113. 皆ができる事ができない
「まもなく 城之谷、城之谷。お出口は左側です。なお、御殿野線はお乗り換えです……」
カケルを乗せた電車は、静岡県城之谷駅に到着する。磯貝寿美子が住む御殿山町へは、ここで乗り換えとなる。
静岡県城之谷市。富士山と箱根へと続く交通の要。日曜日とあってか、観光客でごった返しており、外国人も多く見かける。
人混みの中カケルは構内に立ち止まり、乗り換えのホームを探す。案内板を見上げるカケルの横を乗客達が足早に通り過ぎて行く。川の流れのように止まることのない人の群れ……その中でカケルは、案山子のように突っ立っていた。
" 邪魔だなあ……! " カケルの脳内で、通り過ぎて行く人達の声が勝手に再生される。
実際は誰も、カケルの存在など気にも留めていない。しかしカケルの頭の中では、ありもしない妄想が次から次へと膨らんでいく……。
さっきからずっと案内板を見ている自分を誰かが撮影してネットに配信してるんじゃないか? 今、自分は笑い者にされてるんじゃ…………。
妄想がさらに酷い妄想を作りあげる……。
動画配信サイト、タクサンネルの配信ページが頭に浮かぶ。そのコメント欄には……
[こいつ、さっきからずっと案内板見てるけど電車の乗り方わかんねえの?www]
[とっとと歩けよ! 駅で立ち止まってるやつ、マジで邪魔!]
[小学生でも電車の乗り換えできるぞ、こいつ何歳よ?]
………………勝手に作り出した妄想に、カケルは焦り、怯え……動悸が激しくなる。
た……立ち止まるな、みんなに笑われる……!
御殿野線は、5番ホーム。この先を右だ……とっとと行こう!
カケルは歩き出し、角をすぐに右折する。右側を歩いたまま階段を降り…………昇って来た乗客とぶつかりそうになる。
「……っぶねえなあ」
30代くらいの男が、すれ違いざまに小さく呟く。そのまま去って行ったが、その言葉はナイフのようにカケルの心に刺さった。
5番ホームまで降りると、頭を抱えながら椅子に座りこんだ……。さきほどと同じ様に、存在しない配信ページのコメント欄が勝手に浮かぶ。
[駅構内は左側通行が基本だろうが! そんなこともわかんねえのか!]
[俺だったら、胸ぐら掴んで文句言ってるわ!]
[はっきり言って迷惑、マジ死んでほしい]
カケルは椅子に座ったまま、動かなくなっている。
……もう、帰ろうか…………普通に電車すら乗れない……。
おれ…………なにやってんだ? こんなことして、なんになる……磯貝さんのところに行ったって、怒られるだけだ……。
そうだよ…………あんな酷いことしたんだ、謝って許して貰えるわけがない。罵倒され、罵られるのがオチだ。これだけ苦労して行ったところで、なんにもならない…………。
もう……帰ろうかな。
引きこもり少年の決心が揺らぎ始めた時、グッドタイミングと言うべきか否か……恋人である、もえからの電話。
「…………もしもし」
「カケル君、どう……? 磯貝さんのところ、行けそう?」
「……今、城之谷駅。もうちょいで着く感じ」
「あ……外、出れたんだ。ごめんね、正直言うと、出れないかなあ……って思ってた」
「いや、謝ることないよ……ぶっちゃけ、挫けそう。 もう帰ろうかと思ってた」
「挫けないでよ……! カケル君、ここまで頑張ったじゃん。
わたしの彼氏は、ここで逃げるような男の子じゃないでしょ?」
「……うん」
「無事、任務達成したらさ……
もえのおっぱい、揉んでいいよ?」
「ははは……」
安全な自室に居たならば、驚きと喜びで舞い上がるカケルであったろうが、正直今は、下心に響かなかった……。
とはいえ……彼女から応援されたのだ。カケルの気力ポイントは、ある程度回復した。
5番ホームに御殿山行きの電車が入って来る。カケルは、もえとの電話を切り、電車に乗り込む……。
頑張れ……
頑張れ!
カケルは、そう何度も自分に言い聞かせた。
午前10時10分 御殿山駅
改札口で切符を回収していたのは、すっかりと禿げあがった頭に白い口髭の老人。現職の鉄道員ではないだろう……ボランティアかバイトだろうか。
そんな彼に切符を渡し、カケルはようやく御殿山町に降り立った。駅前にあるのは、飲み屋と食堂……それと観光案内所。それ以外には築何十年と経ってそうな木造アパートだけだった。
引きこもる前でも降りたことのない駅……。良いのか悪いのか、駅前だというのに人はいない。
「……ベル、御殿山町中山827-1まで、ナビしてくれ」
『わかりました。磯貝さんの自宅に、謝りに行くんですね♪』
「そうだよ。なに嬉しそうに言ってんだ、もう!」
『別に嬉しくはないですよお~~。ただ、マスターが成長してくれたなあ……って、思っただけです』
「……ふん!」
なんで、年下の奴(ベルの見た目は12歳くらいの女の子である)に、成長を喜ばれなきゃいけないんだよ。
……カケルはブツブツ文句を言いながらも、ベルにナビゲートされながら御殿山町を歩いて行く。
人とは、ほとんどすれ違わない。目に入る風景といえば、古い住宅と田んぼ……それに空き家だった。
遠くで犬の鳴き声が聞こえる……飼い犬だろうか。
水張りがされた茶色の田んぼを横切りながら、カケルは磯貝家へと向かう。歩を進め、近づく毎に緊張する……。
怒られる…………罵られるよな、絶対……。
心臓の鼓動が早くなるのを感じながらカケルは、古びた個人商店の前を通り過ぎ…………磯貝家の前にやって来た。
築30年は経ってそうな、木造住宅。平屋だが庭は広い。車庫もあり、軽トラックが停まっていた。
カケルは表札を確認する……たしかに磯貝とある。
…………ここか。
さて…………どうしよう? ここまで来ることばかり考えて、来たあとのことは考えていなかった……。
チャイムを鳴らすか……? い、いや、赤の他人だぞ……なんて言えばいいんだ。
だけど……庭の間口に立っててもしょうがない。
い、行くか……。
カケルは磯貝家の庭へと足を踏み入れる……庭先の物干し台には、いくつもの洗濯物が干してある。スカートと並び、男性が履くような作業ズボンも見えた。
男…………ああ、実家暮らしって言ってたから、父親の洗濯物かな。
……チャイム鳴らして父親が出てきたら、どうする? なんて答えたらいいんだ……。
どうしていいのかわからず磯貝家の庭先で、ただ突っ立っているカケル。
「…………どちら様?」
背後から女性の声。カケルはびっくりして、振り向く! そこに居たのは…………。
中肉中背の女性。年齢は40代くらいだろうか……。地味な顔立ちに地味な服。髪は染めているのか、白髪の見えない黒く長い髪……首のつけ根辺りで結ってまとめている。
カケルは、目の前の女性を一度、写真で見たことがある……。在在センからダウンロードした自称港区女子の個人情報。そこに貼られていた港区女子こと磯貝寿美子の写真だ。
「…………い、磯貝寿美子さん?」
「……そうですけど…………あなたは?」
明らかに不審者を見るような目で、カケルを見る磯貝寿美子。肩にはトートバックをかけている……買い物の帰りだろうか。
「あ、えっと……えっと、おれは…………」
「……………………」
「おれは……ペケゾーです!!」
「…………え?」




