52. 手を繋ぐ二人
「カケル君、本当に来てくれたんだね! ありがとう!」
もえがカケルに駆け寄り、笑顔でカケルの手を取る。
もえはこないだと同じ、黒いフード付きのコートにジーンズを履いていた。
、
「う、うん……約束だし…………」
べろちゅう動画、拡散されてはかなわん……。
「こんばんは、カケル君!
いやあ、来てくれてありがたいよ! もえちゃんってば、カケル君に会えるって、朝からご機嫌だったからねえ~」
「そ、そうなの……?」
「もう~~トンちゃん、恥ずかしいこと言わないでよお~」
「ははは……」
カケルは、どうリアクションすればいいのかわからず、とりあえず笑ってごまかす……。そんなカケルを見ながら、富田林が言う。
「カケル君はダッフルコートか……。暖かそうでいいね。
知ってるかい? ダッフルコートはイギリス海軍で広く使用されたのをきっかけに、民間にも広まっていったんだ」
「へえ、そうなんですか……ダッフルコートって、イギリスの海軍発祥なんですね」
富田林の発言に感心しながら返答するカケルに、ポケットの中にしまわれていた黒スマホから、ベルが一言。
『違います』
ん……ベル?
カケルがポケットから、黒スマホを取り出す。
「む……! その声は……我が宿敵、おかっぱヘルメット!」
『誰が、おかっぱヘルメットですか! この、おにぎり!』
富田林の挑発に、おかっぱヘルメット……失礼! AI少女のベルが応える。
『ダッフルコートは、トルコからハンガリー経由でポーランド・リトアニア共和国に入ったツァマラという民族衣装が起源です。イギリス海軍が起源ではありません』
「誰もイギリス海軍が起源とは言ってないぞ!」
……おれが勘違いして、イギリス海軍発祥って言っちゃったからか……
「おい、ベル……富田林さんは悪くなくて……」
「イギリス海軍の余剰在庫品が、第二次大戦後に市場に出回ったことで、一般化したんです! なにか間違ってますか!?」
カケルのフォローなど、なかったかのように富田林がベルに反論する。
『それは間違っていません! しかしイギリス海軍発祥は間違ってます!』
「イギリス海軍発祥など、言ってません!」
『いいえ、言いました!!』
……いや、イギリス海軍発祥って言っちゃったのは、おれ。
たまに間違えるAIさん……。
「もう……やめなよ、トンちゃん。小さな女の子相手にさあ……」
翡翠もえが仲裁に入る。カケルも、とりあえずフォローを入れる……。
「ダッフルコートの起源がどこだろうと、どうでもいいじゃないですか。
そういえば、トレンチコートってのもありましたね……こっちは、どこ起源なんだが……」
上手いこと話題を逸らしたつもりではあったが……全然話題は逸れていなかった。
ベルと富田林が、ほぼ同時に口を開く。
「トレンチとは、塹壕のことですね。
一次大戦における、塹壕戦で使用を想定、開発されたコートです!」
「………………」
『わたしのほうが、一秒早く答えました!』
「僕のほうが、一秒早く答えました!」
「早押しクイズじゃないぞ…………くしゅん!」
二人にツッコミを入れたところでカケルはくしゃみをする。
「よりにもよって、今日は一段と冷えるね……って、カケル君、手袋してないの?」
「あ、ああ……忘れた」
「冬の夜に出かけるのに忘れたのかい?」
富田林が当たり前の質問をする。
「はは……おれ、普段外に出ないから」
「あ、ああ……そうか、ごめん」
「カケル君、わたしの手袋、片手だけでもしなよ」
もえが右手にはめた手袋を脱いで、カケルに渡す。
「あ、ありがとう……」
カケルはもえから渡された、白いグローブタイプの手袋を右手にはめる。もえは左手にしている。そのもえが手袋をしていない右手をカケルの前に差し出す。
「ねえ……手、繋ごうよ」
え…………
「う、うん……」
二人は手袋をしていない手を握り合う。お互いの体温を感じる……空気は冷たかったが、気持ちは暖かかった。
「じゃ、お二人さん……散歩しておいで
僕は家の中で、一服させてもらうよ」
そう言って富田林は" 車内 "へと入る。
「い、家の中……? 車内の間違い?」
「アハハ! トンちゃんにとっての車って、家みたいなもんだから。
結婚してた時期は、ほとんどあの車で寝泊まりしてたみたいだし」
「……そうなんだ」
それって、家に帰る暇がなかったって意味なのか、それとも……
家庭内別居みたいなものだったのか…………。
「カケル君、歩こ」
「う、うん……」
二人は手を繋ぎながら、夜の蛍池公園を歩き出す……。
風が吹く……冷たい2月の風。
「ごめんね……こんな寒い日に散歩行こうなんて言っちゃって」
「ううん……おれ、夜しか外出れないし……」
カケルは、もえの顔を見ながら言ったあと、周囲を見渡す。
「……落ち着かない?」もえが言う。
「……うん。誰か知った人に、会うんじゃないかって」
「う~~ん、そっちかあ……残念」
「え?」
もえは自身の顔をカケルの顔に近づける。呼吸が聞こえるまでに近づき、微笑みながら呟く。
「翡翠もえとお散歩できるから、落ち着かないのかなあ~って、思っちゃった。
わたしとお散歩しても、カケル君はドキドキしてくれないのかな?」
も、もえさん……!
" この手のしぐさ "を、もえが得意であることをカケルは重々承知していたが、それでもドキッとしてしまう。鏡を見なくても頬が赤くなってるのは、自身の体温でわかっていた。
「あ、カケル君、顔あか~~い」
「も、もう……! からかわないでよお~」
カケルはもえから視線を逸らす。公園の脇の木々を見ながら歩くカケルは、「ふふっ」っと笑う、もえの声を聞く。
そのもえが、夜空を見上げている。
風が冷たい2月ではあったが空は晴れ、月が見える。満月が終わり徐々に欠けていく月……。
これから形が崩れていく月を見ながら、もえが呟く。
「……家を出た時も、こんな寒い夜だったな」
カケルが振り向き、もえを見る。もえは月を見ている。
再び風が吹いた。今度は大きな風……。もえの自慢の髪が風になびく。
「あの時も、冷たい風が吹いてたっけ……」
「……もえさん、家出して……コスプレイヤーになったの?」
もえが乱れた髪を直しながら、ゆっくりとカケルのほうを向く。さっきまでの悪戯っぽい顔とは違い、どこか浮かない顔。
「……いきなりコスプレイヤーになんて、なれないよ」
「そうだよね……バイトとかしてたのかな……。
偉いね、おれなんて……バイトとか、もう恐くてできないよ……ははは、情けない」
苦笑いするカケル。いったん視線をもえから逸らすが、再びもえを見る。そのもえは……再び空を見上げていた。
「……バイトはしてないよ」
「……じゃ、なにやっての?」
もえは立ち止まり、握っていた手を放す。
寂しげな表情で視線を下に向けるが、顔を上げ、真っすぐカケルを見る。
全てを覚悟したような表情で、もえは言う。
「援助交際」




