126. 寄り添えるのは、あなただけ……!
午後3時半過ぎ……カケルはようやく我が家へと帰って来た。帰って来るなり自分の部屋へと直行し、再び引きこもった。
母親はまだ帰っていなかったようだが、家に居た父親がカケルに声をかけた…………が、無視する。黒猫のナツもカケルを気にした様子だったが、カケルは相手にしなかった。
自室に戻ったカケルは、背中に背負ったデイバックを部屋の片隅に置き、大きめのボアコートを脱いで身軽になる……。" いつもの "引きこもりカケルの復活である。
残業から帰宅した社畜の如く、全ての任務から解放された引きこもりは、素をさらけ出す。
「ふうぅう~~~! 疲れたあ~~~~~!」
カケルは、だらしない恰好のまま、ホームとも言うべきヒキ板にアクセスする。
………………………………
しばし迷ったが、カケルは雑談スレに書き込みをした。
20X6/2/13 15:11 ペケゾー
今日、所用で外に出た
電車に乗って隣の県まで行ってきた
電車に乗るなんて一年ぶりで、切符買う時から緊張してたけど無事行って帰って来れた
今は部屋でゆっくり休んでる
数十分後、カケルことペケゾーの投稿に返信がつく。
20X6/2/13 15:19 匿名さん ID9712
おつかれ、ペケゾー
脱ヒキできたじゃん!
お前まだ若いんだから、人生諦めんなよ
20X6/2/13 15:23 匿名さん ID5199
頑張りましたね!
わたしなんて、近所を歩くだけでも緊張するのに、電車に乗るとか凄いです
今はゆっくり休んでくださいね
20X6/2/13 15:27 ラーメン男
やったじゃん!
おれも外に出て、ラーメン屋に入ってみたいわ
最後に外食したのって、いつだったかなあ
…………みんな、ありがと。
皆からの祝福に、静かな感動をおぼえるカケル……。
しかし、その一方で…………
[電車に乗って外に出れんなら、ヒキじゃねえだろ 偽ヒキは出てけよ]
[なんで雑談スレに書き込むかねえ~ 脱ヒキスレがあんだろが]
[雑談が一番スレの勢いあるからな みんなに褒めてもらいたいんだろ、承認欲求強すぎ]
[一ノ谷の件でテレビでも名前出てたし、こいつ最近調子に乗ってるだろ]
脱ヒキ報告をよく思わない書き込みも、目立った……。
とはいえ…………それはカケルも予想していた。
ヒキ板で自分と同じ惨めな仲間達と傷を舐めあうのは心地よかった。皆が自分と同じ、惨めな存在なのだ。劣等感などは感じない、むしろ自分より悲惨な境遇に置かれた人を見るのは、安心感すらあった……。
しかし……!
その自分と同じか……それ以下の者が、ある日突然立ち上がり、自分の足で歩き出していく…………!
途端に湧き上がる、" 抜かれた!! "という劣等感! なにもしなくてもいいじゃないか……だって、みんなもなにもしてないし……♪ と怠けていた自分に突きつけられる現実!
勇気を持って立ち上がった他人と、なにもせずに傷を舐めあっていた愚かな自分が、はっきりと可視化される。
カケルは一年という引きこもり生活で、それを何度か経験してきた。
その度に言いようのない焦りと不安に襲われた…………上記の者達のように頑張った人を祝福できず、文句を書いたこともあった。
だから……煽って来た書き込みには、なんの怒りも覚えなかった。
どう思われたって、いいじゃないか……。
今は……前に進めよ! 磯貝さんも言ってくれた……「幸せになりな」って。
きっと……きっと今が、おれの人生で一番大事な時なんだ!
ここで頑張れなきゃ、おれは…………一生引きこもりのような気がする……!
そう決意を固めるカケルの前に、一つの投稿が目に入る。
20X6/2/13 15:37 佐藤守
ペケゾーさん、お疲れ様です
おれと同じ引きこもりなのに一ノ谷家をぶっ潰しちゃうなんて凄いですね!
ペケゾーさんならきっと、社会復帰できると思います
おれもバイトにいけるよう、頑張りたいです
…………佐藤守……?
こんなコテ、ヒキ板にいたっけ? でも……どっかで聞いたことあるよな…………どこだっけ……。
…………………………
あああああああ!! 思い出した!
あれだ……一ノ谷家とのレスバの時、最初に書き込んでくれた若緑高校の卒業生!
2X26年2月11日 〈2X24年度卒業生〉佐藤守
酒井可憐さんのこと、忘れてないぞ!
高校二年生の時のクラスメイトだ
2X26年2月11日 〈2X24年度卒業生〉佐藤守
保健室登校をしていた時、会いに来てくれた
挨拶程度の話だったけど、嬉しかった
今でも自分はヒキコモリだけど、酒井さんのことは忘れてない
忘れてないから!!
そうだ……保健室登校していた引きこもりって言ってたな。ヒキ板も見てたのか……。
少々悩んだのち、カケルは佐藤守に返信をする。
20X6/2/13 15:41 ペケゾー
佐藤君って、一ノ谷家とのレスバの時、一番最初に書き込んでくれた人だよね?
ありがとう! あなたが書き込んでくれたから、きっと他の卒業生も続けて書き込んでくれたんだと思う
一ノ谷家に勝てたのは、あなたのお陰だよ! 本当にありがとう、最初に書き込んでくれて!
バイトに出ようとか凄いですね、頑張ってください
埼玉県若緑市
築40年の木造住宅の一室。本で溢れかえった部屋で、引きこもりの佐藤守は古いモニターの画面を見ながら、涙を流していた……。
高校一年でイジメにあい、保健室登校となった。
単位は取得し、若緑高校は卒業したが卒業後の進路は決まらず、結局引きこもった……。
自分はどうしようもない、役立たずの人間だ…………そう思っていた時、ハッカー集団、Black Maskと一ノ谷家とのレスバを見た。
酒井可憐のことは知っていた……。クラスメイトであり、保健室登校していた自分に会いに来てくれた人。
優しい人……レイプされて飛び降りたと知った時は泣いた……号泣した。そんな彼女のために、自分にできることをしたかった。
だから……あの日、書き込んだ。ブラマスメンバー以外は誰も投稿しなかった若緑高校のスレッド……最初に書き込むのは勇気がいた。だけど佐藤守は書き込んだ。こんな自分に会いにきてくれた酒井さんのため……。場違いと思われようが、どうでもいい! 酒井さんのために、なにか行動がしたかった。
そして…………そんな行動を認めてくれた、お礼を言ってくれた人がいる……! あの日、一ノ谷家をやっつけた正義の魔法使いペケゾー。
嬉しかった……ただただ、嬉しかった。自分自身が認められたと思った。自分には、まだ価値があるんだ……そう思った。だから…………
佐藤守は、震える手で求人広告の紙を手に取った。手に取ることすら恐かった広告……仕事の内容を読んだだけで、はたして自分にできるのかという不安と恐怖が襲ってくる……!
だが彼は手に取り読み始めた。普通の人からみれば、それは極々小さな当り前の一歩だった…………しかし、引きこもっていた彼にとってそれは、大きな一歩だった!
御殿山町の講演会で、声優の西山剣太郎は言った。
" あなた達は立派な人生経験を積んでいます! なぜなら引きこもった人達の気持ちに寄り添えるのは、あなた達だけなんです!! "
神楽坂カケルは、気づいていただろうか……自身が立派な人生経験を積み、一人の引きこもりに勇気を与えていたことを!
たった一つの書き込み……時が経てば過去ログとなり、ネットの海の底へと沈んでいくだけの投稿。
しかし……! その投稿に勇気を貰った人がいる……脱ヒキしようと決心した引きこもりがいる! 敗者の惨めな気持ちを知っているからこそ、その敗者に寄り添える人に、カケルはなっていた。
恵まれた家に産まれ、敗者を密かに笑っていた、かつてのカケル。しかし今は…………
敗者の気持ちに寄り添い、彼らと共に人生を歩き出せる存在になっていた。




