20. 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ
ヒトの体内時計の周期は約25時間と言われている。
朝に日光を浴びるなどしてリセットをしないと、生活の時間は一時間ずつずれていく。
1月27日 午後3時
昨日より一時間遅れて、カケルは目を覚ました。
昨日と同じように、のそのそとベッドから出てゲーミングチェアに座ると、昨日と同じようにパソコンが立ち上がるまでスマホをつける。
…………ゼータが賑やかになってきたな…。
ポスト、通知、プライベートメッセージと、どれも新着がある。
ポスト…書き込みのほうは主にセイイチローとその仲間。セイイチローが翡翠もえ公式にフォローされたことで、昨日から騒いでいる。
セイイチロー @hegiri 1月26日
いやあ、公式からフォローされた時は、マジで声出たわww
ライブ配信、かかさず見に行ってコメントしてたからな
この間の配信で千円スパチャしたからなあ~~
それがきいたのかな?
セイイチローのフォロワー達が、いくつも返信している
[いや、万単位で投げ銭してる人いるけど、公式からフォローされてないぜ
やっぱセイイチローの頑張りなんじゃね?]
[イベントにも行ってるんでしょ?
もえさんに顔覚えられてるんじゃないか?]
[もえさんにセイイチローの熱心さが伝わったんだよ!! 頑張ったじゃん!]
………おれのお陰だよ。
1000円の投げ銭で、フォローされるわけないだろが、アホ!
[そういや、神楽坂のやつ、ウンほじと相互フォロワーになったんだってなw]
ああぁあ!? 本名をゼータに書かれて、カケルは不機嫌な声を出す。
セイイチロー @hegiri 1月26日
おいおい、名前出してやるなよww
ゆうて、そのうち開示されるかなw
なんたって、荒らしと相互フォローだもんなwww
あんな女叩きの荒らしと仲良くなるとか、信じらんねえわw
[セイイチローは、もえさん公式と相互フォロワーになってんのになw]
[もえさんの荒らしと相互フォロー、クソ笑うwwwww]
ゼータの通知欄には、翡翠もえ関連の荒らし、鼻ウンコほじほじ(中の人は翡翠もえ)と相互フォロワーになったことをからかう、クラスメイト達の書き込みがいくつかあるが、カケルはそれらを無視する。
言ってろ、言ってろ!
こいつら、ウンほじの正体知ったら目ん玉飛び出るだろうな…!
プライベートメッセージには、その翡翠もえこと、鼻ウンコほじほじからのメッセージ。
…3件きてる。なんだろ……。
AM8:12
[ペケゾー君、おはよ~~]
AM09:51
[あれ? 返事がない…ただの しかばねの ようだ
嫌われちゃった?]
PM12:08
[ペケゾー君、魔法使いの君に折り入って相談があるんだ
わたしのこと、まだ嫌いじゃないならPMくれないかな?]
「うわああああああ!!」
早朝から昼……! 寝てる時間にPMきてたあ~~~!
『なんですか、マスター…!
ノルマンディー海岸で、連合軍の大船団を見つけたドイツ軍のような声出して』
スマホ内で読書をしていたベルが、ぼやく。
相変わらず訳わからん例えしやがって、このミリオタ少女が。
っていうか……どんな本読んでんだ…?
カケルは指を広げ、ピンチアウトしてスマホの画面を拡大する。
失われた勝利 エーリッヒ・フォン・マンシュタイン著
……全然知らん。誰…マンシュタインって……フランケンシュタインの親戚?
カケルの視線に気づいたのか、ベルが話しかけてくる。
『本に興味がありますか? 第二次世界大戦で最高の将軍と名高い、マ元帥の回想録です』
いや、だから知らないし……つか、マ元帥とか略すな。
というか…
「AIなんだから読書なんてしなくても知識なんていくらでも身につくだろ」
『本から知識を得るのではなく、人間と同じ行動、しぐさをして、人間というものを学んでいるんです』
……わかるような、わかんないような…。
…っと、そんなことしてる場合じゃない!
もえさんからPMがあったんだ。
『…?』
不思議そうな顔をしているベルをよそに、カケルはPMをくれたウンほじ…ではなく、翡翠もえこと姉川萌に返信する。
[ごめんなさい、寝てました!
嫌いになんて、なってません!!
用件あるならどうぞ!]
ほどなくして、ウンほじのアカウントから返信
[よかったあ、嫌われてなくて…
いや、お昼に言った通り、相談したいことがあってね
ペケゾー君の時間取れる時って、いつくらいかな?]
[毎日が日曜日の引きこもりなんで、いつでも大丈夫です!
もえさんの都合がいい時に相談してください!!
それとも今が、いいでしょうか!?]
『マスター、必死過ぎ わら』
「うるせえ! このAIが!」
[ううん、今、撮影の休憩中なんだ
終わったら、連絡するね
夜になっちゃうかな…8時くらい]
[大丈夫です、待ってます!]
……相談したいことか…なんだろ。
カケルはスマホを見ながら、思いをはせる。
そのスマホに通知が来る。ニュースサイトからの通知だ。
【UEF銀行への不正送金、犯人グループを逮捕】
「……不正送金か…」
カケルはそう呟きながら、ライチョウのマークがついた黒いスマホを見つめ、一言呟く。
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ…」
『はい?』
ベルが怪訝そうな表情で尋ねてくるが無視する。
" 向こう "も、のぞいてるはずだ…。
この黒いスマホを譲り受けた時…魔術師を名乗った、カマリ・橋本は言った。
とある政府機関の電話からかけてる…と。
よく分からないが、巨大な何かが……この魔法のスマホに関わっている。
おれがこのスマホで他人の個人情報を盗み見ていたように、" 何か "も、このスマホを通してこちらを見てる。
このスマホで、おれがなにをしているか…全てお見通しのはずだ。
このスマホを使えば他人のクレカ番号を盗むことも、総理大臣の電話を盗聴することだって、できるだろう…。
だけど………やめろ!
悪の誘惑に負けるな、カケル!
きっと、何者かが監視してる…その何者かの正体は分からないけど……おれなんか虫けらのように握り潰すことができる、巨大な存在…。
……パソコンのファン以外、音のない静かな部屋でカケルは、スマホの画面を凝視したまま動かない。
今更だけど、ひょっとして………とんでもない爆弾を譲り受けてしまったんじゃないか…これ。
……………………………………
………………………
『ばあああああああ~~~!!』
「うわああああああ!!」
黒髪の少女ベルが、広げた両手を頬にあてて舌を出し、べんべろばあ~~とばかりに画面いっぱいに映る。
『あっはははは♪
おっかしい~~~!』
「お、お前なあ~~~!」
そ、そういうキャラだったんか? こいつ…!
『どうしたんですか、マスター。
スマホの画面を一心不乱に見つめちゃって…』
「う、うるさいなあ…おれだって、いろいろ考えることがある!
おとなしく本読んでろ!」
『ふう~~~ん…はいはい、わかりました』
時は流れ、夜の8時半過ぎ。
ゼータのPMに、鼻ウンコほじほじ…翡翠もえからのメッセージ
[ごめんね、カケル君
撮影が長引いちゃって…待ったよね?]
[いえ、どうせ暇な引きこもりですから]
…………………あれ?
もえさん……なんで、おれの本名知ってんだ!?




