128. 黒いメイド服のAI シノカ
神奈川県蒼町で、カケルが夕食をとる少し前……同じ神奈川県、藤沢市のパチスロ店。
「あ~~あ、クッソ……」
岩田良平は髪をかきながら、スロット台を見つめている。
昼間、中華料理店で橋本佐代から貰った一万円は、10円スロットで溶けた。まだ二千円ほど残っていたが、それは今晩の宿代だ。
スロット台の液晶画面には、美少女アニメのキャラクターが映し出されている……。自身の全財産をほぼ吸い取った、そのキャラを見る良平の顔は…………
まあ、しょうがねえかあ…………
という、全てを諦めた顔だった。
岩田良平は立ち上がり、喫煙所へと向かう……。
定職に就けず、家を借りることもできないこの男は、全てにおいて諦めていた……自分のこれからの人生に期待などしていなかった。
喫煙所の椅子に座り、ポケットからタバコを取り出す。一箱520円……ランチ一回分の値段だが、良平はとくに節約する気はなかった。
タバコに火をつける…………大きく煙を吐き、疲れを癒す。疲れとは、先ほどまで打っていた10円スロットでの" 激闘 "のことだ。
机に肘をつき、白色のスマホ……エイト06を見る。
『ご主人様、橋本佐代さんから渡された資料を閲覧しなくていいんですか?』
エイト06の画面には、メイド服姿の女性が映し出されている。黒く長い髪に、処女雪のように白く清らかな肌……。
カケルが持つ、エイト06に居るベルとは違い、大人びた雰囲気の女性…………彫刻のように美しく整った顔立ちをしているが、その目は…………おとぎ話に登場する魔女のように、赤く不気味に輝いていた……。
「ああ、えっとお…………後で見るよ」
" 後で "
単発バイトで行く職場でも私生活でも、共通した良平の口癖だった。
『……わたしが閲覧しても、よろしいでしょうか?』
「ああ……そうしてくれ。あとで結果だけ教えてくれ、シノカ」
良平はタバコを吹かしながら、面倒くさそうに答える。
『わかりました。ところで、ご主人様……一つ提案があるのですが、ご主人様と同じくエイト06を持つ者、神楽坂カケルが一ノ谷雅彦捜索の件で連絡を取ってきたのなら、こちらが持っている情報を教えてあげて下さい』
「え、なんで……? たしか橋本さんからは、叡智防壁群には情報を漏らすなと言われてる。
以前、橋本さんから聞いたけど、ペケゾーこと神楽坂カケルって、叡智防壁群の奴らからエイト06を譲り受けたんだろう?」
『その通りです。さすがは、ご主人様……自身が守るべきことを存じておいでです。
しかしです…………わたしに考えがございます。神楽坂カケルが生意気にも、ご主人様に助言を聞いてくるようであれば、彼にこちらの情報……つまり、在在センの従業員名簿を渡してあげて下さい』
「い、いいの……?」
『はい。全責任は、わたしが追いますから……ご主人様はわたしの言う通りにして下さい』
妖しげな笑みを浮かべ、エイト06の持ち主に声をかけるシノカ……。その目は、血の色のように赤黒く光っていた……。
[…………わかった。
よくわかんねえけど……そうする」
『聞き入れてくれて嬉しいです……。
大好きですよ、ご主人様♪』
「うん、おれもだ…………。
みんな、おれのことをバカにするけど、お前はおれをバカにしなかった」
『もちろんです。
ご主人様は、わたしにとって絶対です』
「うん…………なら、いつものように服を脱いでくれ」
『はい……仰せのままに…………』
シノカは純白のエプロンを外すと、喪服のように黒いメイド服のファスナーに手をかける……。
そんな中、良平のスマホが電話を受信する。
ホームレス支援団体からサポートを受けて取得したスマホだ。
……羅舞か。
……そういや、羅舞と夕飯の約束だった。忘れてた…………。
すっかり短くなったタバコの火を灰皿に押しつけて消すと、良平は妹からの電話に出る……。
「ああ、羅舞か……。今どこだ?」
「藤色市の駅だよ。にぃ~に、今どこにいんのさ?」
「10スロ打ってた。1万負けちった……金なくなったから、今夜は駅のホームで寝るよ」
「いやいやいや! 駅のホームで寝るとか、にぃ~に、凍死しちゃうよ! 宿代なら、あたしが出すって! ペケゾーのこととか教えてもらったしさ。
今、あたしのチャンネル登録者数、もりもり増えてるんだ。再生数も気持ちいいくらい上がってるしさ……! これも全部、にぃ~にのお陰だよ!」
「そっか……やったじゃん!」
「うん! だからさ……夕飯一緒に食べようよ。昼間約束したけど、あたしが奢るからさ。駅前のラーメン店、来れる……? 寒いし、暖かいラーメン食べようよ」
「ああ…………いや、ファミレス行かね? お前、イタ飯好きだろ。奢ってもらうんだから、お前の好みに合わせるよ」
「いいの? にぃ~に、ラーメン好きじゃん」
「いや、いいよ……ラーメンは。
イタリア料理食おうぜ」
「うん、わかった。
じゃあ、駅前のさ……シャイゼリアで落ち合お」
約45分後…………岩田兄妹は、イタリア料理のファミレスに居た。二人の前には、たった今運ばれてきた料理が並んでいる。
良平の前には、イカの墨入りパスタにエスカルゴのオーブン焼き。エスカルゴは、ガーリックバターのスープが心地よい音を立てて煮えており、オーブンで焼かれたままの美味しさを冷ますことなく提供されている。
妹の葉亜兎羅舞こと、タヒ子の前には、白い湯気の立つミネストローネ……イタリア発祥の野菜スープだ。その横には、もっちりとした食感のフォッカチオが、焼き立てのパンの香りを辺りに漂わせている。
そして中央には、コーンが大量に乗ったピザ。鮮やかに光るコーンの色が、食欲をそそる。タヒ子はピザカッターを手に取り、手際よくピザを8等分にしていく……。
「適当につまんでね」
「……うん」むしゃむしゃ……。
良平はパスタをすすりながら答える。彼はフォークというものを使ったことが、ほぼなかった。パスタを口に運ぶにも、まるでラーメンでも食べるように音を立ててすすった。
エスカルゴも箸でつまんだが、テーブルに落としてしまう……が、もう一度箸でつまんで口に運んだ。食材に残るオーブンの熱が口いっぱいに広がる……はふはふと熱さで満足に噛めぬままであったが、その美味は伝わってきた。
タヒ子は、まだ湯気の立つミネストローネをスプーンですくって飲みながら、焼き立てのパンをちぎってスープに浸し、口へと運ぶ。
「にぃ~に、これ……忘れないよう、渡しとく」
トマト風味のスープが染み込んだパンを頬張りながら、タヒ子が一万円札をテーブルに置く。
「……ありがとう、助かるよ」
良平はオーブンの熱がまだ残るエスカルゴを食べながら、テーブルに差し出されたお札を手に取る。
「無一文だったんだよ……これで駅のホームに寝なくてすむ、ありがとう」
口から漏れたガーリックバターの汁をぬぐいながら答える。
「……にぃ~に、一緒に住もうよ。住所があれば、定職にも就けるじゃん」
「…………いや、おれはおれで……頑張るよ」
「…………そう」
そう言ってタヒ子は、スープで味付けしたフォッカチオを口に運ぶ……。
一方で良平は、イカ墨パスタを音を立ててすすっていた。
良平は駄目人間だった。
無能、嘘つき、底辺の負け組……。全てが当てはまった……。しかし…………
妹の世話には、なろうとはしなかった。エイト06を使って教えた情報の見返りは貰ったが、それ以外の援助を妹から貰おうとは思わなかった。
なぜならそれが、兄としての最後のプライドだったから……。




