王宮闘争 * マイケル、テルムス公国にて
今回文字数多めです。
本日『とある喫茶店の日常』も更新しております。
宜しければそちらもどうぞお楽しみ下さい。
―――女王からジュリへの謝罪の同時刻―――
テルムス公国三公の一つ、リュージス家。
数年前に当主が代わりグレイセルやハルトと同世代で三十代前半だ。
その若き当主が己より一回り上のゼーレン家当主とその母であるティターニアと共に並んで座っている。ただ静かに座っているけれど、その顔は嫌悪一色と言っていい。憮然としている、というのとは明らかに違う。
普段はとても穏やかで人当たりのいい男なんだけどね。リュージス当主にこんな顔をさせる奴はどんな奴なんだろうって、彼を知る人たちならびっくりして二度見するくらい珍しい顔だ。
そして少し離れた所にある出窓に片足を乗せ座るのはハルトだ。
ポーンと手で上へ投げて掴む、を繰り返すのは握り拳大の歪な奇妙な石。
ベイフェルア王家にある塔の地下で見つけたという魔石。
「さっきも言ったけどさぁ」
場の雰囲気に似つかわしくない何とも呑気な声でハルトがそう発してから、その魔石を放り投げた。ゴドンと音を立てて床に落ち、転がって止まったけれど誰も拾おうとはしない。
「無理矢理魔力を閉じ込めておくために自然の理を無視したことで安定させるためにも魔力が必要になった。だから魔力が豊富な獣人が必要だったわけだ。獣人は魔力の自然回復速度が人間の数倍、なかには数十倍ってやつもいる、相当便利だったろうな」
「はぁ……」
ため息をついてこめかみを押さえたのはゼーレン家当主だ。
「それの開発に一体どれだけの人を犠牲に……。テルムス公国としてやるべきことは他にもあるというのに」
彼のその呟きにハルトは嘲笑を返した。
「そのやるべき事なんてどうでもいいと思ったからやったんだろ」
確かにね。じゃなきゃ出来ないよね。
「ベイフェルア王家とベリアス家が関与していたとは……」
今度はティターニアも呆れた様子を見せた。
「資金援助をする代わりに秘密裏にベイフェルア国に研究する場を作らせ……。そして獣人を騙し奴隷落ちさせ魔力を奪い売買し裏金作り。三公と総帥という矜持は、誇りは、何処に捨てたっ」
リュージス当主は吐き捨てるようにそう言って握り拳で軽くテーブルを叩いた。
テルム大公とギルド総帥の悪事がハルトから次々語られ、初めは怒り心頭で憤慨し声を荒げ二人を非難していた三人も今は怒りを通り越し、更には呆れすら通り越し、ただただ軽蔑や嫌悪の感情が噴き出して二人を完全に拒絶しているように見える。
「それにしても、ベリアス公爵は懐に入り込む天才なんでしょうね。……あの男がベイフェルア国王を操れるようになったからこそ、テルム大公と総帥も根を張ることができたのだから」
「そうだな、ベリアス公爵ってのは国では嫌ったり警戒したりする奴が圧倒的に多かった反面……逃げられないように捕まえるのが得意だったからこそ、今まで好き勝手出来たんだと俺は思ってる。弱みを見つけて握るまでに甘い蜜を与える量やタイミングが絶妙だったかもな」
「【スキル】とまでは行かなくても、それこそ血が作用していた可能性はあるよ。息子の【スキル:誘導】の人への影響を考えると、ね」
僕がそう補足するとハルトが頷く。
テルム大公とギルド総帥は、平静を装っているように見えるけれど内心穏やかではないだろう。さっきから何も話さないのは黙秘し続ければ何とかやり過ごせるとでも思っているのかもしれない。
「ベリアス家の厄介さが際立って見えるけど、それすら利用してずっと君たちは影でコソコソやってきたわけだ。ここ数年で一番お金を稼いであの魔石の研究も進めていた……でも【彼方からの使い】を甘く見た結果がこれだ」
僕がそう言えばククッと笑ってハルトは肩を揺らす。
「僕たちを巻き込んだその代償は大きいし、一生許さない。死にたいと懇願し続ける人生を送らせてあげるよ」
「あははっ!」
続けた僕の言葉にハルトは身を屈め腹を抱えて笑い出す。そしてその姿で顔だけは大公と総帥に向けた。
「マイケルをここまで怒らせるとかお前らマジで馬鹿だなっ」
「しょっちゅう僕たちを困らせる君に言われたくないと思うよ、ハルト」
「ええ? 種類が違うからいいだろ別に。だってさあ、マイケルはジェイルの誘拐未遂の時だって次はないってかなり脅したじゃん、それで次にグレイの変化を知ってその力を取り込もうとして、ジュリにまで手を伸ばそうとしてさ。欲のためとはいえ手を出しすぎ。そりゃ身を滅ぼすよな」
「……まあね」
「ちょっと、待ってくれ」
そこで立ち上がったのはゼーレン公主だった。
「ジェイル殿の誘拐未遂とは、なんだ」
「ああ、知らないか。こいつらジェイルがマイケルの【スキル】や【称号】に匹敵するものを持ってる将来有望な魔導師になるって知って、この国所属の魔導師にしようとしたわけ。でも断られて、次に取った手段がジェイルの誘拐計画。勿論、未然に防いだし関係者はみーんな始末した。あと、強力な隷属の魔道具の開発、時期的にあれも発端はマイケルやケイティ、ジェイルを支配するためにはどうしたらいいか、から始まってるんだよな? ここ数年で獣人奴隷が爆発的に増えたのもそのせいだ。友達面して虎視眈々とその機会をずっと狙ってたんだろ。それでも三人を隷属させるに耐えうる隷属具の完成までは至らなかったわけだ。で、ベイフェルア王家を唆して 《ハンドメイド・ジュリ》に魔導師を不法侵入させて魔法付与出来そうな物を盗み出させたってわけだ」
「……あなた方は」
ゼーレン公主が体を震わせだ。
「どこまで、人として卑劣で醜悪な事をしているんだ」
彼の地を這うような低い声で発せられた言葉にまたハルトが笑う。
「醜悪、マジでそれ!」
室内を筆舌し難い空気が漂う。大公と総帥はダンマリを決め込んでいるけれど、ハルト相手に何をしたって敵わないことは理解している二人だから相当焦ってはいるだろう、顔から血の気が引いているし視線を合わせられずにいるからね。
そんな事を考えている時だった。
室内に魔力とは違う『力』が渦を巻いた。咄嗟に警戒したけれどハルトがまるで気にしていない事に気づいた。
「さてお出ましだ、大公あんたに話があるってさ」
ハルトは実に楽しげだ。こういう状況を楽しめるその神経が凄いと思うよ。
「久しぶりだね」
淡くて涼やかな不思議な色合いの光の筋で出来た渦の中から現れたのは、エルフの長アズヴィラーテだった。
「あ、何故っ……」
ガタリと椅子を倒して立ち上がったテルム大公は、掠れた声でそう声を掛けた。
「何故?」
アゼヴィラーデことアズが、エルフらしい壮絶美と言われる笑みを浮かべた。
「何故と問えるほど己のやったことをまだ理解していないのかな?」
テルム大公にエルフの友人がいるらしい、そんな話は王侯貴族で有名だった。
事実、アズは彼を友人と認めていた。
そして彼自身も友人であると自覚していたし、人には自ら話せなくても密かな自慢であったはず。
(一線を越えたからね……)
それが今、終わる。
「帰ってくれっ、君には関係ないだろう!」
「何が?」
「外界のことには関与しないのだろう?!」
「呼ばれなければ来ない、と思える根拠が聞きたいね」
「……は?」
「寧ろ私からハルトにお願いしたんだけどね? 大公と話せる場を設けて立ち会って欲しいと。君と縁を切るために」
大公は愕然とし唇を震わせる。
「嘘だ……どうして」
「ははは」
アズは笑いながら、視線を床に向けた。そこにはハルトが投げたあの魔石があって、視線を外さずゆっくりと歩いてそこまで行くとそれを拾い上げて、左目に近づけのぞき込む。
「まさか私が贈った里生まれの魔物の魔石をこんなことに使うとは思わなかった」
ティターニアたちはエルフが現れた事だけでも相当驚いていた。それでも彼女たちは椅子を蹴り倒しそうな勢いで立ち上がった動揺を決して表には出さずに静かに再び腰掛けて、何が起こっているのかと状況を把握するため思考をフル回転させているらしかった。反対にエルフと大公のやりとりが始まって動揺を隠せず俯いて固く握りしめた拳が震えているのは総帥だ。
(そりゃそうだよね。エルフを利用したようなものだ……魔石の利用を唆したのは、総帥かも)
バカなことをしたものだ。
「君にとって友情よりも相当魅力的で価値のある物だったのかもしれない」
気づけばそう呟いてしまっていた。
「はぁ、そうかもね」
呆れた様子で僕にそう返しながらアズは魔石を下ろすと、テーブルに向かい魔石をその上に置いた。
「純粋さが失われてしまったね……かわいそうに。人の魔力を何度も何度も何度も何度も何度も押し込められてすっかり濁って穢れてしまった」
魔石を見つめるアズの目には僅かに哀しみが見え隠れする。
「浄化して返そうか?」
ハルトがそう問いかけた。
アズは間髪入れずに首を横に振る。
「例えハルトに浄化してもらってもエルフの里に持ち込みたいとは微塵も思わない。残念だけど、もう壊すしかない。里の者たちも誰も受け入れたりしないだろうから」
寂しげなその笑みは、一体何に向けられた笑みなのか僕には分からない。
「一体どうしてこんなことに―――」
「これには理由があるんだ!!」
アズの視線が切羽詰まった上擦る声の大公に向いた。
「何のために魔力を溜め込む物を? 魔法付与品があるんだからそれで十分じゃないか」
「待ってくれ、頼む説明させてくれ、私はアズを裏切るつもりなんて無かった、今だってその気持ちは変わらない。この世界の発展のために必要な研究だったんだ!」
「うーん」
アズはかなりわざとらしく首を傾げて額を指でトントンと突いた。
「私を馬鹿にしてるのかな」
「ちがっ、違う! そんなわけないだろう?!」
「じゃあなんでこの魔石は死に至る悲痛な叫びや絶望、憎悪で穢れているんだろう。魔法付与品ではあり得ない、とても触りたいとは思えない禍々しい物になっているよ。私の知る、発展を望む人が思いを込めたものは、爽やかなのに温かく、そして輝いている。……ジュリさんが作るものを知っているなら、この魔石との違いは分かるはずだけどね。ああ、エルフじゃないから分からないか」
生命維持に必要な魔力すら奪われて死んでいった人はどれくらいいるんだろう。獣人だけじゃない、隷属具が強化される前は人間も犠牲にしてきたと調べがついている。
この魔石の維持は勿論、日々魔力を奪う魔法陣が集めた魔力を溜め込むための研究を支えていたのは、命そのもの。
『殺された人』の命。戦争という大義名分すらそこにはない。その死に宿るのは悲しみを遥かに上回る怨みと憎しみ。アズが魔石を穢れたと言ったのがよくわかる。
「そんなもの作らなくても研究なんていくらでもやりようがあるはずだけど」
僕がそう吐き捨てるとアズが苦笑した。
「それができない愚か者だからこんなものを作ったんだろ」
ハルトも吐き捨てた。
「そうだね。例えば……戦場だと、魔力を溜め込んだ物から魔力を引き出せれば魔導師は自分の魔力を満タンの状態を維持し戦場に立てる。最初から有利に進められるだけでなく芳しくない戦況をガラリと変えることも可能だね」
僕の言葉にアズは腑に落ちた顔をして僅かに眉間に皺を刻む。
「ああ、なるほど、戦争したかったのか。そのために私は友情を利用されたのか」
吐き捨てるように言葉を発したアズは大公を睨みつけた。
「違うんだ、アズ、私はそんなつもりは―――」
「あのな」
呆れた声でハルトが大公の言葉を遮った。
「アズはただお前に謝罪されたかったんだよ、言い訳や嘘で言い包められたり騙されるためにここに来たわけじゃない。なんで謝らねぇんだよ、一言まずは謝れよ。友情を利用して裏切ってんのはお前なんだから謝罪しかねぇだろ。過去にエルフに対して人間がやったことを忘れたのか? お前さ、過去のバカな人間と同じことしたんだよ。エルフの優しさを踏みにじってんだよ。……奴隷にして利用する。それがエルフから獣人になっただけの、裏切り行為であり敵対行為だ。高潔なエルフにお前の言い分が通ると思ってたなら、黙ってれば許されると思ってたならお前はただの愚か者だよ」
助けを求める視線を向けられたアズは冷ややかな視線で睨んでから顔を逸らした。
明確な拒絶だった。
大公はその場にぺしゃりと潰れるようにへたり込む。そしてギルド総帥はただひたすらに無言を貫いていた。
二人にできることは、それだけだった。
大公とギルド総帥はとりあえずゼーレン公主が公家の別宅に閉じ込めておくと連れていった。驚く程おとなしく従ったのはアズがいたからだろう。皮肉なことに逃亡や抵抗を阻止するためにとハルトの手によって二人の首には真新しい強力な隷属の首輪が着けられた。
「手始めにベイフェルア国から崩して国土や勢力拡大を目論んでいた事は知っていたけれど、まさかあんな物を作らせていたとは。しかも 《ギルド・タワー》も一緒になって」
「勢力拡大の目論見はいつから気づいていたんだい?」
「んー、最初から?」
「最初?」
「大公と友になった頃から」
その発言に僕とハルトだけじゃなくティターニアたちも驚いた。
「野心家だなぁと思っていたよ、でも当時の愛国心は本物だったから面白い男だなと興味が湧いたんだ。それで友になった。初めて出会った時に『テルムス公国を大きくしたい、手を貸してくれ』って堂々としたものだったよ。そこを気に入ったんだけど……己を犠牲にせず、他者の命を奪ってあんな物を作るなんて、さすがにね。おまけにいつしかギルドも私物化していたし」
全部知っている。エルフの長は、何もかも。
「グレイセルに新しい力が宿ったと知った時もそうだ、彼を取り込もうとした。そもそも彼を御せる力なんて持っていないのによくそんな事考えるなとちょっと引いたよ。そしてそのためにジュリさんを取り込もうとしていたのには呆れた。ジュリさんの価値はそこではないのに、あの二人にはグレイセルの力こそ価値があると思えたんだ。まあ、大陸の覇者になるには確かに必要な力かもしれないけれどね。でも、その時には既に付き合っていられないと思ったし、今後の付き合いは考えるべきだろうと思い始めていたよ」
アズはゆるりと辺りを見渡した。
「なんで神の力を、神が召喚した人間をもの扱い出来ると思えるんだろう?」
それはエルフゆえの、純粋な疑問なんだろう。
「友になることは出来るんだからそこで満足していればいいのに。人間は本当に欲深いね、ああ、彼らは欲深いのではなく、醜いが正しいのか。ギルドの内部粛清を行ったときに方向転換するチャンスはあったのに。そうしたらベリアス卿の道連れにならずに済んだかもしれない」
「チャンスもあったし、考える時間もあったけれどそれよりも魅力的だったんだよ、きっと。テルムス公国を大国へと押し上げるという名目の裏で大陸を支配しようとすることが何よりも輝いて見えたし崇高なことだと思えた、それだけじゃないかな。自分たちより優れた獣人を奴隷にするうちに優位に立っていると勘違いし始めて、とても万能に見えて、お金を循環させているうちにどんどん私腹を肥やしていくのも簡単に見えたからなおさら。ベイフェルアの王族を傅かせている気持ちにもなっただろうね」
僕とアズの会話をそこまで聞いて、ティターニアは『ハハッ』と乾いた声で笑った。
「やはり大公家がギルド総帥の任命権を単独で持っているのは良くない事が証明されましたね」
彼女の発言に深く頷いてリュージス公主はグッと拳を握り込んだ。
「これを期にテルムス公国は一度全てを見直しましょう」
ハルトが笑った。
「手伝うぜぃ」
いちいち軽いんだよね、ハルトは……。
ジュリがベイフェルア王宮から堂々とククマットに帰ることになるその日、テルム大公家と 《ギルド・タワー》の悪事がゼーレン家とリュージス家から発表されることになる。
大公と総帥は真っ向からそんな事実はないと否定したものの彼らの味方になる者はおらず、ギルド内部からの告発がさらに拍車をかけることで一瞬で二人は窮地に追い込まれる。
そこに追い打ちをかけたのが、バミス法国のウィルハード公爵家だった。
獣人奴隷問題に留まらず、養子縁組したジュリの連行もその延長線にあったことだとして徹底的にテルム大公家を潰しにかかる。
元々財力でもコネクションでも圧倒的するウィルハード公爵家にとってフッと息を吹きかけて埃を飛ばすような感覚で簡単に潰せるだけの差があった。
こうしてベイフェルア王家の崩壊に合わせてテルムス公国とギルドにも転換期が訪れることになった。
「人間の新しい友は当分いらないかな」
アズは一人呟く。
「今いる友で十分だ」
彼らの『当分』。
少なくとも数百年、長ければ二千年生きるエルフの『当分』は長い。
エルフと接点を持つことを許された僕たち限られた人間が全員死んだあと、再び幻の存在となり、約五百年外界の人間がその姿を目にすることがなくなることを、僕たちは知る由もない。
本当はこの話ほもっと掘り下げたかったのですが、多分4話くらいになっちまう! とバッサリと切り落としてなんとか1話にしました。
補足的なことは、今後出てくると思いますがそれ以外はご想像にお任せするスタイルで……。




