30. 翡翠もえ、おにぎりと共に来訪
カケルは、おそるおそる玄関のドアを開ける…。
紛れもない本物の翡翠もえが、手に紙袋を持ち、カケルの目の前に立っていた。大きなベルトがお洒落なデニムのスカートに、黒のフード付きコートを羽織っている。頭にはベージュの大きなニット帽。そのニット帽からはセミロングの髪がシルクのカーテンのように広がり、風に揺らいでいた。
そして、もえの横にはスーツ姿で眼鏡をかけた中年の男が一人。
だ……誰だ、この人……?
「君が、カケル君?」
カケルが声を発するより先に、もえが問いかける。
「は、はい……!
えっと、自分が…神楽坂カケルです」
ビシッ!
もえがカケルの顔を指さす。
「94点!」
「……な、なにが?」
「顔。いつだかPMで話した時、顔は悪くないって自分で言ってたけどカケル君、ほんとに美少年じゃん♪」
「ど、どうも……」
「体は、ちっこいけど」
「う、うるさい!」
カケルは背が低い、というより小柄だった。中学の時は、三年生になっても制服を着ていなければ、小学生と間違えられることも多かった。
「これで眉毛整えたら、100点だよ♪」
カケルの口から、本日二回目の「どうも」が出る。
翡翠もえに会おうと部屋を掃除したり風呂入ったりと準備をしていたが、引きこもりゆえ、理容室には行けなかった。
その為、眉毛もそうだが髪も伸ばしたまま……。といってもカケルの髪は、くせのないサラサラとした綺麗な髪だ。
今は前髪を垂らしつつ、うなじあたりで結っている。いわゆるローポニーテールであり、これはこれでオシャレに見える。
「カケル君って、ほんとに引きこもり?
学校行ったら、絶対女子にモテるっしょ!」
「あのお~もえちゃん……」
先ほどから翡翠もえの隣に立っている男が、しびれを切らしたかのように話す。
小さなカケルとは対照的に大きな身体……というか、太った身体。がっしりした体形ではない。
大きな腹に対して狭い肩幅、そして小さい頭。
腹から上に行くにしたがって段々と小さくなっていく体形……ちょうど三角形を描くようなその上半身を見たカケルは思わず……
" おにぎり "
と、心の中で呼んでしまう……。
男の素朴で穏やかな顔つきもまた、おにぎりを連想させた。
「あの、もえさん……こちらの方は?」
「ああ、こっちは……」
「自己紹介が遅れました。
自分、翡翠もえのマネージャー兼アシスタントをやらしてもらってます、富田林良一と言います。
39歳バツイチ、絶賛彼女募集中です!」
「最後、聞いてねえ~~!」
もえが笑いながら、富田林にツッコミを入れる。
「ハハハ…!
カケル君、あのストーカーを退治してくれたそうだね
翡翠もえのマネージャーとして、礼を言わせてもらうよ!」
そう言いながら富田林はカケルに握手を求める。
「い、いえ…もえさんが困ってたから……」
カケルは富田林と握手をする。
小学生のようなカケルと違って、大人の富田林の手は大きい。
「あのストーカーには、参ってたんだよ。
あのアヤ丸って奴、ずるくてさ……。
自殺をほのめかしてるけど、はっきり要求はしてこないんだよ」
……たしかに。
「だから警察に相談しても、脅迫になるかは微妙……って言われちゃってさ。
どう対処していいのか、分からなかったんだ。
だから本当に、助かった!」
富田林は片手だけの握手では足りないと思ったのか、両手でカケルの小さな手を握り、感謝の意を伝えてくる。人から感謝をされたのって、何年ぶりだろうか……とカケルは考える。悪い気分ではなかった。
「じゃあ、もえちゃん……とカケル君。
積もる話もあるだろうから、ごゆっくり!
わたしは先ほど見つけたプラモ店で暇を潰してるから。
迎えが必要な時は電話してね」
プラモ店?
ああ、山田模型店のことだろな。
お婆さんが一人で経営してるけど……あれ、儲かってるのか?
「トンちゃんってば、相変わらずミリオタだね♪
なんか気になるプラモでも見つけた?」
……ミリオタ。
カケルの脳裏には、AIのベルの顔が浮かぶ…。あいつと、気が合いそうだな。
っていうか、トンちゃんって……。
「これから見つける。
というか、朝食まだ食べてないんだよ……。
カケル君、ごめん!
ちょっと家の前に車、止めさせてもらっていい?
食べたら、すぐどくから」
「ど、どうぞ……」
家の主……ではなく、家の関係者であるカケルの了承を得ると、トンちゃんこと富田林は軽自動車に乗り込み、おそらくは手作りのおにぎりを頬張る。
10年以上は乗っているであろう、軽自動車。洗車をしていないのか、ずい分と汚れていた。
「おにぎりが、おにぎりを食べてる……」
思わず呟くカケル。
「アハハ!
そう思うよね♪」
笑いながら応える、翡翠もえ。
「あたしも初めて彼にあった時は、おにぎりって思ったからさ♪」
そうなんだ……どこで会ったんだろ…………まあ、どこでもいいか
「カケル君、実はあたしも、朝食まだなんだ。
カケル君の分も買ってきたから、一緒に食べない?」
そう言ってもえは、さっきから手に持っているファーストフード店の紙袋をカケルに見せる。カケルはすでに朝食をすませていたが、翡翠もえからのせっかくのお誘いを断るほど無粋ではない。
「あ、ありがとう!
じゃあ……おれの部屋、行こ」
「うん、お邪魔しま~~す♪」
無邪気にそう答えると翡翠もえは、黒いブーツを脱ぐ。ヒールが太い、いわゆるチャンキーヒールのブーツだ。
「にゃ~~」
リビングから黒猫のナツが来客を見にやって来る。
「あ……! この子がナツなんだ?
カケル君が名前つけるのに手こずった子」
もえがナツの視線に合わせるかのように、しゃがみ込む。
「うん、そう。
今年で6歳かな。人間だと40歳くらいだったはず……おばちゃんだよ」
「そっかあ~~じゃあ、ナツさんだね!
……ナツさん、お手」
「犬じゃない!」
…………もえが差し出した手に釣られるように、ナツがなんとなく手を添える。
「あ、した!」
「……たまたまでしょ」
「よし、おすわり!」
「だから犬じゃない!」
「……ナツさん、おすわりは?」
「するわけないでしょ……」
「にゃ~~~ご」
……ナツは廊下に寝っ転がって、毛づくろいを始める。
ブロロロロオォ~~~!
外からは軽自動車が発進する音……。
富田林さん、だっけ?
早いな……もうおにぎり、食べ終えたのか……。
「もえさん、我々も朝食を食べましょうよ」
「うん、そだね」
カケルを先頭に二人は階段を登る……。
そういや……女の子を部屋に入れるのって、初めてだな……。今更ながら緊張し始めたカケルに、もえが言う。
「そうそう、セイイチロー君ってさ……カケル君の友達なんだよね?」
……友達じゃねえ!
「た、ただのクラスメイトですよ……。
えっとお…………そのセイイチローが、どうかしました?」
「ゼータの翡翠もえ公式アカのほうに、何度もPM送ってくんだよね……カケル君のことで」
……なんだと!?




