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54. おにぎりとラブホテル

「ちょっとコンビニに寄って行っていいかな?

 お菓子とか買っていきたいから」


 待ち合わせの場所に現れた男、富田林良一トンダバヤシリョウイチは、目の前のコンビニを指差して言う。


「……いいけど、二時間って約束は守ってね」


「もちろん! えっと……萌ちゃんだっけ? 君もなんか食べる? なんでも奢るからさ、一緒に買い物しよ」


 ……面倒くさいなあ、とっとと終わりにしたいのに。


「あのお……この時間も約束の時間に入ってんの?」


「あ、いやあ~それは考えてなかったなあ~~

 じゃあ買い物と移動時間入れて、二時間半、3万5千円でどうだい?」


 相場わかんねえけど……「それでいい」



 スーツ姿の中年男性、富田林良一。

 腹は大きく出てるが肩幅は狭く、顔も小さい……上へいけばいくほど小さくなっていくその上半身は、彼の素朴な顔と合わせて、おにぎりを連想させた。

 その富田林と16歳の姉川萌はコンビニでの買い物をすますと、ラブホテルへと向かった。藤色市にある、高くも安くもないホテル。

 初めて大人の宿泊施設に入った萌は珍しそうに室内を見回すが、すぐに" 仕事 "の準備にとりかかる。背中に大きな十字架のデザインが入った黒のビッグシルエットのパーカーを脱ぐと、スカートを脱ごうとベルトに手をかける。


「ああ、いいよ。脱がなくて」

 上着のスーツを脱いでいる富田林が声をかける。


「え……困る。わたし、服これしかないから、汚したくない」


「ああ、そうじゃない。エッチなことはしないから、脱がなくていいよ」

 富田林は脱いだスーツのポケットからタバコとライターを取り出し、それをテーブルに置く。


「……やだよ、お金くれないの? 3万5千って約束じゃん!」


「お金は約束通り払うよ。安心していい。

 僕はただ、君と話がしたいだけなんだ」


「……はあ?」

 ベッド脇に突っ立った萌は、怪訝ケゲンそうな顔で太った中年男性を見る。

 ここに来る途中の会話で、この男の年齢が37歳だと知った。

 37歳……ずい分と老けて見える。コンビニ前で見た時は、40代かと思った。


「僕ね、もう勃たないんだよ……性欲はない。

 だから安心していい。えっちなことは一切しないよ」


 富田林はネクタイを緩め、ソファーに座る。


「話し相手が欲しくてね。

 二時間、僕と話してくれるだけでいい。

 もう一度言うが、お金はちゃんと渡すよ」


 そう言いながら、さきほどコンビニで買ったペットボトルのジュースを開ける。


「なにもしないから……隣に座って、お話いいかな?」


「……わかった。お金はちょうだいね」


 萌は半信半疑のまま富田林の隣に座り、スナック菓子の袋を開ける。


「話し相手欲しいなら、キャバクラとか行けばいいんじゃないの?」


 開けた袋から菓子をつまみ、萌が言う。食べながら炭酸入りのジュースの蓋を開ける萌。


「僕、下戸ゲコなんだ」


「……カエル?」


「いや、酒が飲めないって意味だよ

 ゲコゲコのカエルじゃない。

 あ……タバコ、いいかな?」


「どうぞ。

 母親がヘビースモーカーだから、別に煙なんて気にしないよ」


「そう、じゃ遠慮なく……」

 先ほどテーブルに置いたタバコを手に取り、使い捨てライターで火をつける。そのライターを持つ左手の薬指には、指輪がはめられていた。


「結婚してるの?」


「ん? ああ……ほぼ別居状態だけどね。

 家に帰っても、かみさんは会ってくれないから、車の中で寝てるんだ」


「仲悪いんだ……なんで?」


「…………昔は、仲良かったんだけどね。

 3年前かな……妻が妊娠したんだ」


「なんだ、えっちできるじゃん」


「はは、そのころはね」

 富田林がタバコを吸いながら、愉快そうに話す。

 しかし……その表情は、すぐに曇る。


「僕、イベント関係の会社に勤めてるんだけど、いろいろ忙しくてね……。お腹の大きくなった妻の傍に居てやれなかった」


 富田林は一息つくように。タバコを何度か吸う。


「妊娠して、29週目だったかな。

 妻が階段から転げ落ちた……」


「…………」萌はスナック菓子を食べながら、富田林の話をとりあえず聞く。


「僕はその時、仕事の関係で大阪にいたんだ……かみさんの母親が僕の携帯に何度も電話をしていたが、僕は仕事中で出れなかった。

 お腹の中の子は……死産した。」


「ふう~~~~」富田林が大きくタバコの煙を吐く。


「女の子だったんだ。名前も考えてた……ミドリってね。漢字だと、翡翠ヒスイスイの字。緑の木々のように美しく……宝石の翡翠のように大事な我が子、って意味で名付けた」


「ふう~~ん……。でもそれ、おじさん悪くないよね?

 階段から奥さん、突き落としたわけでもなし」


 素直に感想を述べる16歳の少女を見た富田林は、「まあ、そうだね」と言いながら天井を見る。

 タバコを口に運び、一服する。


「傍にいてやれなかったんだ……傍にいてあげれば、転げ落ちることもなかった」


 吐き出した煙が安っぽい香りを漂わせながら、二人の前をさまよう。


「…………悔やんでもしょうがないと思うけど」ボリボリ

 菓子を頬張りながら他人事のように萌が答える。

 実際、萌は赤の他人だったわけだが、未成年の素っ気ない態度に腹を立てるわけでもなく、中年の富田林はタバコを手に持ちながら話を続ける。


「妻が運ばれた病院に行けたのは、階段から落ちた二日後だった。

 病室にいた妻の母親からは、看護師さんの前で怒鳴られたよ……なんで妻の傍にいてあげれなかったの! って…………」


 富田林はぼんやりと、タバコから出る煙を眺めている……。


「妻はその時、42歳だったんだ。

 子供を授かる、最後のチャンスだったんだろうなあ……ずっと泣いていた」


「……そうなんだ」

 援助交際を申し入れてきた16歳の少女はスナック菓子を食べ終え、菓子袋をゴミ箱に捨てようと部屋の中をキョロキョロと見渡していた。


「それから……僕の居場所は無くなっちゃったんだ」


「あ……ゴミ箱、こんなとこにあった」


 中年親父の話など興味ないかのように少女は立ち上がって、ベッド脇のゴミ箱に菓子袋を捨てに行く。富田林はそれをただ眺めている。萌が天井についた鏡を物珍しそうに見ながら、ソファーに戻ってきた。


「えっとお……なんだっけ?」


「はは、僕の居場所が無くなった話。

 ……おじさんの話、退屈かい?」


「ああ、えっとお~~


 そんなことないです」


 " この会話でお金を貰えるのだ " 一応、仕事の責任みたいなものを感じてる姉川萌ではあった。


「まあ、退屈でも、おじさんの愚痴に付き合ってよ。

 ……妻が死産したことで女房とその母親から、ずっと責められ続けたよ……」


 ……萌が話に、少し興味を持った。



「うちのパパと一緒だね」


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