37. ヒキ板追放の危機!
「カケル君……ベッドに仰向けに寝てくんない?」
「……はい?」
ニット帽を耳が隠れるまで深く被った、もえが言う。
「……お願い、仰向けに寝て」
「…………わかった」
よくわからないままカケルは、ベッドに仰向けになる。もえはというと、自身のスマホをなにやらいじっている……。
……もえがなにをしたいのか理解できず、カケルは仰向けになりながら自分の部屋の天井を見つめる。
プッ!
ん……? なんの音だ?
でも……どっかで聞いた音…………たしかカメラの……。
考え込むカケルの前にもえの顔。カケルの顔を覗き込むように、もえがカケルのすぐ横に立っている。右手にはスマホが見えた。
「カケル君って、キスしたことある?」
「な、ないよ……」
「そう……実はわたしもないんだ」
「そ、そうなの……」
………………もえが胸上まで伸びた髪を首の付け根からトレーナーの奥へと突っ込む。
…………なにしてんの?
そうカケルが思った瞬間、もえが仰向けになっているカケルの身体に覆いかぶさり、カケルの口に自身の口を重ねる。
……え!!?
もえの柔らかい口がカケルの口に押し付けられる。重なっていただけの口と口は交ざりあい、擦れ合う。なにが起きたのか理解できないカケルの口の中に、柔らかいモノが入ってくる……もえの舌だ。
キスをしたことがない、と言ったもえの言葉は真実だったのか……侵入してきた舌は、なにをしていいのかわからず、カケルの口の中を迷子のように動き回っていたが、出ていく気配はなかった。
も……もも、もえさん?
もえの鼻息がカケルにかかる……カケルの鼻息も、もえにかかっている。
同じような動作をただ繰り返すだけの、上手いとはいえない行為であったが、それは紛れもないディープキスであった。
カケルは、ただまっすぐにもえを見ていた……。もえは、右を見ていた。
右……そこには、もえの右手に握られたスマホがあった。画面には録画中、の表示。
一分ほど経ったのち……もえはカケルの身体から離れ、ベッド横に立った……。
「も……もえ、さん?」
カケルは眼鏡の奥の大きな目を更に大きくさせながら、もえを見る。口元からは二人の交じり合った唾液がこぼれていたが、それを拭くのは失礼かどうかわからなかったので、とりあえずそのままにした。
もえはカケルの呼びかけには応えず、スマホをいじっている……。
「…………おお、上手く撮れてる!」
「な……なにが?」
「カケル君……じゃなくて、ペケゾー君のリア充全開、べろちゅう動画」
「…………………………」
もえが、スマホの画面をカケルに見せるように振り向く……。その顔には、悪戯っぽ過ぎる笑顔が浮かんでいる。
「これ……さっき見たペケゾー君のトリップ番号入れて、ヒキ板に上げちゃおっかなあ~」
え……!?
ヒキ板に上げるって…………な、なに言ってんだ、おい!
そんな、リア充動画上げたら……。
カケルはベッドから身を起こし、動画が上がった時の状況をシミュレーションする……。
[うおおおおおお! なんだこれ!!
これ、ペケゾーかよ!!?]
[トリップ番号同じだし、ペケゾーだな
すんげえ可愛い子とディープキスしてる]
「ふざけんな、ゴラァア!!
なにが引きこもりだ!! ただのリア充じゃねえか、このヤロー!!]
[こいつ、ぜってえ俺達のこと、バカにしてたろ!
偽ヒキがよお~~~!!]
ち……違う! おれは偽ヒキじゃない……!
外に出れない、正真正銘の引きこもり…………
[荒らしを撃退するヒーロー気取っといて、オレ達のこと見下してたんだな!]
[こんな可愛い彼女がいて、引きこもり名乗ってんじゃねえよ、クソ野郎!!]
か、彼女じゃない……!!
[偽ヒキ!!]
違う!!
[ただのリア充だ、こいつ!]
[偽ヒキは出てけよ!!]
[追放だ]
[追放!]
や……やめて…………
[ペケゾー、お前は追放だ!!]
「ヒキ板から出てけ! くそリア充!!]
[偽ヒキは出てけよ!!!]
い、いやだ……!
[追放!!]
[追放!!!]
追 放 ! ! !
[うわあああああああああああ!!!!」
カケルは思わず声を出し、ベッドから立ち上がる……!
その横で、もえが人差し指を得意げに立てるポーズで一言。
「リア充がバレてヒキ板追放された後に荒らしが来たようだけど、もう遅い おれは可愛いもえちゃんと一緒に生きていく!」
「わけわからんラノベのタイトルみたいな言い方やめい!!」
カケルが、もえを指差し、ツッコミを入れる。
「お、おやつのプリン食べながら、ヒキ板でお喋りするのがおれの幸せなんだ……! 引きこもりから、居場所を奪うなーーーー!!」
「じゃあ……」
にんまりと笑いながら、もえが言う。
その手には水戸黄門の印籠のようにスマホの画面がカケルに向けられている。
その画面に映っているのは、カケルの記念すべき? ファーストキス動画。
「もえと夜のお散歩、してくれるかな? カケル君」
「な……なぜ、そうなる!?」
「ん? してくれないの? じゃあ、しょうがないなあ……。
ペケゾー君のべろちゅう動画、ヒキ板に上げちゃおっかなあ~
トリップのパスワードは、KakeruKagurazaka……」
「ま、待って!!」
「ん? なあ~~に?」
「い、いや……その」
「なにかな? カケル君
もえちゃんと夜のお散歩してくれる気になった?」
満面の笑みを浮かべるもえをカケルは涙目で睨みつける……。
「は……はい…………。
もえさんと……夜のお散歩したいです……」
「嬉しい! カケル君!」
もえはベッドの上で力なく座り込んでいるカケルの手を握り、わざとらしいくらいの笑顔を見せる。
カケルはうなだれ、下を向いている……
や……約束してしまった……夜とはいえ、外に出るなんて…………。
うなだれているカケルなど気にせず、もえは握ったカケルの手をぶんぶんと大袈裟に振る。
「水曜日は午後からのお仕事ないから、水曜の夜でいいかな?
いいよね、カケル君ヒッキーだし。
また連絡するから、電話、出てね!」
「は……はい」
力なく答えたカケルは、心の中で何度も呟く。
誰だよ……! こいつを純粋で優しい女の子って言ったやつ!!
翡翠もえはクソ! 翡翠もえはウンコ!!
カケルの目から、悔し涙が流れた。
あと口から、もえの唾液も垂れた。




