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32. 拒食と過食の狭間で

「わたしの服はさ……小さい頃からアレが買ってきてたんだよね」


 もえはようやく、ケチャップだらけになったポテトを口に運ぶ。



「……一応言っとくと、アレってのは、わたしの母親ね」

 ケチャップまみれのポテトを食べながら、もえが言う。


「うん、わかってる」


 すでに朝食をすませているカケルは、フィッシュバーガーをちびちびとカジりながら話を聞く。


「アレはさ……わたしのことを可愛いペットか何かだとしか、思ってなかったんだろな。


 ほら、わたしってさ……可愛いでしょ?」


 もえはカケルの顔を正面から見ながら堂々と言う。

 実際可愛いわけだから、そうだね……としか言えない。


「子供の頃からアレと一緒に歩いてると、みんなが声かけてくるんだよね~

『あら、可愛いお嬢さんねえ~~♪』って。

 そしたらアレは、もう上機嫌よ。」


 もえは空腹なのか、一気にチーズバーガーを口に入れ、片付ける。

 咀嚼ソシャクしながら、もえが言葉を続ける。手はドリンクに伸ばし、ストローを挿す。


「だからさ、アレがわたしの服を買ってくるんだよ」もぐもぐ……


「みんなに、わたしを自慢する為のかわいい服。

 わたし、小学校の時からメイクしてたからね。正確には、メイクされてた……あいつにさ。ペットだよ……犬か猫と一緒。アレが、みんなに自慢する為の存在……それがわたし」



 カリカリカリ……。


 神楽坂家のペット、ナツが子供部屋のドアを" ノック "する。

 ジャンクフードの匂いに釣られたのか、それとも珍しい来客が気になって仕方ないのかはわからない。


 カケルは立ち上がりながら、


「えっと……もえさん。

 ナツには、なにもあげないで。

 フライドポテトとか、猫にはNGだから」


「うん、わかった」


 ナツがカケルの部屋に入ってくる。


「ナツさん、おいで~~♪」


 両親には内緒の来客、翡翠もえ。

 その、もえのもとに行き、頭を撫でられるが、結局はカケルの膝元へと落ち着く……。


「あはは、フラれちゃった♪」


「ははは……」


「いいね、ナツさんは。シンプルな首輪だけ……。

 わたしは…………」


「化粧して、可愛い服を着て……お人形さんみたいにしてた。

 そうすると、みんなが褒めてくれて……アレも喜んでた。

 それが当時は、嬉しかった…………だから」


 もえがストローに口をつけ、コーラを飲む。

 一息つき……


「中学の時、『太ったんじゃないの?』って、アレに言われた時はショックだった。

 アレの理想になれなかったから……」


「……わかるよ」


 カケルのその言葉は、決してその場しのぎの同情ではなかった。

 同じ毒親育ちの立場として、親の期待に応えられなかった時の絶望感は、身に染みてわかっていた。


「アレが買ってきたスカートが着れなかったんだ。サイズが合わなくて……。

 今思えば、ただ単に成長期で身体自体が大きくなってただけだったのかもしんない。

 だけど当時は凄くショックだった……。それこそ、人生が終わるんじゃないかっていうくらい……だからさ…………」


 もえはテーブルの上に並べられた、ベーコンバーガーを手に取る。

 しかし口には運ばず、ハンバーガーをじっと見つめる……。


「ダイエットしたんだ、わたし……」



「痩せなきゃ……痩せなきゃって思ってた。

 痩せないと、アレとババアに嫌われる……。

 そしたらパパみたいにイジメられる……!

 それが嫌だから、痩せなきゃと思って、とにかく食事をとらなかった」


「それ、拒食症じゃ……」


「そう。

 とにかくご飯を食べなかった…………。

 パパは心配してくれてたけど、アレとババアは褒めてくれた。

 わたし……馬鹿だったから、心配してくれてるパパより、アレとババアに褒められたことが嬉しかったんだ……」


 もえはベーコンバーガーにかぶりつく。


「食べなかった……だから痩せた。

 だけど…………その反動で、今度は食べた」


 朝食をすませていなかった翡翠もえは、ベーコンバーガーにむさぼりつく……。

 食べる。

 むしゃむしゃと食べる。

 咀嚼ソシャクし、コーラと一緒に飲み込み……話す。


「そして…………太った。


 …………馬鹿にされた。

 アレとババアに……」


 カケルは、そうだろうな……と思いながら、もえの話を聞く。

 もえは、よほどお腹が減っていたのか、それとも元々大食いなのか……あっという間に、2個目のハンバーガーを平らげる。指に垂れた肉汁をナフキンで拭きながら話す。


「痩せようと思ってても、食べちゃうんだ……。

 食べたくて、食べたくて…………明日学校なのに、夜中にコンビニに走って行って、売れ残ってたコンビニ弁当を買ったこともあるよ。で、そのあとにトイレで吐くの」


 ……もえさん。


「これ……わかる?」


 指を拭き終えたもえが、カケルに手の甲を見せる。

 陶磁器のように白く美しい、もえの手。

 なぜ見せるのか……カケルは最初、意味がわからなかったが、よくよく見ると人差し指と中指の関節部分が、うっすら赤くなっている。


「これ……なんて言うんだっけ」

 カケルが" それ "を指さして言う。


「……吐きダコ

 まだ、うっすら残ってんだよね……」



 吐きダコ。

 指をのどに突っ込んで、無理やり嘔吐を繰り返す際、手の甲が前歯に当たることで出来るタコ。


「吐いても太っちゃうんだよね……。

 あとで知ったけどさ……少ない栄養で身体が脂肪を蓄えようとするらしくって、吐いてばっかだと余計に太るみたい……ははは。

 だけど当時はそんなこと知らなくて…………食べては吐いて、吐いては食べてで……」



「体重が最高82キロになっちゃいました。

 てへぺろ♪」


「い、いや……てへぺろ、じゃなくて!


 そこ、明るく言うとこぉお~~?」


 無邪気に笑うもえに、カケルは苦笑いで応える。



「じゃあ、暗く言う?

 アレとババアから、豚って言われたよ」


 もえがナゲットをつまむ。ポテト同様、ケチャップがお気に入りらしく、ケチャップソースをつけながらナゲットを頬張る。



「醜い豚……とっとと痩せろ、痩せるまでなにも食うな!

 って、夕飯のたんびに言われた」 もぐもぐ……。


「まあ……嫌味言われながらも食べてたけど♪」



 空腹でもなく、フィッシュバーガーには手をつけないカケルの前に、もえがナゲットの箱を差し出す。


「カケル君も遠慮せず食べなよ」


「う、うん……」


 勧められるままにカケルはナゲットをつまむ。カケルは、バーベキューソースが好みだ。


「にゃ~~~」


 ナツがナゲットに興味を持つが、カケルはナツを制止させる。猫にナゲットなどの揚げ物は、よろしくない。

 もえがナゲットを食べながら、話を続ける。


「今まで、姉川家でいじめられたのはパパだった。

 だけど……今度はわたしになった。その時のわたしは、体重80キロ越えの豚だったから。

 わたしの味方だと思っていた母親と祖母は、わたしを責める側になった……。味方になってくれたのは…………わたしが、さんざ責め続けたパパだけだった……」


「……悲しいなあ」


 カケルがナゲットをソースにつけながら呟く……。


「うん……悲しいね。

 高校に進学したはいいけど、ぶくぶくに太ってたから、女子からイジメられた。学校にも行かなくなって、深夜アニメばっか見てた」



 おれも……深夜アニメばっか見てたな。



「……真クロって知ってる?

 真紅のクロフェニアってアニメ」


「ああ、知ってる。

 もとは少年漫画でしょ? 未来が舞台のバトル漫画。


 あ……そこにポスター貼ってある」


 カケルの視線の先には、何枚かのアニメのポスター。

 そこに二人が今話題にしているアニメ、真紅のクロフェニアがあった。


「あれ、アンドロイドのレイちゃんだね。

 ハハ♪ カケル君もやっぱ、レイちゃん信者なんだ」


「いや、信者ってほどのファンじゃないけど……

 レイって人気だったよね」


 実際カケルは、そこまでのアニメオタクではなく、どちらかと言えばゲームオタクだった。



「わたしは……賞金稼ぎのヒュナが好きだったな……。

 ああいうカッコイイ女になりたかった。」


 もえは膝を抱え込むように座り、一瞬、寂しそうな表情を見せる……。



「だけど現実は、ただのデブ。

 学校にも家にも居場所がなくて、だから…………」


「……もえさん」




「だから……わたしは飛び降りた」

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