百四十六・対面
(な、な、な……)
目の前に現れたその姿――
聖王……!? ユリウス……!!?
(最悪だ……なんでこの人がここにぃぃぃ!!!)
冷や汗が背中を伝う。魔族より怖ぇよこの人。
絶対バレちゃいけない相手ランキング、ぶっちぎりの一位だぞ!?
そんな俺の動揺をよそに、当の本人は相変わらずの柔らかい笑みで歩み寄ってくる。
「初めまして……君が、“終焉の魔人”だね? ボクはユリウス」
微笑みながら、まるで旧友にでも会うような口調で言ってきやがった。
(うわああああああぁぁぁぁああああ!!!バレてるぅぅぅぅ!!!)
でも――焦ったら負け。
冷静に、クールに、かっこよく。俺は“終焉の魔人”なんだから。
演技、開始。
「……聖王、ユリウスか。一体何の用だ?」
わざと低く、感情を殺した声。
ゆっくりと顔を上げ、赤い眼光で睨み返す。
「ボクは君に興味があってね……。
でも、その前に――招待されていない客には、引っ込んでもらおうか」
ユリウスがそう言った瞬間――
(いや、あんたも招待されてないですよ!?!?)
心の中で思いっきりツッコんだ。
だが、次の瞬間、何もかもがどうでもよくなった。
――光すら見えなかった。
ほんの一瞬。
ほんの、まばたき一回分の刹那。
それまで俺を囲んでいた魔族たちが――すべて、消えていた。
いや、正確には。
地面に散った黒い灰と、空気を切り裂いた衝撃波だけが“何かがあった”ことを示していた。
(……え?)
(え、え……今、何が……?)
(な、なんだこれ……)
ただの爆発じゃない。
ただの大魔法でもない。
これは――支配。
空間そのものを“制した”ような、異常な現象。
(これが……魔法なのか……?)
(これが……“聖王”の力……!?)
息を呑む間もなく、ユリウスは微笑みを絶やさず、俺の方へと向き直る。
その足取りは、まるで何事もなかったかのように――優雅だった。
「さて! 綺麗になったね」
まるで掃除が終わったかのように、爽やかに微笑むユリウス。
足元には、灰と残滓だけが散っていた。
(この人……怖すぎる……!!)
笑ってるのに、背中が凍える。
俺の《瞬間転移》より早くて、範囲魔法みたいに広くて、ピンポイントで的確――
まるで、“全部が完成された魔法”。
そんな相手が、真っ直ぐに俺を見つめる。
「単刀直入に問おう」
声色が、すっと冷えた。
「終焉の魔人。君は一体何者だい?」
視線が鋭さを増す。
「何を目的としている? 何のために戦っている?
君は――“魔”と“聖”、どっちの味方だ?」
その言葉に、空気が重くなる。
視線だけで、心を見透かされそうになる。
声もなく、圧力が降りかかってくる。
(呑まれるな……!! 動揺の姿を見せるなッ!!)
(感情を殺せ……“終焉の魔人”として――)
俺は、ほんの一瞬、目を閉じた。
そして――そのまま、低く静かな声で告げる。
「……オレは……この世界を、終焉に導く者……」
ユリウスが、ふっと瞳を細めた。
「世界を、終焉に導く……」
繰り返しながら、笑みは消えた。
「つまり君の“敵”は――世界そのもの、だと?」
その言葉が、静かに森に落ちた。
「だったらボクは――」
それまで柔らかだった声が、ぴたりと冷たくなる。
「“聖王”として、君を“排除”しなきゃいけないね」
その瞬間、空気が凍った。
ユリウスの笑顔が、静かに――完全に消える。
瞳は氷のように透き通り、感情の気配すらない。
(やばい……!!)
直感が全力で警鐘を鳴らす。
身体が自然に後ろへ下がりかけた。
逃げろ、とも、戦え、とも、判断が追いつかない。
(……なにか来る……!!)
空気が震えた。魔力の密度が、圧倒的に変わった。
見えない何かが迫ってくる――
否、“構築されている”。目に見えぬまま、すでに術式は完成しつつある。
(……詠唱が、いらない!? そんな馬鹿な……!!)
目の前にいるのは、“聖王”。
この世界における“魔法の象徴”――最強の使い手。
その彼が、今。俺に向けて――本気で殺しに来た。
(こうなったら……やるしかない!!)
俺は全身の魔力を一気に集中させ、右腕に黒き焔を纏わせる。
《黒焔刀》――展開!
手に握るのは、漆黒の剣。
ただの武器じゃない。“終焉”を象徴する、俺の力の象徴。
瞬間、周囲の温度が跳ね上がり、木々が軋む音がした。
(来るなら……こい!!)
戦闘開始の合図は、もう整っていた――
……はずだった。
ユリウスが、突然、ひらりと手を上げて笑った。
「な〜んてね!」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
「冗談だよ、冗談。すまないね。
ボクは君に興味があってね、つい……悪い癖が出てしまった」
笑顔が戻っている。
さっきまでのあの“殺意の塊”はどこに消えたんだよ!?!?
(いやいやいやいや……怖すぎるだろこの人……!!)
剣を構えた俺の手が、じわっと汗ばむ。
(完全にペース持っていかれてる……!!)
――その時。
ユリウスの瞳が、一瞬だけ鋭く細められた。
けれど、それは俺には聞こえない“心の声”だった。
(……それにしても――終焉の魔人。底が見えない)
(もしここで戦えば、負けるのはボクの方かもしれない)
(面白い存在だ……ますます目が離せないね)




