109. 引きこもり少年は決意する
…………………………電気の点いてない子供部屋…………パソコンのモニター画面が発する光だけが、部屋を照らしている……。
その部屋の主であるカケルは親に買って貰ったゲーミングチェアの上で、あぐらをかきながら、うなだれたままだった……。
階下より母親の声が聞こえる……。
「翔琉、お風呂空いてるわよ……入っちゃいなさい」
カケルは返事をしない…………。飼い猫のナツが階段をかけ上がってくる音が聞こえる。
「にゃ~~~」
二階にやって来たナツが鳴きながら子供部屋のドアに爪を立てる。
…………カケルは自身のスマホを手に取り、どこかに電話をかけ始めた。
スマホを耳に当てながら椅子から立ち上がり、気まぐれにやって来たナツを部屋に入れてやる。
「もしもし、カケル君。どうしたの?」
電話に出たのは恋人の翡翠もえこと、姉川萌だった。
カケルは倒れるようにベッドの上に寝っ転がり……もえに、さっきまでの顛末を話す。
その間……ナツはカケルの傍まできて、添い寝をするように丸くなる。
「…………最低だよね、おれ……」
カケルはナツを撫でながら呟く……。
「……話してくれて、ありがとうカケル君。嬉しいよ」
「……う、うん」
「そだね、最低だね……。荒らしとはいえ、相手の性経験を煽っちゃうなんて」
「……うん…………」
「だけどね……そういうこと、隠さず全部話してくれるカケル君、好き」
……もえさん。
「わたし、カケル君がイケメンだから好きなんじゃないよ。ストーカーのアヤ丸をやっつけてくれたからでもないから。
いや、アヤ丸を撃退してくれたのは感謝してるけどさ」
「うん……」
「わたしがカケル君のこと好きなのは……なんでも話せるから。
カケル君は、わたしの家庭環境のこと、家出したこと……援交やろうとしたことも全部受け入れてくれた。わたし……カケル君になら、自分のこと全部話せるんだ」
「……………………」
「そしてね……カケル君も、自分のこといっぱい話してくれた。父親が嫌いなことも、お弁当屋さんの志村さんに悪口言ったこと……。
そして今も、荒らした女の人を侮辱したことも話してくれた。みんなみんな、全部わたしに話してくれた……!」
「うん……最低なおれの話聞いて、嫌いになった?」
「ならないよ! だって全部、ウソつかずに話してくれたんだもん!
何度も言ってるじゃん、わたしもウンコだって! ウンコのわたしがカケル君のこと、責められるわけないじゃん!
そもそもカケル君、ちゃんと反省してるしさ……偉いよ! さすがはわたしの彼氏だ、惚れ惚れするぞ、うん♪」
「…………ありがとう、もえさん……。
好き……へへ、大好きだよ……なんて♪」
「うん、わたしも好きだぞ、カケル君!」
スマホ越しに聞こえる明るく無垢な、もえの声を聞きながらカケルは思わず泣きそうになるが、それはカッコ悪いと涙を堪える。
「もえさん……」
「なにかな? わたしの愛しい彼氏君♪」
カケルの中には、ある決意が固まっていた……。
最初は……消えてなくなりそうな、小さな決意だった。しかし……!
もえと話せたことで、その決意は大きくなり……やがては決して崩れることのないほどに大きく…………そして固くなっていた。
黒猫のナツが大きくあくびをし、毛づくろいを始める……。
そんなナツを眺めながら、カケルはもえに伝える。
「…………おれ、磯貝寿美子さんに謝りに行こうと思う」
「磯貝寿美子さんが住んでる静岡県御殿山町って、電車で一時間もかからない距離だし…………おれ、謝りに行って来る」
「え、マジ!?
だってカケル君、引きこもりでしょ? 外でれるの?
それとも、夜に行く気?」
「にゃ~~~」
ベッドの上が飽きたのか、ナツはベッドの上から降りて部屋をうろつき始める。
カケルもナツの動きに合わせるようにベッドから起き上がる……。
「夜になんていかないよ、相手に失礼だし。
…………昼間行く、昼間……謝りに行く」
「……外、出るんだ。
もえとのデートは断ったのになあ~~」
「えっと……ごめんなさい」
「いいよ、そんな謝らなくったって♪
へへ、カケル君が外に出ること決断してくれて、わたしも嬉しいよ。
…………一緒に行こうか?」
「い、いいよ!
子供じゃないし!」
「ぷぷっ! 体はお子様のショタ坊主♪」
「うるっさい!!!」
カケルはチビ……というより、小学生並みの体形に激しいコンプレックスを抱いていた……。
「と、とにかく……行って来る」
「……明日?」
「……………………」
引きこもりのサガか……即断できないカケル。
「明日、行くんだよね?」
その引きこもりの心情を知ってか知らずか……もえからの圧かけまくりの発言。
「う、うん……明日、行く」
その圧に、あっさり負けるカケル……。
「さっすが、わたしの彼氏! 頼もしいぞ、カケル!
帰ってきたら、今度はわたしとデートしようね♪」
「う、うん…………」
そして……もえとの通話は終わった。
「にゃ~~~ご」
カケルの部屋に飽きたナツが、ドアにカリカリと爪を立てる。ドアを開けて、ナツを解放してやるカケル。
ドアを閉めながらカケルは思う……。
今日は脱ヒキのチャンスが三つもあった。
もえからのデートの誘い
ブラマスメンバーからのオフ会
そして…………。
磯貝寿美子への謝罪。
カケルが選んだのは、かつて自分が傷付けてしまった女性、磯貝寿美子への謝罪だった。
明日……明日、いくのか…………静岡県に……。
……べ、別に明日じゃなくてもいいんじゃ…………。そうだよ! 明後日でも、その次の日でも……。
途端にヘタレるカケル……。
「べ、ベル……明日の天気予報は?」
『晴れですね、明日、日曜日は快晴です』
「そ、そう…………」
明日、日曜日かよ……! 外に人、いっぱいいるだろ!!
「げ、月曜日の天気は……?」
『月曜日は朝から雨です。火曜日まで荒れた天気となり、水曜日には雪に変わります。木曜日には再び雨に変わりますが、日曜まで降り続け、雪になる可能性もあります』
な、なんだそりゃ……。
ようするに、外出するチャンス、明日だけじゃねえか……コラ!
よ……よりによって日曜日…………外に出るのか!?




