狙われる者
その頃フェイとジンは、タイにあるリュウの家に居た。
未だに意識が戻っていないジンに、山に薬草や食料を取りに行ったりと、自分の事など考えずに必死になって看病を続けるフェイだった。
そんな中で思い出すのは、
〔お前があの時わし達を…… 〕
それは、ジンが撃たれる前にワンが言った言葉だった。
「あなたも、私と同じ事をしていたの。
その度に、こんなに傷を負っていた…… 」
そう呟くと、ジンの手が手首を握って来た。
「そうだよ。
僕も、数年前からリュウ恩師の仇を討つ為に動いていたんだ」
「気が付いたのね、ジン」
「ああ、君のお蔭で助かった。
ありがとう、フェイ」
痛む傷口を抑えながら起き上ったジンだった。
「大丈夫…… 」
「フェイ、聞いて欲しいんだ。
僕は、此処を飛び出した後…… 」
ジンは、今までの事を話し始めた。
「先ず、強くなる為に色々な武術を身に付けようと、旅に出たんだ。
タイの国技『ムエタイ』や、アメリカでは『ボクシング』。
韓国では『テコンドー』、それに日本では『古武術』。
そして、軍隊にも入った。
在りとあらゆる武術を身に付け、そして人を殺す為のものにしてきた。
その後日本に行って、国籍を偽造し警視庁に入り込んだ。
そこから、リュウ恩師を殺した犯人を調べたんだ。
そして、それが殺し屋組織の『アサシン』という事が解った。
その時から、『アサシン』の殺し屋達を狙った。
更に、あいつ等と同じ証の『髑髏の描かれている紙』を、殺した後に壁に貼って来た。
そうする事で、あいつ等が俺の存在に気が付くと思ったからだ。
これを続けていけば、チャイニーズマフィアの『蛇道』と『王一族』を狙う時がやって来る。
そうなれば、必ず最後に『アサシン』のボスが出てくると思っていた。
そして思った通り、奴が出てきた。
あのウィリアムスが…… 」
その話を聞いて、自分も同じ思いで同じ様にやってきた事を、フェイは話さないといけないと思った。
「ジン、私もあなたと同じ事を…… 」
すると、ジンが口に手を当てた。
「静かに、外に何かの気配がした」
その言葉に、フェイも耳をすませた。
「何者かが、こちらに向かって来ている。
それも大勢だ」
ジンの言った通り、山の麓から林を掻き分けて来る者達の姿があった。
それは、軍隊差ながらの訓練を受けた武装集団だったのだ。
「あの時と同じだ」
ジンがそう言った。
「その体では、戦うのは無理だわ。
ここから早く逃げないと」
そう言ってジンを抱き起したが、もう遅かった。
家の周りは、武装集団に囲まれてしまった後だった。
「あいつ等…… 」
「くそぉ…… 何処か、逃げ場はないの」
二人は周りを見渡した。
一人の男が手を上げると、それを合図に銃を構えた。
暫くして、男が右手をすっと下した。
どれくらい続いただろうか。
タイの山中で、機関銃の凄まじい音が鳴り響いた。
それは、数十秒、いや、数分間。
家の柱や壁を破壊するほどの衝撃。
周りにあった木々は倒れ、粉塵が舞い上がった。
暫くして、一人の男が再び手を上げた時、機関銃の攻撃が止んだ。
そして、霧の様な粉塵がはれて来ると、そこにあった筈のリュウの家は、跡形もなく瓦礫と化していた。
それを確認すると、武装集団は林の中に消えて行った。
辺りは既に、薄暗くなっていた。
その頃、大島警部とキャサリンはイタリアの空港に居た。
もうイタリアに居る意味が無くなったのだ。
ジニーニョ一家が壊滅して、チャイニーズマフィアも中国に帰ったに違いない。
二人の行く先は中国だった。
道中での大島警部は、常に田辺警部補の事を考えていた。
〔『アサシン』の正体はウィリアムスだった。
そして奴は、昔の仲間リュウを殺した。
そのリュウは、フェイとジンと言う男の育ての親だ。
恐らくは、あのウィリアムスがチェンとワンを殺しに来るだろう。
そしてその時、必ずあの二人も姿を現す。
チェンとワンを見張っていれば、その時こそ全てが動き出すだろう〕
そんな事を考えていた大島警部だったが、これまでの出来事でかなり疲れていたのだろう、気付いた時にはキャサリンの肩に寄り添って眠っていた。
どれくらい眠っただろう…… 。
頭に伝わる振動で目が覚めると、キャサリンが小さく震えていた。
意識が朦朧としていて、周りの状況が解らない大島警部だったが、微かに異常な声が聞こえてきた。
「お前ら大人しくするのだ。
この飛行機は、俺達の獲物が乗っている。
そいつ諸共、お前等はみんな死ぬんだ」
飛行機はジャックされていた。
静かに目を開けた大島警部は、頭を軽く動かして意識が戻った事をキャサリンに知らせた。
「ジャックされたのはどれくらい前だ」
「まだそんなに経ってないわ」
「こいつ等の正体は何者なんだ。
何が目的だ」
「解らない。
ただ、この飛行機に乗っている客の中の誰かを殺すのが目的みたいよ」
「誰かを殺す為に飛行機に乗り込むなら、このまま破壊するとでも言うのか」
二人は、犯人達に知られない様に、小さな声で話をしていた。
「俺が寝起きを装って、奴等の気をこちらに向ける。
その隙に、キャサリンはあいつ等に攻撃を」
「出来ないわ、そんな事。
敵が多いから、危険すぎる」
「いいから、やるんだ。
後は、俺が何とかするから。
とにかく俺を信じろ」
大島警部はそう指示すると、寝ぼけた男を演じた。
「ああ、なんだお前等。
ちょ…… ちょっと、トイレに…… 」
そう言って席を立った。
「おいっ、そこの男。
勝手に動くな」
犯人の一人が歩み寄って来た。
寝起きの振りをする大島警部は、千鳥足でよろけながらも、犯人の数を把握していた。
〔操縦室の前に一人で、こいつは機長を見張っているのか。
後ろの乗務員室にも一人居るが、奴は乗務員を口説いているのか集中していないな。
真ん中の通路にも一人ずつ居るが、こいつ等を取り押さえれば何とかなりそうだな。
まあ、とにかく全部で四人ってところか〕
大島警部はその事を知らせようと、
「あんた等、そんな所で何やっているんだ。
大の大人が四人もそこに居ちゃ、トイレにも行けやしないぞ」
そう言った。
すると犯人の一人が、
「貴様、聞こえないのか」
と叫びながら、銃で殴り掛かって来た。
その男を避ける為にしゃがんだ大島警部だったが、何故か犯人が目の前に倒れて来た。
そして犯人の額には、ナイフが刺さっていた。
他にも、通路に居た犯人は、何者かに後ろから抑えられ喉を切られていた。
その状況に、乗務員の所に居た犯人が、傍に居た女性を人質に取ろうとした。
だが、人質として捕まった女性が袖からナイフを出すと、下から犯人の顎目掛けて突き上げた。
更にそのナイフを抜いて、操縦室の前に居る犯人に向けて投げつけたのだ。
ナイフは、犯人の額に突き刺さっていた。
しゃがみこんでいた大島警部は、何が何だか解らないまま立っていた。
すると、ナイフを投げた女性が、
「大島警部、親方様からの命令で、あなた方の護衛をする様に言われています」
そう言って、座席に座った。
そこに居た者達は、チャイニーズマフィアの幹部だった。
ウィリアムスの手から、大島警部とキャサリンを守っていたのだ。
「そうか。
それじゃ君達と一緒に行けば、二人に会えると言うわけだな」
その大島警部の言葉に、首を横に振った幹部は、
「我々は、あなた方の傍にずっと居ます。
あなた方を守るのが我々の仕事ですから、本部には戻りません」
それを聞いたキャサリンは、
「でも、あなた達の手に負えない様な事になれば、二人の居る本部に行くしかないでしょ」
と言った。
しかし、
「我々は、全力であなた方をお守りします。
それで我々が死んでしまえば、別の者があなた方を守ります」
幹部はそう言った。
「まあ、呆れた。
それじゃ、使い捨てみたいじゃない」
そう言って席に座わるキャサリンだった。
「まあいい。
とにかく、助けてくれて有難う。
これも何かの縁だし、このまま一緒に中国に行こう」
大島警部も席に座った。
そして二人は、中国に到着した。
「ここの売上げも上昇してきて、安定を保っている。
ここの他、周りの店はどの様な状態だ」
「はい、周りの店も順調に売り上げが伸びています」
「この国のチャイナタウンも、しっかりと伸ばしていく。
責任者の君には苦労をかけるが、くれぐれも宜しく頼んだよ」
ワンは、イタリアから南米のブラジルに飛んでいた。
そこのチャイナタウンも、高級レストラン『王道』を中心に繁盛していた。
「それでは、わしは次の場所に移動するが、何かあったら直ぐに本部に連絡を入れなさい」
常に部下を思いやり、大切にしていたワンは、店の責任者にそう言って出て行った。
一方で、チェンもアメリカに来ていた。
ダラスにあるカジノに、その姿はあった。
「ここには、沢山のカジノがある。
わし達は、その中で中心的な存在でなくてはならない。
このカジノの存亡は、君達に懸かっているので、そのつもりでしっかりやってくれ」
チェンもまた、部下達を大事に思っている。
この様な二人の言動、行動、そして思いが、部下達にもしっかり伝わっていた。
それが、チャイニーズマフィアをここまで強固にした原動力である。
そして、チェンもアメリカを発った。
そして二人の向った先は、タイであった。
タイに到着したワンは、そのままリュウの家に向った。
「情報は入っていたが、これ程まで酷いとはな。
あの二人は、大丈夫なのか」
目の前の惨状に、心配そうに呟いた。
すると林の向うから、
「ワン大人も、二人の事が心配の様にみえるな」
そう言いながら、チェンが現れた。
「チェン大人、この有様はどういう事だ」
「かなりの攻撃を受けたみたいだ」
「これでは、二人の命は…… 」
ワンがそう言うと、
「いや、大丈夫のようですぞ」
ワンを、家の中央部に連れて行った。
そこには、床下に二・三人入る程の穴があった。
「二人は、おそらくこの穴に隠れていたんだろう。
そして攻撃が止んだ所を見計らって、安全な場所に逃げて行ったのではないだろうか」
その言葉に、胸を撫で下ろしたワンだった。
二人は直ぐに、ジンとフェイの居所を捜すよう部下に命じた。
ジンとフェイは、チェンが察した通り、床下の穴に逃げ込んでいたのである。
そして殺し屋達が過ぎ去った後に、破壊された家の瓦礫を押しのけて出て来た。
その時フェイは、殺し屋達の凄まじい攻撃で気を失っていた。
ジンはフェイを肩に担ぐと、そのまま山を降りた。
山を降りた所に、ムエタイ修行中に技を教えて貰ったジムがあった。
そこの師匠であるサンタオという人の所に向った。
突然のジンの訪問に、只事ではないと察したサンタオは、何も言わずに二人を匿った。
フェイをベットに寝せると、
「ジン、わしに出来る事があれば、遠慮なく言いなさい」
サンタオはそう言った。
すると、サンタオの娘が料理を運んできた。
「大した物は無いが、これでも食べてゆっくり休むといい」
サンタオは料理を差し出しながらそう言うと、部屋を出て行った。
「有難う御座います」
ジンは深く頭を下げて礼を言った。
その時、
「ジン、ここはどこなの?」
フェイが目を覚ました。
「フェイ、大丈夫か。
ここは、僕が修行していた時に世話になった方の家だよ。
今、食べ物を運んで頂いた。
これを食べて、少し身体を休めよう」
フェイをゆっくり抱き起すと、目の前の料理を差し出した。
その料理を食べながら、
「ジンは此処に、どれくらい居たの?」
そう尋ねると、ジンは話し始めた。
「リュウ恩師の家を出て山を降りると、自分がどれだけ強いのかが知りたかった。
とにかく実力が知りたくて、手当たり次第にジムに殴り込みを仕掛けていった。
そして、全て勝つ事が出来た。
これなら行けるかもしれないと思い、最後に来たのがこのサンタオ先生の所だった。
ここでは、子供ばかりがムエタイを習っていた。
その時に僕は、勝負にならないと思って出て行こうとしたんだ。
するとジムの奥から、サンタオ先生が出てきて『この辺を荒している道場破りはお前か。
あまり強そうではないな』と言ったんだ。
僕は、その言葉にカッときて、サンタオ先生に戦いを挑んだ。
だが、今まで戦った奴等とは、技のスピードもパワーも全然違っていた。
僕の攻撃なんか、全く掠りもしない。
そして、瞬く間に負けてしまった。
その時に言われたのが『お前の技には、殺人的な者が潜んでいる。
まあ鬼じゃな。
だから、お前の行動は全て読める。
その殺人鬼を、お前の心から取り除く事が出来れば、お前はもっと強くなるだろう』という言葉だった。
その時の僕は、その屈辱に負けてここを出て行った。
だけど、サンタオ師匠の言葉が気になって、戻って来たんだ。
そして、弟子にしてもらえる様にお願いした。
それから、半年は居たかな」
ジンが話し終えると、
「彼を一目見た時に、リュウさんの所の子供だと解ったのだ。
それにお前と戦って、お前の素質を見抜いたから、わしは弟子にしたのだ」
部屋の外から、そう言いながらサンタオが入って来た。
「御世話になっています」
フェイが礼を言うと、
「何があったかは聞かない。
だが、命だけは大切にしなさい」
サンタオはそう言うと、再び部屋を出て行った。
二人は食事を済ませると、眠りについた。
やがて夜が訪れた。
暫くすると、外で何やらざわめいていた。
「サンタオ、お前が匿っているのは解っている。
二人を早く差し出せ。
そうすれば、命は助けてやる」
「知らん。
その様な二人は、此処には来ておらん」
サンタオの声だった。
暫くして、壁に何かがぶつかる音や、物が砕ける様な音がした。
その後、二人が居る部屋の扉が壊れると、サンタオが傾れ込んできた。
その体は、殆ど動けないほどの攻撃を受けていた。
そして壊れた扉の向こうから、見知らぬ男が入って来た。
「こんな所に居たか。
お前達を殺す様に、御頭から言われてなぁ」
そう言った男は、ウィリアムスの部下だったのだ。
そして二人に対して攻撃してきた。
その時のスピードも破壊力も、今までの相手とは比べ物にならない程の差があった。
動けないで居たサンタオだったが、残った力を振り絞って止めに入って来た。
その時だった。
男の突き手が、サンタオの胸に刺さっていた。
「先生っ!」
サンタオの体を受け止めた二人は、怒りに拳を握り締めた。
フェイが突然部屋の灯りを消すと、二人は瞬時に気配を消した。
サンタオには正体は知ってほしくなかった二人だったが、この状況にその様な事を考える余裕などなかった。
暗闇になれば、この男も二人の敵ではなかった。
男が死ぬまで、然程時間は掛からなかった。
最後には、首を切り落とされていた男だった。
暗闇の中、ジンがサンタオの下に駆け寄ると、最後の力を振り絞るように、
「お前と出会う前に、この死んだ男は私に戦いを挑んだ悪党だ。
その時は、まだ若かったから私が勝利した。
しかしその男は、戦いの後に私の妻を殺して逃げて行った。
お前は、私の妻の仇を討ってくれた。
礼を言う…… 有難う」
サンタオはそう言うと、そのまま息を引き取った。
「先生、先生…… 僕達がここに来なければ、先生はこんな事には…… 」
ジンは、サンタオの胸で泣いた。
それを見て、
「ジン」
と声をかけたフェイだった。
だがジンは、
「このまま逃げていてはいけない。
そうでないと、僕達のせいで関係のない人が巻き添えになってしまう。
僕は、奴の所に行く」
そう言って立ち上がった。
するとフェイも、
「ジン、私も…… 」
そう言いかけたが、その場で倒れてしまった。
ジンが気絶させたのだ。
「フェイ、すまない。
君を危険な所に連れて行くわけにはいかないよ」
ジンはそう言うと、フェイを残して暗闇に消えて行った。




