暴言に耐えてきたが、それも限界だった……。妻が請求してくるであろう慰謝料は全て受け入れる覚悟を決めた。それが富田林良一の贖罪だった。
それからしばらくして……。
姉川萌は援助交際に使っていたゼータのアカウントを捨て、新しいアカウントを作った。
翡翠もえ公式@hisui18
コスプレイヤー始めました。
アニメとゲームが好き。あなたが好きなキャラのコスプレをできたらいいな。
翡翠もえ、という名前は富田林がつけた。
人気が出る前はイベント関係者から、よく言われた。
「いやあ~富田林さん、彼女可愛いのはいいんだけどさあ……名前なんとかなんない? 人によってはあの漢字、読めないよ。せめて、ひらがなにできないかなあ~」
そのたびに富田林の横にいた、姉川萌こと翡翠もえが答えた。
「わたしのファンは、そんなバカな人じゃありませんよ。それに……
翡翠の翠の字は、ミドリとも読むんです。緑の木々のように美しく……宝石の翡翠のようにきらきら輝いて、みんなから大事にされるコスプレイヤーを目指す……そう思って、つけてもらったのが翡翠もえという名前なんです。だからわたし、この名前は絶対に変えたくないんです」
コスプレイヤー翡翠もえは、こうして誕生した。




