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36. 引きこもりは外に出れない

 2X26年2月6日 午後1時過ぎ……。



 ちくしょー……


 ちくしょー! ちくしょー!! ちっくしょおーーーー!!!



 神楽坂カケルの心は、怒りに満ち溢れていた……。

 その怒りに任せて、匿名掲示板マルバナの翡翠もえスレッドに、荒らしといっていい乱暴な書き込みをする。



 20X56/02/06 13:10 ID3315

 翡翠もえって女は、エロで男を釣る最低クズ女だぞ!!

 お前ら、よくそんな女を可愛いだの、大好きだのと言えるなあ!

 いい加減、目を覚ませよクズども!!



 それに対しての、翡翠もえスレッドの反応。


 [おい、ウンほじ

 コテつけ忘れてっぞ!]


 [ウンほじ、久しぶりじゃんw

 一生童貞のクソ野郎! 元気にしてたか?]



 それに対してのカケル


 20X56/02/06 13:18 ID3315

 ウンほじ、じゃねえし!!

 お前ら、まだ翡翠もえとかいうウンコに幻想抱いてんのかよ!!

 最低最悪のクソ女だからな、あれ!!



 [もえちゃんに親でも殺されたのか、こいつ]


 [ただの構ってちゃんだろ

 もえちゃんがクソなわけねえだろ!

 土曜日のイベント行って来たけど、マジ可愛かった!

 もえちゃんサイコーー!]



 …………なにが可愛いだよ! ふざけんな!!

 あいつのせいで、おれは…おれは…………!!





 時刻は一時間以上前に戻る……。

 翡翠もえが、マネージャー兼アシスタントの富田林良一に電話をかけ終えた時刻、11時34分。カケルはジャンクフードのゴミを片付けながら、「あ……」と気づく。


 このゴミ……このまま下の階に持って行ったら、おれが外に出て買いに行った、ってことになっちゃうな……。

 どうしよ……なんか親に、あれこれ聞かれそう…………。

 ゴミを捨てるカケルの手が止まる。カケルと一緒にゴミを片付けていたもえは、しばしの思考のあとカケルの思いを察し、


「そのゴミ、持って帰るよ。

 そもそも、わたしが勝手に持ってきたやつだしさ」


「あ、ありがとう……。

 というか……いまさらだけど、ごちそう様」


「お粗末様でした~」


「いや、もえさんが作ったわけじゃないでしょ」


「アハハハハ! まあ、そうだけどさ」


 下らない会話を交わしながら二人は、ジャンクフードのゴミを元々入っていた紙袋に入れる。



「……カケル君は、いつまで引きこもってるの?」


「え……」…………いつまでって言われても……。



「ごめん……責めてるわけじゃないんだ。

 ただ…………」


 もえは、ゴミを入れ終わった紙袋を邪魔にならないようテーブルの横に置き、ベッドにもたれかかりながら床に座る。カケルも同じように、ベッドにもたれかかって床に座る。並んで座る二人。


「ただ……カケル君には、幸せになってほしいなあ……って」


「え……? えっと」


 カケルはどう反応していいかわからず、照れながらも、もえの顔を見ながら話の続きを待つ。


「わたし……このままカケル君に、引きこもってほしくない」


 …………おれだって、できれば脱ヒキしたい。



「ねえ、カケル君……。

 今度、デートしない?」


「え……えええええええ!?」



 もえはカケルの顔から視線を逸らすことなく言う。


「ね……。外、出ようよ?」



 10代引きこもり男子が、美少女コスプレイヤーからデートに誘われた時の心理








「………………………………」



 二つ返事で「ハイ!!」とは、いかなかった。

 カケルは視線を下に落とす……。


「ごめん……無理」


 かっこ悪いのはわかっていた。だけど…………無理なものは無理だった。

 かつてはリア充の勝ち組だったカケル……負け組達を見下していた。しかし……勝ち組の座から転げ落ちた…………。今度は自分が笑われ、見下される位置に立っていた。



「夜のお散歩でも……無理かな?」


 そう言いながらもえは、カケルの手に指を這わせ握る。

 翡翠もえ、お得意の色仕掛けではない。一人の女の子、姉川萌として、助けたい男の子に自身のぬくもりを伝えたかった。

 もえは手を握りながら、カケルの顔をじっと見つめる。

 うつむいていたカケルは視線を感じ、もえの方をチラリと見る。期待して返事を待つもえ。

 しかし…………カケルの返事は変わらずノーだった。



「…………無理です」


 カケルは、もえから視線を逸らし答える。

 その脳裏には、数十分前に母親と話した時に出た、弁当屋さんの志村……。中学に入学したばかりのカケルが、「働けよ、バーーカ!」と馬鹿にした相手。

 その志村の父親は、去年の春先……丁度カケルが引きこもり始めた頃、胃癌で亡くなっていた。

 その父親の死をきっかけに息子の志村武則は、一念発起した。夏の暑い時期でも汗だくになって厨房に立ち、レジに立ち……車に乗って販売もこなした。父親が遺した弁当屋を守るため、死に物狂いで働いていた。

 そしてそんな彼を笑っていたカケルは…………引きこもって、インターネットとアニメ……そしてゲームの毎日だった。

 惨め以外に言葉がなかった……。昼も夜も関係ない……人と会いたくなかった。自分が、惨めになるから…………。



「外には出れない……おれ、引きこもりだし…………。

 さっき、おれのスマホ見たでしょ? 家に籠って、ヒキ板に一日中カキコしてる……それで、いいんだ。それが……楽しいから」


 カケルは、寂しそうに呟いた。



「そっか…………」


 翡翠もえは納得したような、してないような声を出し、立ち上がる。



 情けない男の子、そう思われてるだろうな…………。

 隣で立ち上がった、もえの動きを追いながら、カケルは思う。

 もえは、最初に脱いだニット帽を手に取って被っている。


 ……帰るのか…………まあ、時間だし……。


 いじけるように膝を抱え込んで座っているカケルの心の中に、言いようのない喪失感が巨大な黒い塊となって、のしかかる。

 美少女コスプレイヤーの翡翠もえとデートできたのに…………仲良くなれるチャンスだった。ちょっと勇気を出せば、外に出れて脱ヒキできたかもしれないのに……!

 引きこもっているがゆえに……いや、逃げてばっかりだったゆえに、掴めたはずの幸せが、目の前を通り過ぎていく…………それをただ、眺めているだけの自分。

 神様が目の前に差し出してくれた幸せ……しかし、その幸せに手を出さない…………。手を出し掴まなければ、神様はその幸せを持っていってしまうだろう……そして二度と、それは目の前に出されないのだ。

 未来がまた一つ、削られた…………。未来は……チャンスはあとどれくらい残されてるんだろう……そんな不安を感じているカケルに、もえが一声かけた。

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