114. 魔法使いの謝罪
「ぺ、ペケゾーって…………」
驚きの顔をする磯貝寿美子。その一方でカケルは泣き出しそうな顔で、なんとか声を振り絞って話し続ける。
「ひ……ヒキ板で去年、荒らしにきた…………あ、ごめんなさい!
その……書き込みをしてたあなたに酷いことをしてしまって…………」
「……………………」
「ご、ごめんなさい!」
カケルは直立不動に立ったかと思うと、そのまま90度に頭を下げた。
「ただ、その……謝りたくて…………!」
ブラック企業勤めの社員のような謝罪の仕方……それは子供の時に、神楽坂家の独裁者だった父親に叩きこまれた謝り方だった。
目の前で頭を下げている子供を目を丸くして見つめる中年女性、磯貝寿美子。
彼女は……去年のクリスマスイブに自分を徹底的に侮辱したヒキ板の魔法使いことペケゾーを、こどおじ……子供部屋おじさんだと思っていた。レスバトルの中でペケゾーは、自身を16歳と言っていたがそれは嘘で、実際は30代か自分と同じ40代のおっさんだろうと思った。
一ノ谷家との騒動がニュースで話題となり、ペケゾー本人が撮ったとされる本人画像が流れたが、それも加工したものだと結論づけた。
それだけに、目の前にいる(……寿美子自身はこの時、男子中学生かと思っていた)少年が、「ペケゾーです」と名乗ったのは衝撃だった。
「嘘でしょ!? あなたが、あのペケゾー……?
なにか……なにか証拠でもあるの!?」
「ああ……えっとお…………。
あ……! 一ノ谷家とのレスバで上げた画像……」
カケルは自身のスマホを取り出し、ゼータにアクセスする。
SNSアプリ、ゼータにおけるペケゾーのアカウント。魔法のスマホ、エイト06が写るように撮った画像のポストを磯貝寿美子に見せる。
「これを……一ノ谷家に送ったんです。こっちは在在センにアクセスできるんだぞ、って。
そのあと、この画像はネットに拡散されて、テレビでも流れましたけど……」
画面半分には、ライチョウマークが印されたスマホが写され、もう半分には黒マスクをしたカケルの顔。その画像をポストしている状態がカケルのスマホに表示されていた。
「……あなた、ほんとにペケゾーなのね…………正直びっくりだわ」
寿美子は、ただ茫然と目の前にいる小さな少年を見つめている。
大きな眼鏡の奥にある少年の目は大きく……その目には涙が溜まっていた。寿美子にたいして、本当に申し訳ないと思っていることは見てとれた。
実家暮らしの無様な高齢引きこもりだと思っていた相手は、十代そこそこの子供だった……しかも目に涙を溜めて謝っている。寿美子はすっかり、拍子抜けしてしまっていた。
そんな寿美子を前にカケルは、覚悟を決めていた。
怒られる、罵られる……でもしょうがない…………まな板の鯉の如く、磯貝寿美子の出方を待つカケル……。しかし寿美子は、ただカケルを見つめているだけだ。
「あ……えっと」
カケルが、どうしていいかわからず呟く……と、
「おい、寿美子。客か?」
平屋の木造住宅より、年配男性の大きな声が聞こえる。
「あ……わたしのお客さんよ。
お父さん、またちょっと出かけて来るわね。慰労会の食材は買ってきたから」
「……慰労会?」
「11日に餅つき大会をやったのよ……それの慰労会」
「え……? 餅つきって、今2月……」
「ここら辺はね、2月の11日にやるのよ。
紀元節祭に合わせてね」
「ふ、ふう~~ん」
紀元節祭? なにそれ……11日って、建国記念日のこと?
考え込むカケルをよそに寿美子は引き戸になっている玄関の扉を開け、荷物を玄関先に置くと庭先のカケルの元へと帰ってくる。
「父親が出てくると話がややこしくなりそうだし……。
ねえ……ちょっと場所、変えてもいいかしら?」
「は、はい……。おれは別に」
カケルがそう言い終わると、寿美子は庭の間口に向かって歩き出す……カケルもそれに続く。両側一車線の車道に出て歩き出した時、一人の中年男性とすれ違う。
「あれ……寿美子、その子は?」
口にタバコを咥え、無精ひげを生やした男が言う。
「……わたしの知り合い。ちょっと出かけて来るから…………。慰労会で使う品は買い終わったわ。
っていうか、兄さん……回覧板、回してないじゃない。買い物ついでに回しといたけど……」
「ああ……わりい、わりい! 忘れてたわ」
不機嫌な顔をした寿美子のことなど意にも介さず、寿美子の兄らしい男はボサボサ髪の頭をかきながら、磯貝家の庭へと入っていく。
「…………お兄さん?」カケルが質問する。
「……そうよ。わたしと同じで、いまだ独身。
駅前の飲み屋で朝まで飲んで……そのまま店で酔い潰れてたんでしょうよ。馴染みの客みたいだから、店のママからは大目に見られてるみたい」
大人の世界を覗いたことのないカケルは、よくわからないまま納得した……。
一方、磯貝家の庭では……寿美子の兄が、音を立てながら玄関の引き戸を開ける。
「親父~~今帰った!」
「おお、守~帰ったかあ!
ちょっと来いよ、こないだの餅つき大会だけどよお~~!」
必要以上に大きな声が、家の中から漏れる……が。
「……いきましょう」
寿美子は磯貝家の男達の会話に興味など持たず、カケルをこっちに来るよう促す……。よくわからないまま、それに従うカケル。
「い、磯貝さん……えっと、どこに?」
「……どこだっていいわよ。とりあえず…………うちの男共から干渉されない場所」
スタスタと歩き出す寿美子。カケルは寿美子の横につき、並んで歩く……。傍から見ると母親と仲良く歩く、男子中学生のようだった。
無言で一車線の道路を歩く二人……。どこへ行くのか、ひたすら前に進む寿美子相手にカケルはどうしていいのかわからず、周りの風景に目をやる……。
手書きのチラシが電柱に貼ってあるのが目につく。
2月11日御殿山餅つき大会 とある。
「……さっきも言ったけど、ここら辺では昔から2月に餅つきをやる習慣なのよ。紀元節祭って、知ってる? まあようするに、建国記念日ね……初代天皇が即位した日らしいけど…………。
で、それの慰労会が今日の午後にあるの。そこで振る舞う料理は、各家庭が当番で作って会場に持っていくのよ。わたしのところはお稲荷さんを作って、持っていかないといけないの」
「そうなんですか……。
じ、じゃあ……家に帰って、お兄さん達のお手伝いをしないといけないんじゃ…………」
「はあ~?
兄達が手伝うわけないじゃない……! 慰労会の準備するのは女の仕事って決まってるし」
「……お父さんとか、手伝わないんですか?」
「ははは……! するわけないでしょ。男どもは慰労会で酒飲んで騒ぐのが仕事なんだから。
餅はつくけど、それを料理するのも片付けるのも、女の仕事になってんのよ…………この町は、昔からそういうところ」
「そ、そう…………。
あの……忙しい時にお邪魔しちゃって、その……すみません」
「いいわよ。慰労会は6時からだし……準備始めるのは2時か3時くらいだから、余裕はあるわよ」
「………………」
…………再び、無言で歩く二人……。
先に口を開いたのは、寿美子だった。
「ペケゾー君……。あなた…………わたしに謝罪しに来たんだっけ?」
「…………はい、ごめんなさい……。
あ、いや……自分の名前は、カケルです。神楽坂翔琉」
前を見て歩いていた寿美子は、カケルの方に振り向く……。
「いいの? 本名教えちゃって……?」
「……はい、匿名のままじゃあ卑怯だし…………
えっと、あんな酷いことして…………本当にすみませんでした」
カケルは改めて頭を下げた。
「…………いいわよ。そもそも最初に掲示板を荒らしたのは、わたしなんだし……」
実際、磯貝寿美子は、もうどうでもよくなっていた。
カケルと合う前まで、ヒキ板の魔法使いペケゾーは殺したいほど憎い奴だった。しかしそのペケゾーの正体は、小さな子供だった……。ヒキ板の魔法使い、なんて呼ばれてるのだから、引きこもりなのだろう……。それなのに、わざわざ外に出て自分に謝りに来た。しかも自ら本名を晒している。
もう…………充分だった。
磯貝寿美子は、目の前にいる純粋な子供を責める気にはなれなかった。




