124. ホームレス岩田良平
「良平君はまだ、ネットカフェで寝泊まりしているのかしら」
「はい……お金、貯まんなくて」
タヒ子こと岩田葉亜兎羅舞の兄、岩田良平はホームレスだった。
真夏は駅のホームや公園で寝ているが真冬だとそうもいかず、日雇いアルバイトでお金を稼ぎ、ネカフェに宿泊していた。
「もう午後の2時過ぎてるけど……良平君はお昼ご飯、済ませちゃった?」
「……いえ、実は…………昨日からなんも食ってなくて」
「あらら……わたしもお昼、まだなのよ。いろいろ忙しくてね……一緒に食べましょう、お金はわたしが出すから」
「いいんすか? どうも」
二人は駅を離れ、多くの人で賑わう藤色市の市内へと歩を進める。歩きながら橋本佐代が話しかける。
「良平君の苗字って、岩田だったかしら?」
「……そうですけど、なにか?」
「いえね……昔、石田良平っていう野球選手がいたのよ。知ってる?」
「ああ……知ってますよ。ホームラン王でしょ?
おれの良平って名前、その選手からとってつけたって、父親から聞きました。うちの父親、大の野球好きなんすよ」
「ああ、そういうこと。いえね……妹さんは、ずい分と派手な名前なのに、お兄さんのあなたは普通の名前なの、不思議だったから……。
良平君は、野球好きなのかしら?」
「嫌いですよ。だって、うちの父親……ひいきのチームが負けると、途端に機嫌が悪くなって文句言い出すし…………殴られるのなんて、しょっちゅうだった」
「……虐待されてたのね」
「虐待……虐待かあ…………。
子供の時は、殴られるのが普通だと思ってたなあ……」
橋本佐代と岩田良平は、藤色市の駅前通りを話しながら並んで歩く。
地味ながらも清潔感のある服装と髪型の佐代に対し、良平はボサボサの髪に、よれたトレーナーとズボンというだらしない恰好……。対極な姿の二人は、社交辞令的な会話を交わしながら中華料理店の前に立つ。
「ここでいいかしら? それともファミレスのほうがいい?」
「自分、ラーメン食べたい気分だったんで……。ここでいいです」
自動ドアを通り、店内へと入る二人。
テーブルに案内され、メニューを開きながら佐代が尋ねる。
「……父親に殴られてたから、家を出たの?」
「う~~~ん…………どうだろ、よくわかんない」
「わからないって……理由があるから家出して、ホームレスになったんでしょう?」
「母親とケンカして、家出した」
良平はメニュー表を見ながら答える……。話し相手の佐代の顔は見なかった。
「なんだったかな……働いてたゴム工場を辞めたあとは、アルバイトして金稼いでたんだけどさ……母親はそれが気に入らなかったらしくて、ブーブー文句言ってくんの。
それがうざくてさあ~~……。こっちも大声出してケンカして…………出て行った。実家に居るのイヤだったし……丁度いいかなあ~~って。
ああ、いや……妹とは上手くやってたから、あいつと居られなくなったのは、ちょっと残念だったけど……」
「そう……苦労したのね」
「……苦労かな。まあ…………苦労なのかな」
メニュー表を見ながら、独り言のように呟く良平……その間、相手の佐代の顔は、やはり一度も見なかった。
「……注文、決まった?」
良平からの返事を受けて、佐代は店員を呼んでメニューを注文する。
食事がくるまでの間、佐代が話し続ける。
「不幸な家庭に産まれて、苦労したことでしょう……。人生は本人の努力だけではどうにもならない」
「そうっすかね……。自分、結構怠け者ですし……」
「それは、あなたのせいじゃないわ……あなたの生まれ育った環境が、そうさせてるだけ」
「……ふむ…………そうなんですか」
「そうよ。あなたが恵まれた環境で生まれ育ったのなら、あなたがホームレスになることもなかったでしょう……。
自分を責めないで……今のあなたが置かれた立場は、失礼ながら惨めそのものだけど、それはあなたのせいじゃないわ」
「……………………」
「恵まれていなかった……ただ、それだけ。
他の人が緑豊かな土地に産まれたのに……あなたが産まれた場所は、飲み水すら無い砂漠だった……。そこで頑張って生き抜けと言うほうが、おかしな意見だわ」
「…………自分バカなんで、よくわかんないです。ははは……」
「……自分のことをバカとか卑下するものじゃないわ。
あなたはなにも悪くない……偉大なる主ヤオヨロズ様が、あなたを幸せへと導くでしょう」
「ヤオヨロズ……?」
「お待たせしました~~、カキフライ定食です~」
店員が料理を運んで来る。
「あ、おれのだ」
テーブルの上にメニューが並べられていく……。チャーシュー麵にライス、それとタルタルソースが添えられたカキフライ……食欲をそそる匂いが良平の鼻孔をくすぐり、口の中に涎を作り出す。
「遠慮なく食べて」
「……ども」
良平は割り箸を不格好に割ると、まずは湯気の立つラーメンを音を立ててすすり始める。
「……二日ぶりの飯っす! あざ~~す!」ずずずっ……!
「……昨日から食べてないんじゃないの?」
「えっとお…………どうでしたっけ……あはは。
空腹で、いつから食べてないのか、よくわかんないや」
「そう…………夕飯は食べれるの?」
ずずっ……!
「………金無いんで抜きますね……しょうがねえっす」
実際は妹のタヒ子に奢ってもらう予定であった。
「そう…………それじゃ……」
佐代は財布から一万円札を出し、良平に差し出す。
「これで食べなさい。余ったお金は明日の朝食代にでもしてちょうだい」
「……すいません、ありがとうございます! 助かります!!
おれにできることなら、なんでもしますんで……っていうか、頼みたいことあるから、おれに連絡してきたんですよね?」
「ええ、そうよ……実は…………」
「お待たせしました~~、ワンタン麵と餃子一皿です」
テーブルの上に、新たなメニューが並ぶ。
「餃子、一緒に食べましょう。遠慮なくつまんで」
「どうもっす。橋本さんはラーメンだけで足りるんですか?」
「ええ……このお店のメニューって、どれもボリュームあるから充分よ。
それで、良平君に頼みたいことなんだけど…………」
佐代は割り箸を手に取って割ると、ワンタン麵を一口すする。良平は、餃子を遠慮なく一つ摘まむ。口の中で餃子を頬張りながら、その餃子の為のタレを作る。
…………ずずっ……。
「ある人物を捜していてね……良平君にも手伝ってほしいのよ」
湯気の立つラーメンの汁をすすりながら、佐代が言う。
「人を…………? はい……わかりました」
良平は相変わらず、佐代の顔は見ずに、料理を食べながら適当に返事をする。
「ああ、そういや…………もしゃもしゃ
妹からも人捜すの、頼まれたんす。なんだっけ…………一ノ谷雅夫だったかなあ……」
口の中の餃子を噛みながら話す良平……口の端から肉汁が垂れたが、良平は気にもしない。
「…………一ノ谷雅彦じゃないかしら……在在センの管理局長」
「ああ、それっす! あれ…………ひょっとして、橋本さんが捜してる人も一ノ谷さん、なんですか?」
「……そうよ」
佐代は餃子のタレを小皿に作りながら答える。
「なんとしてでも、彼を捜し出したいの…………叡智防壁群より先にね……!」
先ほどまでの良平と穏やかに話していた時とは打って変わり、佐代の表情は戦争でも始まったかのように厳しい表情へと変わっていった……。




