16. 言葉のリストカット
『マスター、部屋が暗いです。
このままだと視力低下の恐れがあります』
カメラ機能を通じてか、ベルが忠告をしてくる。
しかしカケルは電気を点けない。明るい場所は嫌だ……惨めな自分が、さらけ出されるような気分になるから……。
「にゃ~~お」
黒猫はカケルの膝元から飛び降りると部屋の片隅に歩いて行き、闇と同化しながら、隅に丸くなる。
PM欄には姉川萌のメッセージ。
[中学の頃だったかなあ…アレとババアの考えを否定するようになったのは]
中学……もえさんの、中学校の卒業写真に写ってるのは、ぽっちゃりした女の子…。
最初見た時は分からなかったけど…翡翠もえ、というネタバレ知った後で見ると、たしかに面影がある。
……太ってた事と、なんか関係あるのかな…。
…………いや、女性に体形のこと聞くのは、失礼なんじゃないか?
……ここで聞くのは、やめておこう…。
[こんな女には、なりたくない! って思った。
色で男を釣るような女……男性の気持ちなんて考えもしない…ただ、自分の貯金だけを気にする女…。
だけど………なってたんだよね…姉川萌。
じゃなくて、翡翠もえ]
モニターから、その翡翠もえの声が聞こえる。
[Gの次はHカップ目指そうって…いやいやいや、大きくなるとさ…可愛い洋服とか着れないじゃん]
[あ、みどたぬさん、スパチャありがとう♪]
PM欄の鼻ウンコほじほじこと、姉川萌
[結局さ……エロで男釣って、金稼いでるだけだもん、わたし
クソでしょ? ウンコでしょ?]
「だから…女を叩いてるの?]
[そうだよ
翡翠もえも、アレみたいに男釣ってる女も、クソだしさ!]
モニターから聞こえる、クソな女の声
[えっとお…コメント読むけど……
おっべえって、揉まれると大きくなるよね…いや、揉まれたことはないけど…
自分で揉んだことはあるよ]
[うん! だって一人だし…寂しいじゃん。揉むよ]
「…………リストカット」
カケルがぽつりと呟く。
『マスター?』
ベルが飲みかけのティーカップを手に持ち、問いかける。
[まるで……言葉のリストカットだね]
カケルが、そう書き込む。
[ハハハハハ!
上手いこと言うね
言葉のリストカットか……
そうだね、たしかにそう…
自分を傷つけて……満足してる]
[そういうの、やめようよ
自傷行為で満足するの]
[ええええ、いいじゃん、別に~!
どうせ傷つくのは、わたしなんだし!
そんなこと、君に言われたくないなあ~]
なんか……段々、地が出てきてるような…
[ごめんなさい
引きこもりのおれに言われたくないですよね。
だけど、やめましょうよ、自分を傷つけるのは……]
もえ、しばしの沈黙……そして返信。
[うん、ごめんね…責めるようなこと言っちゃって
ごめんなさい
アハハ♪ 翡翠もえの性格がクソなの、バレちゃった?]
[クソとかウンコとか、やめて下さい
もえさんのこと、別に変だとは思ってないです!
おれも…似たような境遇だし]
[ああ、そうだったね
お父さんだっけ?
ひょっとしてペケゾー君が引きこもったのって
お父さんが原因?]
……………カケル、しばしの沈黙。
[うん、そう]
[わたし、知りたいなあ~
ペケゾー君が引きこもった理由
ねえ、今度はペケゾー君が話してよ]
[え……?]
話してって言われても……。
引きこもった理由など、誰にも話したことはない…。そもそも話す相手がいない。
いつだか役場からカウンセラーの人が訪ねて来たことがあったけど、両親と一緒にリビングで言葉を交わしただけ。今と同じく、引きこもった理由を尋ねられたが、答えなかった。見ず知らずの人相手に…それも隣には両親がいるのに自分の心の内を話すなど、絶対に嫌だった。
でも今は……
目の前…スマホ画面の向こうにいるのは、一度も会ったことのない女性、姉川萌。
ネットを通じてテキストのみで話した相手。だけど……不思議と心を許せたのは姉川萌が話し上手だったわけでも、ちょっとえっちだったからでもない。
気が合った。
お互い、親の愛に恵まれることなく育ったからか……自分の分身であるかのように、親近感が持てた。
[おれが引きこもったのは、あの人のせいなんだ]
「あの人…?]
日が落ちた暗い部屋で引きこもりの少年は、ぽつりぽつりと自身の過去について語り始める。
外からは…ぽつぽつと雨音が聞こえてきていた。




