王宮闘争 * もう会うことはない
今回文字数多めです。
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「守って貰わななければ生きられないなんて恥ずかしいとは思わないの? それでよく結婚しようと思ったわね。そんな惨めな生き方、私には出来ないわ」
……牢屋に入ってる人に言われた。
私を煽ってるつもりなのか、それとも本気でそう思って言ってるのか。もしこれを本気で言っているなら残念を通り越し、理解出来ない。
「えっと、それ本気で言ってる?」
この鉄格子の隔たりによって無実の人間と罪を犯した人間ときっぱり分けられているこの状況下で、私の顔を見て開口一番がこれ。なにこの発言、頭大丈夫?
「……は?」
なに『は?』って。
「恥ずかしいって……神様に愛されて守られることが? 困ったことはあっても恥ずかしいなんて思ったことないわね。あと結婚関係ないから。守って欲しくてグレイと結婚したわけじゃないのよ、私は。だからあなたから見てどうして惨めに見えるのか、全く分からないけど……。本気でそう言ってるのだとしたら今まで何を見て、何を聞いて、何を知ってそう思うに至ったのか、正直怖い。王妃だったのにどうしてそんな事が言えるのか、甚だ疑問」
その瞬間、元王妃は鉄格子を掴んで格子の間に顔を近づけ凄まじい形相で私を睨みつけた。
「無能!! 【スキル】【称号】魔力なしのくせにっ、無能が調子に乗らないで頂戴っ!! お前さえ、お前さえいなければ―――■―は私のものになっていちゃのに!!」
私はその叫びを聞いて目を見開いた。
(『グレイセル』って言ったよね? ホントに、言葉にできなくなってる)
「どうして、神はあら、あなたなんかをしょ、うかんし、たのかひらっ!」
「っ……」
「わらっ私なら絶対にあ、あなたなんかしょう、か、んしたりひ、ひなっ、しない!」
噛むというより、呂律が回らない口調になって、みるみるうちに元王妃の顔色が悪くなる。
「あ、あ…。な、またっ、どうしてっ」
鉄格子から離れると口を手で覆い、頬をもう一方の手で擦り、小刻みに震え、彼女はそんな姿を私に見られたくないのかくるりと背を向ける。
私が何故、この人に会いに来たか。
この人が私に会いたいとずっと騒いでいると教えられたから。
なんで会いたいのか、その理由はわりとすぐ思いついたけども。
「私を侮辱すればするほど、グレイは遠い存在になるけどいいの?」
その言葉に、元王妃は息を止めて、ピタリと静止した。
暫しの静寂。呼吸を止めていた事に気付いたのか、苦しくなったのかは分からない。元王妃は、はあっ! とはっきりとした音の出る息遣いをしてから振り向いた。
「一応、誘ったのよ。会いに行くから一緒に行く? って」
するとゆっくりと震える手を鉄格子に伸ばして掴んで、私の前に立つと再び隙間から私を凝視する。
「でも興味ないって」
「え」
上擦った、弱々しい短い声。
「全然興味なくてね。時間の無駄だから他のことをする、行くなら護衛を付けるからその人と行ってくれって断られたの。『無駄にも程があるからやめろ』って言うくらい、グレイはあなたのことはどうでもいいみたいよ?」
「ウソよ」
―――数分前―――
私の前を歩くのはヴァリス・ツィーダムとレオン・アストハルア、そしてリウト・アストハルア。グレイが私の護衛にと指名したこの三人で王宮地下の地下牢へと向かった。
何故この人選になったのかと言うと、少しでも立場のある、要するに議会での決定権を持っていたり様々な所で発言力のある人が行くと元王妃が『ここから出して欲しい』という内容のことをずっと言い続け会話が成立しないらしいと聞いたから。投獄されて以降精神的に参って憔悴しきっているのかと思っていたら、まだ自分には希望があると信じているのか窶れたものの元王妃はまだ元気らしい。そもそも会話が成立しないのも、成立させてしまうと責任能力があると判断されて直ぐ様女王陛下による刑の執行が自分に振りかかるのを遅らせているのではないかという見方をしている人もいる。その最たる人がツィーダム侯爵様で『いざという時』は剣にも盾にもなるこの三人が適任だろうと推した人物でもあるの。
この三人は現在爵位はなく、議会での投票権も決定権もない。つまり何かお願いした所で『出来ません』と返されるだけ。そしてリウト君に関しては未成年、ついでにアストハルア公爵家令息。
「多少のことは家を盾に揉み消せます」
と、本人が笑顔で言うくらいには、良くも悪くも自由な立場。アストハルア公爵様は離脱宣言したけれど現在女王陛下の要請で暫定政権による情勢の安定化まで協力することになったため、女王陛下復権と同時に様々な特権が与えられちょっと前のベリアス公爵家よりも権力という暴力を振るう事が可能となった。
だから私とこの三人を見た時に元王妃は非常に悔しそうに顔を歪めたのを私は見逃さなかった。
(本当だ。……この人、まだ正常な判断が出来るくらいには精神はすり減ってない)
と感じるくらいに。
でもそんな元王妃は今。
呼吸が震え明らかに動揺していた。
「ウソ、ウソウソ、ウソウソウソウソウソ」
(え、怖っ)
ブツブツと突然『ウソ』を連呼し始めた。
瞳孔が開ききって、そのまま冷たい床に視線を向けているように見えるけれど多分何も見ていない。グレイが興味を持っていないという私の発言を、頭が理解出来なくて否定するのに精一杯、そんな感じ。
「ものすごく怖いな」
素でそう零すくらいにヴァリスさんがドン引きしている。この中で私に一番歳が近いヴァリスさんでコレなので、レオン氏とリウト君に至ってはドン引きと言うより未知の生物に遭遇してどう対処したらいいのか分からないって感じかもしれない。固まってただただ眺めてる。
そしてどんどん元王妃がおかしなことになっていった。
ガリガリと爪を噛み、その場をウロウロと徘徊する。時折何かを呟いても聞き取れないのはおそらく『グレイセル』と言っている部分。そして他の言葉も舌足らずになって言葉を覚えて間もない幼児のようになっていることから、明らかに【選択の自由】が発動している。
改めて【選択の自由】の恐ろしさを目の当たりにした。
元王妃は『グレイセル』とその名を語ることを禁止された。その名を語ろうとすればするほど、『言葉』を奪われる。
【選択の自由】の怖い所は対個人に特化していること。
個々にその制限される内容が違っている。そこへ必ず情報の遮断や錯綜などが付随し、広範囲で不特定多数に同じ内容の制限がかかるのではなく、ピンポイントで対象となった人間の心が最も効果的に消耗するようになっている。
「何で何で何でぇぇぇ!!」
彼女の中にあった筈の理性に必要な部分がプツリと切れた瞬間だった。突然叫び、粗末なベッドに握り拳を打ち付ける。喚き散らし頭を振り、をひたすら繰り返す。その姿は最近まで権力者側だったと言われても信じられないほど酷いもの。
「こんなことなら死んだほうがマシよぉ!!」
あ。
それ言うのか、と思った。
「じゃあ死ねば?」
「なら勝手に死ね」
言葉が見事に被った私とヴァリスさんは互いにちょっと驚いた顔をしてその表情を見た。
その場が静寂に包まれた。
狂ったようにベッドを殴りつけていた元王妃の動きが止まり、ゆっくりと私にその顔が向いた。
「死ねばいいのよ」
「えぇ……?」
酷く気の抜けた声を出し、元王妃は改めて私の言ったことが理解できていないのか間抜けに見えてしまう、半開きの口になり首を傾げた。
「そんなに辛いなら、生きていられらないほど苦しいなら、死ねば?」
「な、なん……で、そんな」
「え、そこで信じられないって顔されても私困るけど」
ひくっと彼女は口角を引きつらせた。
「死んだほうがマシなんでしょ?」
ここで急にレオン氏がプッと吹き出し笑う。
「言うねぇ、ジュリさーん」
こんな時にチャラさを出さないでと私は苦笑。けれどレオン氏はそりゃもうツボだったのか肩を震わせて笑っている。魔力枯渇で死にかけた彼は今はすっかり回復して絶好調らしい。
「すっごい心の抉り方知ってるね! 流石あの『殺戮の騎士』に愛されてるだけあるぅ」
「いや、そこにグレイは関係ないけども」
「くくくっ、面白っ、ジュリさん極悪人! プフ……『死ねばいい』だって!」
「そこが笑いのツボという君もなかなかに極悪人の要素がありそうだが?」
呆れた様子のヴァリスさん。
「兄上……」
ほら、リウト君も呆れてるよ。
で、ヴァリスさんは一つため息をついてから真っ直ぐ元王妃を見つめる。
「でもジュリさんの言うことは正しい」
その一言に、彼女はビクリと体を強張らせた。
「女王陛下の暗殺に加担し、今の今まで罪を認めず、挙句伯爵のことばかり考えて反省すらしていない。忘れたのか、女王陛下がこの王宮にお戻りになったあの日を。民が復権を、あのお方をどれだけ歓迎したかを。私はあの時お前達が心を挫かれ絶望し、後悔したと思った。そうでなければ困る。後悔して、後悔して、悪かったと泣き叫んでも許されず絶望の中で裁かれてくれなければ犠牲になった者たちが報われないから」
そしてヴァリスさんは鉄格子に握り拳を叩きつけた。元王妃がどれだけ揺すってもピクリとも動かなかったそれはメキッと音を立てて歪んで鈍い振動が手鉄格子全体に伝わり地下牢に僅かに響いた。
「お前は止めるべき立場だった。己の立場が悪くなろうと、王妃とは国王を時として諌め正しい道に導くべき責任がある。それをしてこなかったならここにこうして閉じ込められて当然だろう。お前がその身分を使ってどれだけの命を救った? どれだけ不必要な戦いを止めた? 一つもないだろ? だからここにいるんだよ、わかるか、お前は自分でここに入ったんだ。自分で苦しんで苦しんで後悔しても逃げ出せない孤独と絶望しかないここに来たんだ。さっきも言ったがここで最後の時まで反省し後悔し、恐怖に怯えながら裁きを待てないなら死ねばいい」
「っあ、ああ……わた、くしは」
後悔した顔をした。緩く弱く首を横に振り、無理矢理笑顔を張り付け彼女は否定した。
「そん、なつもり、じゃ……さっきのは」
「はっ」
乾いた笑い声のヴァリスさんに自然と目が向いた。
彼は嫌悪と憎悪が溢れそうなギラついた目をして口元は笑んで歪んでいるという狂気じみた顔をしていた。
「無責任に人へ死ぬ覚悟を無理矢理押し付けてきただけのことはある。命の重みなど考えたこともないんだろうな、考えずに戦場に人を送り込んだり暗部に人を殺させたんだろう。女王陛下の言っていたことは正しい。『つもり』でどうにかなる地位だと甘く見ていたお前はただの馬鹿だ。馬鹿だから命を犠牲にしてきたしそれにも気づかずにいて、憎まれて恨まれたことも知らなかった。お前は王妃になる器じゃなかった、納得だ、これだけ馬鹿なら今ここにいるのも当然だ。死を願い喚いて直ぐにそんなつもりじゃないと言えるんだ、馬鹿の極みだ。そんな奴が『死んだほうがマシ』と喚いて誰が同情する」
ヴァリスさん、辛辣……。
でもその通り。
私も同じ気持ち。
軽々しく『死んだほうがマシ』なんて使って欲しくない。
本当に苦しくて辛くて逃げ出したくても逃げられなかった『死』を迎えた人たちとこいつを一緒になんて絶対にしたくない。
「ジュリさん、行きましょう。もう話すことはないしその価値もない」
「そうだね」
ヴァリスさんに促され、私は背を向ける。
「待って、ねぇお願いジュリ」
媚びる柔らかな声で呼ばれても振り向きたいとは思わない。
「あなたを傷つけるつもりなんて、本当になかったの」
リウト君もレオン氏も、背を向ける。
私たちは離れる。
後ろから聞こえる声が直ぐに緊張感を孕んだ懇願する声になり、私だけでなくヴァリスさんの名前も呼び始めた。
「行かないで! 話いましょう!! ねぇここから出してぇ!!」
重い扉の前にいる衛兵さんたちが無言で私たちに礼をしてきた。それに私も軽く一礼して通過する。扉が衛兵さん達によってゆっくりと閉じられ始めた。
「いやぁぁぁぁっ!!」
悲痛な叫び。
「ジュリ! ――■■―! 助けてぇぇぇ!」
扉がゴォンと鈍く重苦しい音を立てて閉ざされた。
「ごめんね、リウト君」
「何がですか?」
「あんなの見せるつもりはなかったんだけど、なんかあの人話通じないなぁと思って売り言葉に買い言葉的になっちゃって」
キョトンとしてからちょっと考えた素振りをしたリウト君。
「ああっ! あれくらいは別に何ともないですよ!」
あ、そうなんだ……笑顔で返されたわ。
元国王、元公爵、そして二人のやることに加担してきた罪人達の刑が現在進行形で執行されている。
彼女は処刑前に別の刑を科すことになっている。
男の罪人達は民衆前に晒され鎖で繋がれて歩かされる。罪の重さで日数の違いはあれど、一日でも心が折れる屈辱と恐怖を植え付けられるそう。
それに女の罪人達も加えるべきだという声があったけれど男の罪人達に比べると処刑前に死んでしまう可能性が高いということで別の刑が決まった。
それが明日から行われる。
「何をされるか知らないんだっけ?」
私の質問にヴァリスさんが頷いた。
「知らないですね、特例で行われる刑なので。今後女王陛下による暫定政権の期限が来るまでか、それとも新政権発足後もそのまま刑として残るか分かりませんが、罪人といえど公衆の面前で布がボロボロになって女の裸体が晒されるのはいかがなものかという声を抑えることが出来ましたから妥協案として納得した人たちが多いのは事実です」
「妥協案ねぇ……」
私は肩を竦めた。
「毒盃では苦しみも恐怖も一瞬、そんな生温い刑だけが王族の死刑だったこと自体がおかしなこなんですよ」
ベイフェルア王家では王族が重罪を犯した場合、最高刑は死刑だった。でもその刑は毒盃によるものだけ。他の刑も結局は『王族だから』を理由に軽かったと教えられたのが最近。
歴代の王たちが自分たちに都合よく『特権』を主張してそうなったとのこと。どこの国でも多少のその特権が刑の軽さに影響を与えているもののここまで法を無視し歪めた王族優遇の刑はこの国だけらしい。
「でも今回のことで刑法のあり方も変わるはず。いえ……変わってもらわなければ困りますね」
ヴァリスさんは静かに、けれど確かな強い意志を感じる目で前を見据える。
元王妃と複数の女性貴族は明日から『実験体』となる。
公開処刑のその日まで、様々な『人体に有害な』薬草やポーション、そして魔法によるそれぞれの効果、効能や後遺症などを調べるために。まだまだ謎な薬草や魔物素材が多いこの世界。それらの成分分析が正確に詳細に知れる鑑定技術を持つ人が極めて少ない故にその分野の研究はとても遅れている。
「罪人として最後に人の役に立つため使われるだけでもマシですよ」
ヴァリスさんがそう吐き捨てた。
それらの刑が執行されても元王妃は絶対に公開処刑まで生きていて貰わなければ困るので、限界を超えるようなことはされないだろうとヴァリスさんが淡々と語った。
ただそれが他と比べて楽ということはないし、寧ろ絶対に死なない量や力加減を試されるとなれば、一番壮絶な思いをするのは元王妃で間違いない。
不思議と可哀想だなという感情は一切起こらないし憐れだなとも思わない。
冷静になって『死ねばいい』と吐き捨てたことに後悔するかと思ったけれど、全くそんなこともなく。
頭の中で既に彼女を罪人に固定してしまっているからか、それとも心の何処かでざまあみろと思っているからか、もしくはグレイのように彼女に対して興味がないからか、私自身が理解してないけど、とにかくそんな話をしながらその場を後にした。
私が元王妃、いや、ベイフェルア王族を名乗った人たちの顔を見たのは、これが最後となった。
元王妃の末路はこうなりました。
多分最期まで『ジュリさえいなければ』と憎み怨み妬んでいることでしょう。
かつて自分が権力でグレイセルを繋ぎ止めようとして以降関係が拗れそのまま拒絶されるような行動を取ってきたことを忘れたのか、それとも都合のいい解釈でレイビスや他の誰かのせいにして被害者だと本気で思っているだけなのかわかりませんが、自分が悪いとは思っていないことは確かです。
本来頭のいいキャラのはず……。途中から怪しくなり、愚か者になってしまいました。




