31. カケルと、もえと、セイイチロー
神楽坂家の子供部屋に、二人は居た。
神楽坂カケルと翡翠もえ……こと姉川萌。
「ここが魔法使いさんの部屋かあ~」
「そこのテーブルのとこにでも座って……。
そこでご飯にしよ」
部屋中央にある、アクリル板の透明なテーブルをカケルは指し示す。
「えっと……コート、どっか引っかけるトコあるかな?」
フード付きの黒いコートを脱いだ、もえが言う。コートの下は白いトレーナー。身体のサイズより一回り大きいのだろうか……だぼついでいるが、それでも胸の大きさは、はっきりと分かる。
カケルはチラリと見ながらも、失礼と思い、視線を逸らしてタンスからハンガーを取り出し、もえのコートをかける。
もえは、ベージュのニット帽を脱ぎながら部屋の隅を見やる。
なにかの衝撃が加わったのか……部屋の隅の壁は、穴が開く一歩手前だ。
「……カケル君の、サンドバッグの跡かな?」
カケルと似たような境遇で育った、姉川萌が言う。
「うん……恥ずかしながら、そうです……」
私立の蒼高校に受かったはいいが、わずか2ヵ月足らずで不登校となった神楽坂カケル。
そんなカケルを見た母親は……
「あなたが蒼高校に入るのに、お母さん達がどれだけ苦労したと思ってるの……
なにもしないで家に居るとか、神楽坂家の恥です!」
………………その時のカケルは無言で部屋に行き……
壁を思い切り蹴った。
「あたしの実家にもあるよ、サンドバッグの跡」
フォローを入れるかのように、もえが笑いながら言う。
「ま、まあ……座ろ」
カケルに促されるように、翡翠もえはテーブルの前に座り、カケルも座る。
「それで……もえさん。
セイイチローのPMって……」
「ん? ああ、ちょっと待って…。先に……」
もえは紙袋から、二人の朝食となるいくつものジャンクフードを取り出し、テーブルの上に並べていく。
ハンバーガーにポテト、サラダ、ナゲットに、ドリンクのコーラ……。胃もたれしそうなメニューがテーブルに並ぶ。
「カケル君、ハンバーガーなに食べる?」
「えっと、じゃあ……フィッシュバーガー」
「お肉食べないと、おっきくなれないぞ。ぷぷっ♪」
もえがチーズバーガーにガブリつきながら、からかう。
「むっ……!」
カケルはフィッシュバーガーをかじりながら、もえを軽くにらむ。
「で、さあ~~」もしゃもしゃ……。
カケルの反応など気にせず、ハンバーガーをむさぼりながら、もえが自身のスマホをカケルに見せる。
カケルはスマホの画面より、それを持つ翡翠もえの指に目がいく。
すらりと伸びた、節の目立たない白い指……爪には淡いピンクを基にしたハートの絵柄のネイルアート。
カケルは改めて、10万人のファンを持つ美少女が自分の部屋に居ることを実感する。
「カケル君、見てるぅ~? わたしのスマホ」
「あ……う、うん……えっと」
怪訝そうな顔をしてるもえに促されるように、カケルはスマホを覗く。
そこに見えるのは、カケルのクラスメイト、聖一郎ことセイイチローが翡翠もえ公式アカウントに送ったメッセージ。
翡翠もえが、神楽坂カケルこと、カグラと相互フォロワーになったことへの苦言だ。
……そういや、アヤ丸との一件で、もえさんの公式アカウントと相互になったっんだっけ。
[翡翠もえさん、なぜカグラと相互フォロワーになったのですか!?
あいつは有名な荒らし、鼻ウンコほじほじと相互フォロワーになってる奴です!
もえさんはご存じかと思いますが、ウンほじは最低のクズですよ!!]
「……そうかな?」
ウンほじの中の人、翡翠もえが呟く。
セイイチローのメッセージが続く。
[暇さえあれば、もえさんの悪口言ってるバカ! いや、大バカです!!
ゴキブリ並みに生きてる価値がない、生命体として終わってる存在……それがウンほじですよ!!]
おい、セイイチロー……そのウンほじの正体はなあ…………。
スマホの画面を見つめる翡翠もえの表情が、だんだんひきつっていく……。
[あれですね……きっとウンほじって、努力したことないんですよ
なんでもかんでも親のせい
毎日のように、親の愚痴ばっか言ってる奴!
自分が不幸なのは親のせい、毒親の家庭に生まれた、おれってば不幸……とか思ってそう
情けないですね!! 親のせいにするとか!!
おれ、はっきり言ってこういう奴、大嫌いです!!]
セイイチロー……お前…………お前!!
頭を抱えるカケルの横で、最高にひきつった笑顔で翡翠もえが、ささやく。
「ふ、フォロワーのセイイチロー君に……嫌われちゃったかな。あ、あはははは……………」
「は…はははは」
カケルは、どうしていいのかわからず、とりあえず笑う。
そしてセイイチローのメッセージは、まだまだ続く。
そろそろ終わりにしろ、セイイチロー!
カケルの思いとは裏腹に、セイイチローはカケルについてのPMを更に送っている。
[で、その最低最悪のクズ人間、ウンほじより、更にゴミなのがカグラです!!]
「あんだと、ゴラァあ!!」
もえのスマホに唾が飛ぶかっていう勢いで、カケルが叫ぶ。
「か、カケル君……落ち着いて!」
ぐ……ぐぐぐ!
[もう、はっきり言っちゃいますと、そのカグラって奴は、おれのクラスメイトなんですよ!
だけど学校には来ない、引きこもりなんです
終わってるでしょ、こいつ]
ぐう……! 悔しいが、ここは言い返せない……。
[きっとねえ……もえさんの画像とか動画見て、一人いやらしいことしてる奴なんですよ!]
ああぁあ!?
[もえさんのパンツとか、おっぱいとか、お尻とか、裸とか、あれやこれや……そんなの毎日想像してるんですよ!!
カグラってのは、そういう奴です!
ぶっさいくな顔にニキビ面のくせして、もえさんの恋人気分で毎日いやらしいことしてる、そんな奴なんですよ!
カグラって奴は!]
このヤロー、てめえ! ニキビ面は、てめえだろうが、コラ!!
……翡翠もえは、その白く美しい指でセイイチローのメッセージを指さすと、一言。
「君が一番、やってそう」
「ダハハハハ! だね~~♪」
カケルは横で、大いに笑う。
そのカケルに、もえが一言。
「カケル君も、してるのかな?」
「え……!?」
「もえで……いやらしいこと」
にこりと笑いながら、翡翠もえが尋ねる。
「い、いや……おれは…………して、ないよ」
「あ、そうなんだ……
寂しいなあ……カケル君は、してくれないんだ」
「え……えええええええ!?」
上目づかいで、カケルを寂しそうに見つめる翡翠もえ。
しかし……。
「ふふ……うふふふ♪
わたし、上手でしょ? こういうの……
男を手玉にとる、しぐさ♪」
「も、もえさん……」
「……話したよね?
わたしの母親は、エロで男を釣る最低クズ女だって。
わたしもそう……
" こういうの "得意なんだよね…………。
考えなくっても、どうすれば男が喜ぶかってのが分かっちゃう。
ほんと……自分が嫌になる。どんどん、アレに似ていく……」
アレ……母親のことか。
「でも、もえさん……。
今は母親と離れて暮らしてるんでしょ?」
翡翠もえこと姉川萌は、中国から藤色市に移住したが、今の住所は茜市……。
親元から離れて、一人暮らししてることだと思うが……。
「うん、わたしさ。
高校んの時に飛び降り自殺して、家出したから」
「は、はい!?」
今、とんでもないことをサラッと言ったぞ!?
サラッと言った翡翠もえは、とんでもないことをとんでもなく思ってないかのように、テーブルの上のフライドポテトをつまむ。
「と……飛び降りって、なんで…………」
カケルは当然の質問をする。
「う~~ん……どっから話せばいいのかな。
中学の時かなあ……アレとの仲が上手くいかなくなったの。
そういや、カケル君も父親に不信感を抱いたのは中学の時だった……とか言ってたよね。そういう年だったのかなあ……」
もえはフライドポテトに、ナゲットのケチャップソースをつけながら答える。
中学……たしか中学時代のもえさんって、今と違ってぽっちゃり体形だったな。
カケルは以前、在在センから得た翡翠もえこと姉川萌の情報を思い出す。
「中学の時にさ、過食症になったんだ」
もえは相変わらず、ポテトにケチャップをつけていた。
ポテトを食べるわけでもなく、ポテトを見つめながら、ただひたすらに同じ動作をしていた。
「中一の時にさ……アレに、あんた太ったんじゃない? って言われたんだ」




