55. 全てを捨てた少女と、全てを捨てたい男
「うちのパパもさ、わたしの母親と祖母から、いっつも責められてた。
……奴隷だったんだ、うちのパパ。
昼間は会社で働いて……家に帰ってくれば、家の中の女どもの言いなり……」
「……そうなんだ。そのパパさんは、今も家に?」
炭酸入りジュースを飲んだ萌が言う。
「ううん、出てった。わたしが高校一年生の時かな……外に女つくってたのがバレた。それを母親とババアに責められて……しまいには頭叩かれて、蹴られて……出て行った」
「そう……。
僕はね、蹴られはしなかったけど……とにかく怒鳴られた」
富田林は灰皿にタバコの灰を落としながら呟く。
「家に帰ると僕の寝室にね……乳児の服とか、おもちゃとかが置いてあるんだ。
出産を控えて買っておいた物の他に、死産したあとに買った物もあった。
妻が買ってくるんだよ……あの子が、翆によく似合う服だ。このおもちゃは、きっと翆が喜んでくれるって……」
富田林は二本目のタバコに火をつける。コンビニで買った安物のライターは" つき "が弱く、何度目かのトライでタバコに着火する。
「おかけで僕の寝室は荷物だらけ……しまいにはベッドの上にもおもちゃが置かれて…………それを廊下にどかして寝ていたら、夜中妻が怒鳴りこんできてさ……
" どうしてあの子のおもちゃを捨てるのよ! この人でなし! おもちゃで遊べなくて翆はきっと泣いてるわ! "とかなんとか……とにかく、もの凄い剣幕でまくし立てられた。しょうがないから、おもちゃをベッドに戻して、僕は車に避難した。
はは……それ以来、車が僕の寝室だよ」
「……なんで、おじさんのベッドにおもちゃ置いたんだろ」
萌はソファーの上で、膝を立てて座る。短いジーンズのスカートから、薄いピンクの下着が見えた。
「なんでだろうね……」
富田林は、うつろな表情でタバコを吸う。
「父親としての責任を感じろって、言いたかったのかな……」
ふ~~っと、吐き出した煙が二人の前に広がり、天井へと昇って行く。
「とにかく、僕の部屋に荷物を押し込むんだ……その中から気に入った服やおもちゃを自分の寝室に置いてあるベビーベッドに飾っていく」
萌のほうをちらりと見た富田林は、立てた膝を直せとジェスチャーをする。下着が見えていることに気づいた萌は立膝を崩し、床に足をつける。
「僕も責任を感じて、妻に文句は言わなかったけど……それがいけなかったのかなあ……。
妻の奇行はどんどんエスカレートしていって、誰も乗っていないベビーカーを押して、外を歩くまでになった。それを注意するとね、もう火が付いたように怒り出すんだ……だもんで、こっちはもう心底まいっちゃったよ」
「……それで、勃たなくなったの?」
萌が富田林の股間を指差して言う。
「ハハハ。まあ……それが主な原因だが、他にもね…………
仕事もきつくてね……上司は無茶言ってくるし、スタッフは口を開けば『きつい、辞めたい』だし……もう、まいっちゃうよ」
「大人って大変だね」
「そう、大変なの。
だからたまには、君みたいな可愛い子とお話したいのよ。
……って、そろそろ時間だね」
富田林はソファーから立ち上がると、壁にかけたスーツのポケットから財布を取り出す。
「はい、約束だ。3万と5千円」
「お、おおおおおおおお……!」
萌が思わず感嘆の声を漏らす。
震える手、と言ったら大げさか……喜びの手で、3枚の1万札と5千円札を受け取る。
仕事の内容はともかく……萌が生まれて初めて、自分で稼いだお金だった。
「あ、ありがとうございました!」
立ち上がり、直角に頭を下げる萌。素直過ぎる仕草に、富田林は思わず笑みを漏らす。
「はは、礼を言うのはこっちだよ。ありがとね、こんなおじさんの愚痴に付き合ってくれて……。
良かったらまた、付き合ってくれるかな? ああ、もちろんお金は出すよ」
「は、はい! よろしくお願いします!!」
やった、やった!!
萌は心の中で、はしゃいでいた。
お金が入った。ネカフェに泊まろう! 替えの下着も買おう! そうだ、生理用品も買っておこう。当分の間、寝る場所にも食べる物にも困らない! しかもまた付き合いたいという……簡単にお金が稼げて喜ぶ萌であったが…………
" 結局は母親と一緒、エロで金稼いでるだけじゃん! "
そんな心の声が小さく聞こえてはいたが、シカトを決めた。
神奈川県藤色市。東京都に隣接する人口200万の大都市だ。
富田林と別れてから数日……萌は藤色市をさまよっていた。ネカフェに入り浸って漫画を読み、夜もそこで眠りについた。
代えの下着を買いにショッピングモールに行き、そこで見かけた服が気にいったので買った。一万を超えたが、そっちは気にしなかった。
服を着替え、家を出た時に着てた服はコインランドリーで洗濯して、貸しロッカーに預けた。
お金はすぐに無くなった。
…………また援助してもらうか。
家を出て来た時と同様に、ファーストフード店で足を組んで座っている萌。コーラのストローを口に運びながら、スマホをいじる。
母親を軽蔑しておきながら、結局は母親同様、男の金に頼り女を売り物にする萌であった。
[悩み事があるなら、朝まで聞きますよ 2万まで助けられます]
[ホ別りんご どうですか? 内容次第で苺もOKです]
は、はあ~? りんご、苺ってなに? そんな専門用語、わかんねえよ。
身体を売り始めて(実際はまだ売ってなかったが)まだ二回目の萌は、専門用語に戸惑いながら男達の返信を読んでいく。
[動画撮影してみませんか? 撮影時間3時間~5時間 報酬5万から
顔出し、挿入ありで最大10万円まで出せます]
ギャラいいな……でも動画か。ネットに残るんだろうな……。
「……………………」
萌は" 魔法の呪文 "を唱える。
飛び降りて、病院に搬送された時の母親の言葉。家出の直前、大喧嘩した時に母親が言ったセリフ。
「あんたにいくら投資したの思ってるのよ!!」
「謝れ!! お母さんごめんなさい、って謝れ、豚!」
自分の人生壊れたって、いいんじゃないか。
誰にも愛されない、必要とされない……わたしがどれだけ傷ついたって、誰も悲しみなんてしない……そうだよ、わたし自身も悲しくなんてなんねえよ!
ひ……ヒヒヒヒヒ!
どうせ汚れるなら、とことん汚れればいい……!
有名にでもなったら面白いじゃん! みんなが、ちやほやしてくれそう…………やるか!?
萌が返信しようとした、その時……。
あ……!
欲にまみれた男達の返信のなかで、インポテンツの富田林から連絡が入った。
[今日、会えるかな? この間と同じ、2時間3万円
ゲーム機持ってくんで、一緒にゲームやらないか?]
おにぎりおじさんだ!
いく、いくーー!
動画撮影のことなど秒で忘れ、萌は二つ返事で富田林の提案を承諾し、夜の藤色市を足早に歩いて、富田林との約束の場所である駅前の駐車場に向かう。
黄色の軽自動車……何年洗車をしていないのか、砂ぼこりにまみれたその車のバックドアの前に富田林が後ろ向きに立っていた。
「やあ、来てくれたんだね」
萌の気配に気づいて富田林が振り向く。
その顔は…………やつれていた。額にはコブも見えた。




