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15. 翡翠もえの家庭事情

 カリカリカリ…!


 先ほどのカケルの大声に釣られたのかどうなのか…黒猫のナツが子供部屋のドアをひっかき、"ノック "している。カケルはドアを開け、ナツを入れてやる。

 スマホにはウンほじこと、翡翠もえからの新着メッセージ。



 [ペケゾー君って言っちゃったけど、ひょっとして、わたしより年上?

 えっと、男性だよね? ごめんね、いろいろ聞いちゃって]


 ライブ配信の録画同様、相手を気遣う姿勢が伺える。

 …リスナー相手に、えっちな話題ばっかしてるけど、根は真面目な性格なんだろうな……。

 ゲーミングチェアに座り、ナツを膝の上に乗せながらカケルは返信する。



 [年下です

 16歳、男子高校生です

 引きこもって、学校行ってないけど]


「16歳なんだ! じゃあ、ペケゾー君でいいかな?

 その年なら、まだまだ人生やり直せると思うけど…

 あ、ごめんね お説教なんかされたくないよね]


 [ヒッキーなんで、説教されてもしょうがない身分ですけど…

 あの、もえさん……さきほどの質問なんですけど、なんで女を叩いてるんです?]


 カケルは膝の上に乗ってるナツの頭を撫でながら返信する。

 ベルはといえばプラモ作りの手を止め、紅茶をすすっていた。

 少し間をおいてから、翡翠もえより返信。



 [ペケゾー君はさ、えっちなふりして男から金取る女をどう思う?]



 ど、どうって言われても……。



 [おれ、引きこもりだし…

 そういう女性とは会ったことないから、なんとも言えないかな]


 カケルは無難な返答をする。



「そっか、まだ16歳だもんね

 ごめんね、変なこと聞いちゃって]


「いえ、そんな]


 [わたしの母親はさ、そういう女なの

 色目使って、男から金取ることばっか考えてる人]


 [そ、そうなんですか]


 女叩きのことを聞いたら、家族語りが始まったけど………とりあえず聞くか。



「そうなの

 そしてその酷い女に捕まっちゃたのが、うちのパパ]


 ……もえさんの父親ってたしか。



 [お父さんのほうの祖父って、中国人ですよね?]


 在在センのデータを読むと1X80年に、日本人女性と結婚して帰化してるな。



 [ええ、すごい!

 そんなことまで知ってるんだ。

 ひょっとして、

 わたしが今日履いてるショーツの色も

 知ってるのかな?]


「し、知りませんよ! そんな!!]


 [よかった♪

 今日は、あまり可愛くない下着履いてたから]


 そ、そうなんだ……。

 いや、そうじゃなくて…!

 なんか……会話がいちいち、えっちだな?



『マスター、今何色を想像したんですか?』


 ベルが紅茶を飲む手をとめ、冷笑ともとれる表情で聞いてくる。


「うるさい、紅茶飲んでろ!」


 フン、と鼻で笑い、小休止に戻る少女ベル。



 [でね、パパのほうのおじいちゃん

 中国で健康食品の販売を始めて、大儲けしたのよ]


 おっと…さっき言った、中国人のおじいちゃんか。



 [だからその事業を引き継いだパパも、お金持ちだったのね]



 もえさんのパパ……。在在センのデータを見てみる。



 大山悠真オオヤマユウマ 性別男性 45歳



 ん? 苗字が大山…? 翡翠もえの本名は、たしか……。


 [そのパパの財産狙ってさ、アレは近づいたんだろうね

 パパ優しいから、コロッと騙されちゃったんだろうなあ~]


 アレ…?

 文脈的にアレって、母親のことだろうか。

 もえさん…母親を母親って呼びたくないのかな……。



 …………………おれと、同じか…。おれは母親じゃないけど……。



 [パパはね、婿養子なの。

 あ、魔法が使えるペケゾー君は

 とっくに知ってたかな?]


 [苗字が大山なので、変だなとは思いました。

 なるほど…婿養子。いわゆる" マスオさん "状態なんですね]


「ん~~マスオさんではないかな

 マスオさんってね、奥さんの苗字名乗ってないから、

 実は婿養子でも婿入りでもないんだよ

 知ってた?]


 え、そうなの…?

 あ……たしかに言われてみれば、苗字が独特ヘアーの奥さんと違う。


 [知らなかったです

 でも似たようなものでしょ]


 [違うよ

 婿養子だと、義理の親にも扶養の義務が発生するから]


 ……だからなんだ?


 [だからパパ、わたしの母親の親

 つまり祖母の世話までしないといけなかったのよ]



「………………」



 [姉川家はね…祖母と母親とわたしで、女三人。

 そこにただ一人、男のパパがいたの]


 [女だけの王朝に、男がただ一人、奴隷としていたわけ]


 [奴隷って…そんな]


 [奴隷だよ

 祖母も性格悪くてさ…

 母親と二人で、いっつもパパを責めてた]



 [もえさんは?]



 チャット状態で流れていた会話が

 しばし止まるが、ほどなくして翡翠もえより返信。



 [うん、一緒になってパパの悪口言ってた

 最低でしょ、翡翠もえ]



 …………………………カケルには母親と一緒に父親を責めている、幼き頃の翡翠もえこと姉川萌の気持ちが理解できた。



 [母親に気に入られたかったから、悪口言ってたのかな?]



 [え? ペケゾー君、やっぱ凄いね

 わたしの心が読めちゃうの?

 そうだよ

 アレに気に入られたかったから、一緒になってパパを責めてた

 そうするとアレとババアが認めてくれるから]



 …やっぱ、そうか………

 おれも……


 [おれも…子供の頃、父親に認められたかったから]



 だから……" あの人 "が言う通り、社会の負け犬達を見下した。

 最低の自分………。

 だけど、その時は…あの人が正しいと思っていた。



 [そうなんだ

 今でも…お父さんに認められたい?]



 [今は後悔してる」

 [嫌い]

 [大嫌い!]

 [あの時の自分を殴りたい]



 [ペケゾー君…なんだか、わたしに似てるね]


 [そうかな]


 [うん、似てるw

 わたしもね…あの時、パパの悪口を言った自分を殴りたいって思ってる]


 ………もえさん。



 配信動画から流れる、明るくえっちな翡翠もえとは違う、生身の翡翠…いや、姉川萌。

 フォロワー数10万人以上の人気コスプレイヤーと、フォロワー数たった2人の引きこもり少年。本来なら出会うことのない二人……しかし、ペケゾーの魔法が二人を引き寄せた。

 憧れのコスプレイヤーと話すことに最初は戸惑いと喜びを感じていたカケルだったが、やがては昔からの親友と話してるような安心感を翡翠もえこと姉川萌に抱くようになった。



 どこか似てる…。


 母親に好かれようと、実の父親を責め続けた、姉川萌。

 父親に認められようと、社会の負け組を見下していたという、カケル


 平和で平凡な家庭とは無縁の環境下で育った二人は、いつしか友達同士がお喋りするかのようにPM欄で会話を交わしていた。

 気がつけば日は落ち、部屋の色は陽から陰へと変わっていった。

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