35. 接近する、互いの気持ち
2X26年2月6日 現在
カケルの部屋で姉川萌は、膝を抱きかかえるようにして座っていた。
顔は膝につけたまま……。自身の醜い過去をさらけ出した彼女は、顔を上げることができず、うなだれている。
「翡翠もえって……ウンコでしょ? クソでしょ?」
「……マルバナのレイヤー板に書かれてたよ。
もえさんって、真クロ好きを公言してるわりには、一回もコスプレしないな……って」
「しないよ……。
できるわけないじゃん、そんな資格ないし」
「………………」
カケルは言葉を探すが、もえにかける言葉が見つからない。
沈黙が部屋を支配する中、もえが顔を上げる。
しかしその視線は、横に居るカケルではなく、正面の壁を見ていた。
「今度こそ、嫌いになった? 翡翠もえのこと……」
「ならないよ。
だって、謝ったんでしょ? ヒュナと……漫画の全てに」
もえが少し驚いた表情でカケルのほうを向き、うなづく。
「うん!」
もえは嬉しかった。
カケルは、「ヒュナと" 漫画の全て "に」……と言った。
この男子は、自分の気持ちを理解してくれたのだ。
あの日……もえが謝ったのは、ヒュナだけではない。全ての漫画に謝った。あの時踏みつけたのは一冊の漫画本ではない。漫画そのものを侮辱してしまったと、もえは思っていた。
" 豚 "と両親に蔑まれ、学校に行けばイジメられていた当時の自分を励ましてくれた全ての漫画。それらに泣きながら謝った。
カケルは……そんな、もえの気持ちを感じとってくれたのだ。
もえは目の前にいる男子とずっと一緒にいたい、と思った。こんな感情は初めてだったかもしれない。
「……その破れた本はどうしたの?
やっぱ、捨てた?」
「ううん……供養した」
「……く、供養?」
「バケツに入れて、ベランダで燃やした。
手を合わせながら……」
「そう……」
「その時のあやまち、忘れないようにと表紙のヒュナだけは、とってあるんだ」
そう言うと、もえは、かけたコートのポケットから二つ折りの財布を取り出し、その中から透明なトレカケースに入ったヒュナをカケルに見せる。
" その時 "の惨状を物語るように表紙のヒュナは、クシャクシャになって一部破れている。
「……また、派手にやったね」
「アハハ、ヒュナさんから火竜凸撃、撃たれちゃうかな?」
もえはヒュナの必殺技の名前を出して、笑う。
カケルには、その翡翠もえ……姉川萌の笑顔が今まで一番素敵に見えた。
この人は……とても純粋なんだ。自分の好きなものが、たとえ形を持たないものであっても、それを自分のことように大事に思える人。
今までカケルは、もえのことを
可愛い人
えっちな人
男がいやらしいことを言っても笑って許してくれる人
そんな風に見てた。しかし今は……
純粋で優しくて……ずっと傍にいたい人。
そう思うようになってきた……。
「…………あ、カケル君……あのね」
そのもえは、まだなにか言いたそうで…………だけど戸惑っていたが……
ヴウウゥーーーン。
「あ…………」
パソコンデスクに置いてある、カケルのスマホが鳴る。ライチョウマークの黒スマホではない。元々カケルが持っていたスマホの方だ。
今更だが、カケルはスマホ二台持ちである。元々持っていた自分のスマホとカマリ・橋本から譲り受けた黒スマホ。
カケルは自身のスマホを手に取る。母親からだ。
「もえさん、ちょっと電話に出るから」
「うん」
そう返答しながら、もえは、もう一台の黒いスマホに目をやる……。
「もしもし、母さん? なに?」
カケルが電話に出る。父親とは不仲だったが、母親とは電話で話すくらいはしていた。
「うん、うん…………ああ、志村さんとこの、お弁当ね……昼、それでいいよ。
はい……わかった、じゃあね」
通話は終わる。
「……母親が帰って来る」
「そう……」
今は、11時か…………
「家に着くのは12時過ぎって言ってたから……
申し訳ないけど、そろそろお開きでいいかな?」
「うん……わかった」
もえは、テーブルの上に散らかったジャンクフードの紙屑をくしゃくしゃと丸めながら答えるが、その視線はパソコンデスクに置かれた、もう一台のスマートフォン。
「カケル君、スマホ二台持ちなんだ……。
何に使ってるの?」
仕事してる人間ならともかく、高校生の引きこもりが二台も持っていることに、当然の疑問を持つ。
「あ、これは…………」
カケルは黒スマホを持ち、さて、どうしようか……と思っていると画面の中のベルが言葉を発する。
『マスター、お客様に挨拶が必要なら致しますが?』
「え!? なに、今の声?」
紙屑をゴミ箱に入れていたもえが驚き、黒スマホを思わず覗く。
あ……
『はじめまして、ベルです。
ああ、翡翠もえさんですね、それとも姉川萌さんと呼んだほうがいいですか?
さすがに、ウンほじと呼んでくれは、ないですよね?
今日来客することは、マスターから聞いています』
「………………わたし、なにも喋ってないのに、なんでわかるの?
カケル君、えっとお…………これ、なに?」
…………しばし悩んだが、カケルは全てをもえに話した。
「………………………………」
「……これが魔法の正体だよ」
そう言ってカケルは在在センから得た姉川萌の情報を見せる。そこに映っているのは中学時代の萌。
「……だからあの時わたしのこと、言い当てられたんだ。
ハハハ……もうその時から、デブ萌を知ってたんだね」
「う、うん……なんか、ごめん」
「別にいいけど」
興味津々に黒スマホを覗くもえ。
「この情報をもとに、掲示板に書き込んでたんだ」
スマホの画面には匿名掲示板、マルバナのヒキコモリ板。書き込み欄には固定ハンドルネーム、ペケゾーの文字……と、成り済まし防止の為のトリップ番号が見える。
過去をさらけ出してくれた、もえへのお返しというわけではないが、カケルも自身の秘密をさらけ出した。
「あはは。今更だけど、ほんとにペケゾー君なんだね!
っていうか……なにこのトリ番。
KakeruKagurazakaって、まんまじゃん」
「いや、まあ……当時、よくわからないままつけたコテハンだったしね。あはは」
画面に映し出されてたヒキコモリ板のスレッドには、ペケゾーの書き込みがいくつも見える。荒らしがいない時のペケゾーことカケルはヒキ板の一住民として、他の引きこもり達と下らない話に花を咲かせていた。
「ペケゾー君っていうか、カケル君……ほぼ一日中、ヒキコモリ板にいるね」
「う、うん……ネットで話をするの、楽しいし。
ヒキ板にいる人達のほとんどは、おれと同じヒッキーだから気が合うんだ」
「……そっか」
『マスター……もえさんに会うのは午前中までと聞いてますが、そろそろお昼ですよ?』
ベルの呼びかけに反応したのは、もえだった。
「あ、そうだ! トンちゃんに連絡しないと……!」
トンちゃん…………ああ、あのおにぎりさん……もえさんのマネージャー。
カケルは富田林の名前より先に、彼の特徴的な体系を思い出した。太っちょと言っていい腹に狭い肩幅、そして小さい頭。見事な三角形を描いた上半身に海苔のように黒い髪の毛、素朴な顔立ち……おにぎりを連想するな、というほうがおかしい……そんな風貌。
もえは自身のスマホを取り出し、マネージャー兼アシスタントの富田林良一に電話をかける。
「あ、もしもしトンちゃん?
そろそろ帰るから、お迎えよろしく~
うん、うん……楽しかったよ そっちはどう?
探してたプラモ、見つかった?
ソード……ソードフィッシュだっけ?」
『ピク……』
ミリオタ少女ベルが、かすかに反応する。
「おお……!
戦闘機のプラモ、見つかったんだ! 良かったじゃん♪
はあ~? ライゲキキ……?
知んないよお~もう、そんなの!」
『ピクピクピク……!!』
「……なんだ、ベル。
お前、感じてんの?」
『ま、マ、マスター! 失礼なこと言わないで下さい!!』
ミリオタ少女ベルは、興奮を抑えきれずに声を出す。
「とにかくプラモも買えたのなら、迎えに来てよ。
うん、待ってる……じゃ」
そんなベルをよそに、もえは富田林とマイペースに電話を交わし、切った。
「トンちゃん、10分くらいで来るって」
「……そう」
「……ごめんね、カケル君。
せっかくカケル君に会えたのに……なんかずっと、わたしの愚痴ばっかでさ」
「ううん……今日は、もえさんのこと深く知れて良かった。
…………ありがとう」
「こちらこそ……ありがとう」
時計の針は、11時半を回っていた。
この後………………
この後、" ひと悶着 "が、あったのち……翡翠もえは帰っていった。
そして時は流れ、午後1時過ぎ……。
カケルは怒っていた……。AI少女ベルも怒っていた。
カケルが今見ているのは、匿名掲示板マルバナのコスプレイヤー板、翡翠もえスレッドpart3。そこにカケルは怒りの表情で書き込みをする。
2X26/02/06 13:07 ID3315
翡翠もえはクソ! 翡翠もえはウンコ!!




