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53. 家出少女もえ

 2年前の2X24年2月、翡翠もえこと姉川萌は一人、夜の街を歩いていた。

 藤色フジイロ市の駅前通り……街の喧騒ケンソウと雑踏の中、人の波をかき分けながら、ただひたすらに歩いていた……。

 一時間ちょっと前、萌は母親と大喧嘩をした。きっかけは萌の部屋の壁だった。その壁は変形していた。

 心療内科に通いながら、過食症の治療を受けていた姉川萌。体重も16歳の平均体重になりつつあった時、それは起きた。



「子供を愛さない親なんて、いるわけないだろ」



 漫画のキャラクター、賞金稼ぎのヒュナが言い放ったセリフにブチギレた萌は、ヒュナが表紙の単行本を床に叩きつけ、踏み潰し……壁に貼ってあったヒュナのポスターを殴った。

 壁に穴は開かなかったが、見事に変形した。それを母親が見つけ、萌を問い詰めた。

 姉川家が住んでいるのはマンションだ。当然、壁などから破損するなら弁償しなければならない。母親はヒュナにブチギレした萌と同じように怒り狂った。


「おい豚! なんだこれは!! また金を使わせるのか、ちくしょう!! 親がどんだけ苦労して金稼いできてると思ってんだ!!」


「おめえは稼いでねえだろが! 男にたかってるだけじゃねえかよ!! いつもみたいに、股開いて金作ってくりゃいいじゃん!」


 実の娘にそう言われた母親は、娘である萌の頬を思いっきり引っ叩く!


「いってなあーーー!!」


「親に向かって、なんて口きいてんだ、お前は!!」


 母親は萌の長い髪をひっつかんで、床に転がす。再度、髪をひっぱり娘の顔を上げさせると顔を近づけ、


「謝れ!! お母さんごめんなさい、って謝れ、豚!!」


「うるっせえよ、売女!!」


 母親は萌の茶色に染めた髪の毛を何度も引っ張り、娘の頭を揺らしながら怒鳴る。


「誰が売女だ! あたしを汚らしい女と一緒にするな!!」


 実際、萌の母親は身体を売るという行為はただの一度もしたことはなかった。母親が男にしたのは、身体を許す" そぶり "だけである。


「謝れ!! それができないなら、てめえで金稼いで来い!!

 壁の修理費とお母さんへの慰謝料合わせて100万稼げないなら、家に帰ってくんな!!」


「出てくよ! 帰って来ねえよ、バーーカ!!」



 そう言い放って、16歳になったばかりの萌は家を出た。

 荷物は財布とスマホだけ……その財布に入っているのは、千円札が3枚と小銭が少々、それと……トレカケース。そのケースの中には、ボロボロになったヒュナの画像。


 風が吹いた。冷たい冬の風……その風を受けながら、萌は空を見上げる……。

 月、下弦カゲンの月だ。満月が終わり、月は徐々に欠けていって、やがては新月となり見えなくなる。

 欠けていき、無くなる月を見ながら、萌は実の母親の言葉を思い出す……。



「謝れ!! お母さんごめんなさい、って謝れ、豚!」


「100万稼げないなら、家に帰ってくんな!!」



 …………マンションより飛び降りて、病院に搬送された時の母親の言葉が頭に流れる。


「あんたにいくら投資したの思ってるのよ!!」


 夜の街にタタズむ少女、萌。その視線は上空の月から、下の地面へと変わる……。

 舗装された歩行者用通路。その上を足早に通り過ぎて行く、いくつもの足。


 わたしは……壊れたっていい。

 もう、自由だ……母親の機嫌も、クソババアの顔色もウカガう必要はない。

 そう……自由だ!

 どう生きようが…………どう汚れようが、わたしの自由だ!!



 萌は、もう一度……母親の罵声を脳内で再生する。


「あんたにいくら投資したの思ってるのよ!!」

「謝れ!! お母さんごめんなさい、って謝れ、豚!」


 ひ……ヒヒヒ!


 人々が行き交う夜の街で……萌は地面を見ながら、笑みをこぼす。


 ありがとな、ババア……! お前が、わたしに文句言ってくれたおかげでわたしは……自由だ!!

 なにしたっていいんだ……なにをされたっていいんだ!!


 ヒヒヒ……!


 どれだけ汚れたって、いいんだよ!!

 …………構うもんか!!



 そう心で叫び、気色悪く笑う萌の目からは、自然と涙が溢れていた……。




 …………姉川萌は、ファーストフード店に居た。

 椅子に座って足を組み、ベーコンバーガーを頬張る。

 家を出て来たのは夕飯前。

 腹が減っては戦は出来ぬ……空腹を満たしながら、スマホをいじる。



 萌ちゃん@aaaa7138 2月9日

 16歳、神奈川県藤沢市に居ます

 家出したんで、お金ないです

 助けてください



 自撮りした画像と共に、ゼータにポストする。

 ナゲットを好みのケッチャプソースにつけて食べながら、返信を待つ。

 過食症の治療をほぼ終えた姉川萌の容姿は、その若さも手伝って、世の男どもをたぶらかすには充分であった。

 ものの数分で、通知は数十件に達する……。



 [茜市ですが、迎えにこれますよ 2万援助できるかな]


 [東京住みです 3万出せますよ、力になりたい]


 [藤色市に住んでます! ニートなんでお金は出せませんが、相談には乗れます!! お話しませんか?]



 ニートとか引きこもりとか、いらねえよ! こっちは金が欲しいんだよ。



 16歳の家出少女のポストに対して何人、何十人の成人男性が返信をする…………優しさ、いや……、" 卑劣さ "に満ち溢れた、大人達の救いの手。



 [もう決まっちゃいましたか?

 静岡ですが、迎えに行けますよ 役所勤めなので、いろいろ相談に乗れます

 ちな、年収は650万です お願いします]


 ……なにが、いろいろ相談に乗れます、だ。

 素直にセックスしたいって言えよ、バーカ!



 [3万援助 2時間 藤色市内送迎可

 どうでしょうか?]


 シンプルでわかりやすいな……こいつにするか。


 姉川萌は、援助交際の相手を決めた。

 返信をすると、数分後には相手から待ち合わせ場所の指定がある。萌はその場所へと移動する。

 その間、後悔とか恐れは、まったくなかった。

 萌の心には、どうなってもいい……という虚無感だけしかなかった。


 そして待ち合わせ時刻……藤色市駅前のコンビニ。

 目印として、季節外れの麦茶を飲んで待っている。


 あ……そういや今日はまだ風呂入ってなかったな。アレと喧嘩して、そのまま出てきちゃったからな。

 パンツ汚いけど……まあいいか。どうせ脱がされるんだし……。


 萌はグイっと麦茶を飲むと、中年の男が声をかけてきた。



「……君が萌さんかな?」


 声のした方に振り向くが、そこにいたのは…………




「……おにぎり」


 姉川萌は思わず、そう呟いた……。

 実際、そこに現れた男は、おにぎりだった。


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