125. 晴れのち曇り
「え、叡智防壁群……?
なんですか、それ…………」
「詳しい説明は避けるけど……我らが偉大なる主、ヤオヨロズ様に対抗する者達…………とでも言っておこうかしら」
タレを作り終え、餃子を箸でつまんだ佐代が言う……その対面にいる良平は…………。
「ふう~~ん…………」ずず~……。
チャーシュー麵の脂っこいスープを飲みながら返事をする。
「……そんなにスープを飲むもんじゃないわよ、塩分は体に毒よ」
「いや、ラーメンの汁、美味いんで……つい飲み干しちゃうんですよね、あはは」
良平は「あはは」と笑うことが多い。
笑ってごまかす……という言葉通り、仕事で怒られても、いつも笑っていた。
「今は若いから大丈夫でしょうけど……年を取った時に堪えるわよ」
「そっすか……気をつけます」…………ずず~~。
「……話を元に戻しましょう。
我々は叡智防壁群より先に、一ノ谷雅彦を捜し出したいの」
「……我々って?」
「この前、言わなかったかしら…………日本AI専制党にて、AI専制派……それが我ら」
「あ、ああ……そうでしたね。
すいません、メモしてなくて…………忘れちゃいました」
「……テスト勉強じゃないし、別にいいわよ……メモなんて」
「ああ、でも……自分、バイト行ってもメモ取り忘れて、しょちゅう怒られて…………バカですいません」
「良平君……先ほども言ったけど、そう自分を卑下するものじゃないわ。あなたが結果を出せないのは、あなたに責任があるのではなく、あなたが生まれ育った環境が悪かっただけ……。それは……仕方がないことよ」
「……よくわかんないけど、ありがとうございます。橋本さんは、おれのことバカにしないので好きです」
「誰にも、人をバカにする権利はないわ。
才能がある人は、運が良かっただけ……才能がない人は、運がなかった…………それだけよ」
「…………そっすか」
よくわからないまま良平はカキフライをオカズに白米を食する。揚げたてのカキフライを心地よい音を立てて齧り、白米を口へと流し込む。
相変わらず相手の顔は見ようとしない。相手の目を見て話す……ということができないようだ。
一方、佐代は一旦箸を置くと、バッグからスマホを取り出す。
「一ノ谷雅彦を捜すのにあたって、手掛かりになりそうな資料をそちらのエイト06に送るわ。一ノ谷雅彦が勤務していた在在センの従業員名簿ね」
「…………ども」
「なにかわかったのなら、連絡ちょうだい。些細な情報でも構わないわ。
それと…………叡智防壁群には、情報を漏らさないで!」
「はい、わかりました……!」
良平は、昼食を奢ってくれた相手の機嫌を損ねぬよう……なおかつ、自分が怒られないよう返事をする。
「えっとお…………叡智防壁群について、なにかわかったら連絡します」
「違うわよ……一ノ谷雅彦」
「あ、あああ……! そうでした、あはは♪」
「とにかく……お願いね。
なにかわかったら連絡、叡智防壁群には情報を渡さない……OK?」
「えっと……OKっす!」
「ありがとう……頼むわね」
神奈川県藤色市でAI専制党党首、橋本佐代とエイト06を持つ者、岩田良平が遅い昼食をとっているなか、同じ神奈川県の蒼町では…………蛍池公園近くのコンビニで、神楽坂カケルが買い物をしていた。
ほんの数日前……夜の蛍池公園で、もえからコンビニに行こうと誘われた時は全力で断ったカケルだったが、他県まで遠征したあとでは、コンビニに入店することに抵抗はなかった。
……経験を積むって、こういうことなんだろな。一度経験してしまえば、今まで悩んでいたことが、どうでも良くなる…………。
これが…………" 上書き "ってやつなんだろな……。
カケルは磯貝寿美子と行った、西山剣太郎の講演会のことを思い出していた。
”それは最初に述べたように、上書きされちゃうんですよ、成長という名の上書き。
未熟だった子供時代は成長し大人になるにつれ、どんどん上書きされていく…… "
……こうやって毎日外に出ていれば、引きこもっていた時の気持ちなんて、忘れちゃうのかな…………。
おにぎり売り場で商品を吟味しながら元引きこもり少年は、声優西山の言葉を脳内で再生する。
" このままじゃ駄目だと勇気を出してドアを開けたその時の気持ち……絶対に忘れないで下さい!! 上書きしないで下さい!! "
…………忘れない……上書きしない!
ここで忘れたら、おれは…………また嫌味な悪者に逆戻りだ……。
カケルは、おにぎり弁当とペットボトルのお茶を買った。大きめのおにぎりが二個……鮭と梅干の具。それに卵焼きとから揚げが付いている。今日のカケルの夕御飯だ。
それらをデイバックに入れ、自宅へと帰るカケル……帰ったあとのことを考えていた。
朝……家を出る時、一階の書斎に父親が居るのは感じとれた。自分がなんらかの理由で外出したことは、両親にはバレてるだろう……。
そのことをあれこれ聞かれるのが嫌だった。理由を聞かれるのが嫌なんじゃない……親に、あれこれ聞かれるのが嫌なのだ。親と話したくなかった…………特に父親とは……。
子どもの時から自分の意見など、聞かなかったくせに……! おれの意見なんかどうでもよくて、自分達の意見ばっか聞かせようとしたくせに…………! 今さら、あれこれ聞いてくるのかよ……ちくしょう!!
さっきまで晴れ模様だったカケルの心は荒れ模様となり、黒い雨雲に覆われる……。
お前らとなんか話したくない……自分の心の中を探られたくない!!
夕飯は自室で食べようと決めていた。だから、弁当を買った……。暖める必要のない(冷めて不味くはなるが……)おにぎり弁当だ。
外に出れたカケル……。
外に出れた気持ちを忘れないと、心に決めたカケル…………しかし……。
両親との雪解けは……まだまだ先だった。




