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12. 引きこもりの怠惰な日常

 カケルは子供部屋のドアを開けると、二階から階下を伺う。


 ………


 父親の気配はない。単発バイトに行っているのか、それとも町内での集まりか…。根が真面目なせいか、カケルの父親はよく町内の集まりに出かけている。美化清掃やら花植えやら、いろいろだ。


「町に育ててもらってるのだから、町の為に働かなくてもいけない」


 子供の頃…カケルは、そう父親から教えられ、よく分からないまま町内の集まりに参加していた。遊びたくて、ぐずっても強制的に参加させられていた。



 ………父親の気配がないと悟ったカケルだが、まだ安心できず、自身の気配を殺して階下へと降りる…。自分の家なのに、まるで空き巣に入ったかのように恐る恐る一階へと移動する。


「にゃ~~」


 黒猫のナツがカケルの足元にすり寄って来る。どうやらナツ以外、本当に誰も居ないようだ。

 カケルは安堵し、朝食…時間的には昼食の準備をする。テーブルには母親が準備しておいた料理。ラップがかけられている。


「焼き魚か……魚料理、あんま好きじゃないんだけどな」


 ぶつぶつと文句を言いながら、引きこもりの少年は料理をレンジし、炊飯器からご飯をよそう。

 働かず、学校にも行かない引きこもりの怠惰な日常……。




 午後2時50分

 遅すぎる朝食をとったカケルは伸びすぎた髪を後ろで結い、自室に置かれたパソコンで先ほど知ったコスプレイヤー、翡翠ヒスイもえについて検索していた。

 ベルに頼めば在在センから翡翠もえの全データを引っ張ってこれるが、しなかった。

 AIと分かっていても少女の姿をしたベルに、


「コスプレイヤー翡翠もえの画像と動画を全部ダウンロードしてくれ」


 とは、恥ずかしくて言えなかった…。

 しかし、どうせ暇なのだ。

 インターネットをさまよいながら、自分で画像や動画を探すのも悪くなかった。

 ちなみに………

 カケルはまだ気づいていないが、カケルが今使用しているパソコンも、当然と言うべきかインターネットを通じて在在センに繋がっている。

 つまり、カケルが自分のパソコンでなにを検索し、なんのサイトを閲覧していたかは全てベルに筒抜けになっているのである。


『翡翠もえさんを気に入ったようですね…スケベ』


 スマホの中で、ベルが独り言を呟く。独り言なので音声は流れず、テキストだけが流れる。

 思春期の少年カケルはそれに気づかず、モニターを凝視し、翡翠もえのデータをかき集めている。どんな理由で引きこもってるにせよ、結局のところ……ヒキコモリ男子が一日にする事なぞ、飯とトイレとエロ集めである。



 翡翠もえ @sagaminokuni 1月26日

 神奈川県出身のコスプレイヤー、18歳です。

 アニメとゲームが好き。あなたの癒しになれたらいいな


 翡翠もえのゼータのアカウントをみつけた。


 フォロワー数12万人……。10万以上だと、ミドルインフルエンサーって言われるんだっけ? 凄いよな……18歳なのに…。

 自分よりたった2歳しか違わない女の子が大成功してるのを見て、カケルは少しショックを受ける。

 自分はと言えば、夢も希望もない引きこもり……自身のゼータのフォロワー数はたったの2人。カケルにゼータを無理やり勧めたセイイチローと自動でフォローされるゼータ公式のアカウントだけだ。

 憂鬱な気分になりながらも、翡翠もえの投稿にある動画を再生してみる。投稿は一か月前の12月。都内の野外ステージでのパフォーマンスを映した映像だが、雪がちらほらと降っているのが見える。


「あれ…去年、雪なんか降ってたんだ……ああ、なんかニュースで、初雪を観測とか言ってたような…」


 学校に通う…外に出る事とは無縁の引きこもりにとって、雨だ雪だのという天候は、ほぼ記憶に残らないのだった。

 動画の中では雪が舞う中、翡翠もえが挨拶をしている。

 積もるほどではないにしろ、雪が降る中で肌を多く露出したコスプレの衣装。人気格闘ゲームに登場する美少女キャラの恰好だ。カケルもよく知っているキャラで、公式設定で胸が大きい。

 翡翠もえは胸元を強調する衣装を着、会場に集まったファン達にメッセージを送る。


「え~皆さん、今日は雪が降る中集まってくれて、本当にありがとうございました。風邪をひかないよう、寄り道せずに帰宅して下さい。

 道が凍っているかもしれません。電車に間に合わないな…と思っても、走らず慌てず帰ってくださいね。」


 そう言って、深々とお辞儀をする翡翠もえ。

 凄い礼儀正しい子だな…。カケルはそう思った。

 あと、おっぱいが大きい…カケルは強く、そう思った。

 翡翠もえの恰好は、そのキャラに合わせて薄着である。なによりも彼女が心配されなければいけないのに彼女は自分の事よりも、この場に集まってくれたファンの事をなによりも心配していた。


 可愛くて…優しい子。周りに気を配れる人。こんな女の子を彼女にできたら……カケルはそんな妄想にふけながら、コメントを書き込む。



 カグラ @kagurazaka34 1月26日

 雪の中、お疲れ様です!

 遅ればせながら、今日あなたの事を知りました

 ほんと可愛い! 応援してます


 ふう……。思わずコメントしてしまったが…何気にゼータ初投稿だな。普段はほぼ使わないし。

 翡翠もえさんから、返信きたらどうしよ……♪

 って、くるわけないか…ははは。

 男子特有の都合のいい妄想に浸ってるカケルをよそに、黒いスマホの画面内ではベルがプラモの組み立ての最終段階にきている。


『よし、あとはこれをつけて……』


 と…カケルのゼータに返信が着く。


「え…!?」


 ま、まさか……ほんとに翡翠もえさんが返信?

 カケルはその大きな目を更に見開き、通知のリンクをクリックする。

 一方スマホの中では、ベルがプラモデルの零式艦上戦闘機を完成させた。


『見てください、マスター! ついに…』




 セイイチロー @hegiri 1月26日

 なにがほんと可愛いだよwww

 学校にこねえで翡翠もえの動画でシコってんのか、お前ww



「ああああああああああああああああ!!! しまったあああああ!!!!」



 叫ぶカケルに、驚き呆れるベル。


『な…なんですか、マスター…!

 株の大暴落を見たトレーダーみたいな声を出して…』


 …ゼータにコメントするってことは、相互フォロワーに見られるってことで……

 くっそおおおおおおお!!! やらかした!!

 カケルはモニター画面を前に頭を抱える。


『……マスター? 大丈夫ですか?』


「………大丈夫じゃない」


『そうですか……それより見てください、これ。

 かつての日本が誇った名戦闘機、ゼロ戦の完成です!』


 ベルが誇らしげに完成品を掲げるが、カケルは見向きもしない…もとい、そんな余裕は今ない。

 セイイチローのフォロワー数は、現在2193人。

 その中にはセイイチローのクラスメイト…つまり、カケルのクラスメイト達が多くいる。

 彼らがセイイチローのポストに対して反応を示してくる。



 [神楽坂~お前、引きこもってなにやってんだよww]


「しょうもねえwwレイヤーでシコってる暇あったら、学校に来いよ]



 くっそお……セイイチローの奴ぅう~~! お前のせいで…お前のせいで……!!

 つうか、フォロー解除するか…?


 ……………


 そうだよ……ブロックしちゃえばいいだろ、これ…

 奴とフォロワーになってる理由なんて、なんもないんだ!

 そう考えを巡らせているカケルのことを知っているかのように、セイイチローがゼータにコメントする。



 セイイチロー @hegiri 1月26日

 あいつ絶対、オレの事ブロックするぜ!

 ヘタレだからな

 見てろよ、ぜってーブロックして涙目逃走するからwww



 カケルは苦虫を潰したような顔の最上級バージョンで、ゼータの画面を睨みつける……。

 ちくしょうが!! そんな事言われたら、ブロックできねえじゃねえか、コラ!

 セイイチローのポストには、" いいね "がいくつも付く…。ここでブロックかフォロー解除でもしたなら、クラス中どころか学校中の笑い者だろう。

 学校に通うという選択肢を自ら潰して引きこもりになったカケルだったが、やはりクラスメイトからどう見られてるかは気にしてしまう…。そもそも気にしてるから学校にも通えず、外にも出れない引きこもりなわけで………。


 ああああぁ…もお~~~!


 カケルは首のつけ根あたりで結った髪をほどき、髪を掻きむしりながら部屋の中をうろうろと歩き回る。


『マスター、見て下さい!

 日本の名戦闘機です!』


「うるっさい、もう!」


『ぶう~~~! ひどいです、マスター』


 ったくもう…自己主張の強いAIだな……実はどこかの人間が演じてるとか、そんなオチじゃないだろな。

 などと、そんなどうでもいい事を考えているとゼータにまた返信の通知が入る。


「なんだよ……そろそろ部活の時間じゃないのか。

 それともあいつ、野球部辞めたのか?」


 落ち着かず部屋をうろついていたカケルは、ぶつぶつと文句を言いながらスマホを見る。

 またセイイチローから返信が着たかと思ったが、通知欄に表示されたアカウント名は……。




 鼻ウンコほじほじ @anegawa 1月26日



 ………………は?



 鼻ウンコほじほじ @anegawa 1月26日

 女はクソ!

 ウンコにお疲れ様です、とか言うなアホ!!

 お前はウンコにたかるハエか、こら!

 翡翠もえは男をエロで釣ってるクソ女!

 清純な女だと思ってる?

 クソだぞ、こいつ




 …………なんか…凄い荒らしに絡まれたんだが……

 どうしよ……。


 この時のカケルは、まだ気づいていなかった。

 これが自分の人生を決める、運命の出会いだった事に………。

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― 新着の感想 ―
楽しく拝読させて頂いております! 最新話を読んでから感想を,書こうと思ってたんですが! が! セイイチロー君が面白過ぎて! 好きですね〜。こういう奴! 続きも楽しませて貰いますね^_^
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