129. 静かに始まる、一ノ谷雅彦捜索戦
「翔琉、あなた今日、外に出たの? どこかに出かけた?
ねえ……よかったら話してくれないかしら?」
午後8時50分 神奈川県蒼町
二階の子供部屋の前で、母親の神楽坂久美子がドア越しに話しかける。
話しかけられた一人息子の翔琉はゲーミングチェアに座ってシカトを決め込んでいたが、母親が立ち去ろうとしないので適当に返事をする。
「…………静岡まで行った。そんだけ」
「静岡!? なにしに?」
「……うるさいなあ、なんだっていいだろ。向こう行けよ」
「……外に出れるようになったのなら嬉しいわ。学校にも、行ってくれると助かるわね」
…………………………
最後の言葉が、カケルには面白くなかった。
なんだよ、助かるって……! 引きこもりが外に出て嬉しかったなら、素直に嬉しいって言えばいいじゃん!
助かるって……自分の都合ばっか! 親のくせに…………お前ら毒親のせいで、おれは引きこもりになったのに……!
子供部屋の主、神楽坂カケルは、結局はまだ子供だった……。そのあと母親が二言三言いってきたが、すべて無視した。
……父親は、なにも言ってこないな…………。
自分が言ってきてもシカトされると思って、お母さんを言いに行かせたんだろう……情けない…………つうか、ざまあみろ! 誰がお前の言うことなんて聞くか!
沈黙する引きこもりを前に、これ以上は無駄だと悟ったのか、母親が階段を降りていく音が子供部屋のカケルに聞こえてくる。
16歳の少年は音が階下まで遠ざかっていくまで、仁王像か何かの如く……腕組みをしながらモニター画面を見つめていた。
午後9時過ぎ……ゼータのグループチャット、ブラマス四銃士の部屋に通知が入る。
■コジロウ @blackmask99z 2月13日
お待たせ、ペケゾーちゃん!
今帰って来たぜえ~~~!
インド料理とか、マジ意味不明だったわ
ペケゾー@wizard34 2月13日
先輩、ちぃーす!
家族でインド料理食べたんすか?
ナンとか食べました? 美味しかったっすか?
■コジロウ @blackmask99z 2月13日
ナンじゃなくて、バターチキンカレー食った
バターチキンって言うわりにはトマトっぽい味がしたわ
あと、そんな辛くなかったな……まろやかな感じ
まあ、美味かったけどな
■コジロウ @blackmask99z 2月13日
……って、んなことはどうでもいいわ!
一ノ谷雅彦、捜そうぜ!
ペケゾー@wizard34 2月13日
了解っす!
いや、自分……昼間、雅彦さんについて調べてたっすけど、
どうも雅彦さん、自分から行方をくらました……って感じっすね
というのも、スマホが若緑市の自宅に置きっぱなんですよ
カケルは、淡々とゼータのグループチャットでレスを返しているが、心境は複雑だった。
つい先ほどまで、母親と険悪と言っていい会話をしていたカケル…………対して、さっきまで家族と仲良くインド料理を楽しんでいたコジロウ。
いいな……コジロウ先輩は親ガチャ成功で…………。
自分は親ガチャ失敗したから、一年近く外に出れなかったし、家の中でも親の目、気にして生活してた。
頑張って他県まで行ったカケルは、どこへやら…………引きこもり時代同様、自分の境遇をひたすら親のせいにして、勝手に落ち込むカケルであった……。
[現代人が外に出る時は、スマホは絶対持ってくよな
それが家に置いたままってことは、自分から姿を消した可能性が高いな]
ゼータのグルチャにコジロウが書き込む。
[そう思います
ただそう思っても、決め手がないっすよね]
[その決め手をこれから調べようってんだ、ペケゾーちゃん!]
[……調べるっていっても、どうやって?
つうか、おれ達二人っすか?
美月さんと大輔さん、来てくれたらなあ~]
[いや、その二人にも声かけたんだよ!
そしたらさあ……二人とも用がある、とか言いやがんの
あの二人よお、絶対できてんだろ!]
[この間も、なんか二人でファミレス居ましたよね
たしか大学一緒だし、付き合い始めたのかな]
[知るかよ
どうせどっかでイチャコラしてんだろ、くそがよお~
まあ、いい
それより一ノ谷雅彦だ! 在在センの管理局長]
「どうやって捜します?
雅彦さんのスマホは自宅に置きっぱだったので、追跡は無理です]
「おいおい、ペケゾーちゃん
おれたちゃ一ノ谷雅彦の子供、一ノ谷英磨とコンタクト取れんだろうが!]
[あ、そうか……! 彼に聞いてみるのも、手ですね!]
[そゆこと~~! だから頼むぜ、ペケゾーちゃん]
[えっと…………なにがっすか?]
[だから、英磨に電話かけてくれ]
………………………………
[え! おれが!?]
[他に誰がいんだよ
おれは英磨の電話番号なんて知らないし
ペケゾーちゃんは英磨の住んでる場所も知ってんだから、
電話番号だって知ってんだろ]
……どうだったっけ? まあベルに聞けばわかるだろ…………というか
[えっと、番号教えるんで、先輩がかけたほうがいいんじゃないっすかね]
「あんでだよ!
番号知ってんだから、かけりゃいいだろ]
[いや、自分、ヒッキーなんで……
見ず知らずの他人に、電話はちょっとお~~]
[見ず知らずじゃねえだろが!
殴り合った仲だろが! しかも勝者はこっちだ
グダグダ言ってねえで、かけろやゴラァあ!!]
[はあ~~~い、わかりましたあ~!!]
[てめえ~! 先輩に対して、なんだその態度は!!]
[かけりゃいいんでしょ、かけりゃ!]
[ふざけんな、ゴラァ!! 生意気だぞ、ペケゾー!]
「ぶう~~~!」
子供部屋で口を尖らせながら、カケルはエイト06と自身のスマホを取り出す。
「ベル……一ノ谷英磨の電話番号って、いくつだっけ?」
就寝の準備をしていたベルが、カケルに英磨の電話番号を教える。
『マスター~~。
そろそろ電話かけるくらいは、こなせるようになって下さい』
「う、うるさい……!
引きこもりの成長はゆっくりなんだ……急に変われないんだ、ゆっくり見守れ……!」
『もう……! 情けない』
ぐっ……!
ベルの文句に言い返せぬまま、カケルは一ノ谷英磨のスマホに電話をかける。
一方、その頃……神奈川県藤沢市のネットカフェ。
ネカフェの一室で、フラットシートに寝っ転がりスマホを見つめる男性、岩田良平。見つめるスマホの画面内では、黒髪のメイドが裸になり、良平の指示を待っていた……。
『恥ずかしいです、ご主人様』
「……綺麗だよ、シノカ。
誰よりも綺麗だ…………現実の女より、君のほうが美しい……。
だから…………その手をどけて、おっぱいを見せてくれ」
『はい……わかりました、ご主人様』
良平が見つめる白いスマホ……エイト06の画面内で乳房を隠す手をどけるAIキャラクター、シノカ
手をどけた先に見えるのは、雪のように白く、美しく盛り上がった乳房……。
小さくはないが、だからといって淫らという言葉が似あうほど大き過ぎもしない乳房。
そんな、おっぱいを見て、良平は性的興奮を隠せない……。息が荒くなっていくなか、次の言葉を発しようとするが、その前に全裸のシノカが答える。
『ご主人様……。一ノ谷雅彦の捜索は進んでますか?』
「…………後でやるよ……」
後でやる…………岩田良平の常套文句であった。
実際、良平が後でやったことがあるのは。他人に文句を言われた時だった。
『ご主人様、叡智防壁群が我々より先に一ノ谷雅彦を見つけたら、日本国……いえ、人類の未来そのものが闇へと閉ざされます』
「…………そう」
良平にとって、日本国の未来など関心がなかった……ましてや人類の未来など考えたことすらなかった。
『……一ノ谷雅彦を見つけられなかったとなると、温和な橋本佐代さんもお怒りになるかもしれません』
…………………………
自身の祖国である日本国がこの先、どれだけ衰退しようとも、なにも感じない良平だったが、自身が怒られることには不安と焦りを感じた。
岩田良平は人に怒られることで、初めて行動する人間だった。
「どうしよう…………なにをやろう……。わかんない」
学校に通い始めた小学生が教師に尋ねるように、良平はスマホ内のAIに助言を求める。
『大丈夫ですよ、ご主人様。わたしに" 策 "がありますから……。
ご主人様はわたしの言う通りに、してさえすればいいんです。そうすれば全て上手くいきます…………。
だから……どうかそのような不安な顔をなさらずに、笑って下さい』
「う、うん……!」
そう言って良平は、黄ばんだ歯をみせて笑顔を作る。
『そう、そうです……。
ご主人様が笑ってくれることが、わたしの全てです』
白いエイト06のスマホ内で、全裸のシノカはそう言いながら微笑み返す……。
目尻の下がったその目は…………殺された死体より流れ出る血のように、赤黒く光っていた。




