王宮闘争 * リンファ、ただ眺める
今回不快な場面、残酷な表現が多いです、ご注意ください。
元国王と元ベリアス公爵の刑が始まった。
首に太い首輪を着けられ鎖が繋がれている。その鎖は二人がそれぞれ拘束されている手首に繋がっている不思議な構図となっている。足首は鎖ではなく太いけれど縄で、その長さは歩きやすそうな配慮がされているように見える。口は猿轡が付けられ食い込んでいる。着ている服は頭と袖を通すだけのサイズなんて一切考慮されていない袋のような形をしていた。足は裸足、既に痛いのかしきりに足裏についた小石を何度も自分のふくらはぎに擦りつけながら落としている。
二人の姿に違和感を感じるのはやけに綺麗で健やかそうな顔だから。肌なんて貴族の子女並みに綺麗で白く、手足の爪も形が良く整っている。
(牢屋に入れられていたならもっと荒れていても良さそうなのに。わざわざ手入れをしてやっていたの?)
「リンファ」
セイレックが後ろから耳元で私の名を呼ぶ。
「少し下がりますよ」
「どうして?」
「なかなかに不穏な顔をしている民があまりにも多くて」
「……わかったわ」
チラ、と近くに立つ名も知らない壮年の男性の手を見れば、握り拳大の石が握られている。目深に被ったフードを手で押さえながら人込みをかき分けて後ろに下がりながらさらに周囲を観察すれば、短い距離の間に老若男女問わず手に何かしら握っていたり、ポケットが膨らんでいる者ばかりで、流石にちょっとげんなりして小さくため息をつく。
「この建物を借りました、三階まで上がりましょう。遮るものもなくてきっとよく見えますよ」
「笑顔で言うことではないわよ?」
「そうですか?」
案外こういう怖さがある男なのよね、なんてことを自分の夫の笑顔をみながら思いつつ、誰も居ない建物に入り階段を登る。
入った部屋の奥に窓が並び、そこに立って私は窓を開け放った。少し距離があって罪人の姿は小さくなったけれど確かに遮るものがなくてよく見える。
移動し窓を開けるまでの間に、更に罪人が続々と二人の後ろに連れられて来た。皆二人一組で元国王達と同じ繋がれ方をしていた。
今回それぞれに罪の重さが違うのに、何故同じ刑なの? と思ったけれど、そもそもこれは今回罪に問われた者たちの中で中程度以上の罪が確定した者たちの、最初の刑とのこと。この刑の後に強制労働の地にそのまま送られたり、強制労働前にまたさらにこうした公開刑が一つ増える事にその罪の重さが目に見えて国民にわかるようになっている仕組みらしいわ。
因みに元国王と元公爵は今日から毎日七日間公開刑が決まっている。勿論一番回数が多い。
「あ」
自然と声を発していたわ。
とある一組が、事前に示し合わせていたのか突然繋がれたままの状態で同時に走り出した。その場が騒然となり今か今かと刑を待ち望む民からも怒号が飛び交い一気にその場が戦場さながらの様相を呈した。
けれどそれも僅か数秒のこと。
「なるほど」
「二人一組で繋がれているのはこういうことなのね」
手首を拘束されて互いの首に繋がっているものの、肩や腕は動かせるし、胴の拘束もない。そして何より足は大股で全速力で走れるくらいには繋がれた縄にゆとりがあった。
けれど、この逃走しやすそうな構図は罠そのもの。
そもそもの話、罪人が逃げ出せる程手薄な警備なんてあり得ないわけよ。どんなに足に自信があっても手は拘束されているし足は縄が結ばれ全速力で走っても本来の実力なんて出せるはずもないし走りやすいわけがない。
となれば当然簡単に捕まってしまう。
その時起こるのが。
互いに繋がれた鎖と縄による負の連鎖。
一人が捕まり転倒させられたら必然的にもう一人は突然の失速によっていとも簡単に巻き込まれて転倒する。片方が倒されると必然的にもう片方も動きを封じられるのよ。
「なかなかエグいわね」
ついそう零した。だって騎士が一人の首近くの鎖を掴んで持ち上げて引きずり出したらもう一人は強制的に腕が伸ばされてそのままうつ伏せのまま引きずられたんだから。腕が引っ張られ顔と胸を地面に擦り付けながら引きずられるのも辛いけど、首元を持たれて下半身と膝を擦り付け引きずられるのもどう考えたって相当の苦痛よ。
そして敢えて走りやすそうに繋がれていたのはああして逃走を図って罪を重ねさせるためだわ。
事実これでまず一組、罪が増えた。
もう一つ加えるなら、冷静に考えれば逃走しなければ罪は増えないんだけど、あれだけの緊張感と不安の中で逃走可能かも、という淡い期待と希望と、目の前のあっと言う間に血が滲んで痛い痛いと悲鳴を上げる光景による恐怖がせめぎ合う中で生まれる極限状態は、判断を酷くにぶらせる。
恐怖に負けて、別の罪人が逃げ出そうとしたの。それに巻き込まれた罪人は当然転倒、逃げ出そうとした罪人はその場に勢いよく倒れて顔面を強打した。これでまた刑が追加される罪人が確定。
「ケガらしいケガをした事がないから余計に辛いわよね」
今大通りに集められた罪人は皆ベイフェルア王家で好き勝手やりすぎ一線を越えた者たち。その数約四十人が一連の出来事を目の当たりにしてその場に立ち竦む。次ああなるのは自分かも知れないという不安に泣き出した罪人もいる。
国の在り方が変わる大事件とも言える今回のことで罪人が四十人は少ない、とこの光景だけを見れば思うわね。でも実際には超高額罰金や爵位剥奪に降格などで大打撃を受け、今後もう平民として生きるしか道がなくなる王宮で働いていた人間が五百人は超えるだろうと報告をうけている。
悪政の元凶となったベイフェルア王宮の腐敗が全て明るみになったわけじゃないから余罪によっては今目の前で行われようとしている物理的な刑も科せられるでしょうね。
そして歩き出した。
罪人達が列を作ってゆっくりと。
わざとゆっくり歩いてるわけではないわ。足裏が痛くて踏み込めないのよ。
「んぐううつ!!」
声にならない悲鳴を上げたのは元公爵。
「ううっうんんっ!」
続けて元国王。
大通りを埋め尽くす民の誰かは分からない。どこからともなく跳んできた石が元公爵の肩に直撃して出た悲鳴と、砂利玉のような小さな石ころがまとまって身体に当たった元国王の悲鳴が『本当の刑』の合図となった。
一分も立たず元国王と元公爵は歩くのを止めてその場に蹲り頭を抱えた。後続も習ったように同じ姿勢になって地面に頭を擦り付けるようにして手で何とか守ろうとした。
石だけじゃない、木材に食器、とにかく硬そうな物が次々と。蹲る罪人たちは瞬く間にごみの集積所に放り込まれたかのようになっていく。聞くに堪えないはずの罪人たちの悲鳴に目を背けるどころか人々は更に自分にもやらせろと人込みをかき分けて前に出ようとしたり手前に落ちた石などを拾ったり。後方から投げた事で届かず最前列にいた人に当たったりして怪我をしたのにその怪我人がお構いなしに自分を傷つけた石を拾って全力で罪人目がけて投げつけ罵声を浴びせる。
(ああ、そういうこと)
反吐が出る、とはこういうことかもしれないわ。
どうして元国王と元公爵が小綺麗にしていたか。
おそらくもう痛みに耐えかねて二人は気絶している。気配ははっきりしているから死んではいないわ、でもピクリともしないのを見る限り我慢している訳ではない。
血が滲み、滴る。
滑らかで柔らかそうな、苦労を知らない肌が真っ赤に染まっていく。
意図的に今日の今日までその状態を維持させられたということ。きっと本人たちは『当然の対応』をされていたと思っているでしょうね。元王族と元貴族、身分の高い人専用の快適に過ごせる牢屋さえ存在するから。でも勘違いをしてはいけない罪を犯してきた二人だわ。地下の独房に押し込められた時点で気付くべきだったし覚悟するべきだった。敢えて綺麗な体を保ってこの日この時民衆の怒りと憎しみの捌け口に利用されることが決まっていた、と。
この光景がその場限りのことだとしても、決して生易しいものではない。
元国王と元公爵が動かなくなったのを見て、物が二人の周りに積み重なったのを見て、これ以上は大した傷と痛みを与えられないと気付くとその後ろへと標的を変えた。中には飛び出して手にしていた角材で殴りかかろうとして騎士団や王都の自警団に取り押さえられ引きずり倒されてもなお体を捻じりながら手を伸ばし叫び危害を加えようと必死になっている者までいる。
増幅に増幅を重ねた民衆の怒りと不満はその元凶を作りその上に胡座をかいて座って今まで笑ってきた者たちに際限なくぶつけられる。
『死ね』
と。
『犯罪者め』
と。
『害虫が』
と。
『死んでも許されると思うな』
と。
投げるものがなくなれば、言葉の暴力が襲いかかる。殆どが痛みに耐えかねて気絶しているけれど、そんなことは関係ないのよ。
喧騒の余韻が残る大通り、罪人の練り歩きのほぼスタート地点は投げつけられた物の回収が始まった。広い範囲に縦長に血が飛び散った地面が露わになっていく。
罪人たちは全員気絶し、重傷者も出て一人残らず回収されてそのまま牢屋に戻された。セイレックの話ではこの後治療が施されるとのこと。
明日また、同じ場所に戻ってくるために。
今日で練り歩きが終わった罪人もこの後直ぐに強制労働の地に送り込んでも使い物にならないのは困るのである程度治療される。
「使い物にならないほうが幸せってことね」
「そうですね。しかも使われるポーションは重傷者であっても中級、もしくは下級だそうです」
「それはまた……。傷は塞がるけれど、痛みは残る、そこにまた明日物を投げつけられるのね。何の配慮もされていない馬車に押し込まれて長期間揺られるのは、経験豊富な冒険者でも辛いわよ」
完治させない治療を敢えて施し、痛みの苦痛と恐怖が続く。
体だけでなく心も抉られ削ぎ落とされる。
「帰りましょうか」
「そうですね」
セイレックと共に建物を出て、辺りを見渡す。
不思議なものだわ、さっきまでの不穏な空気はあっと言う間に薄れて、人々が当たり前のように何事もなかったように行き交い始めている。
「非情な世の中ね」
「何がです?」
「憎しみと恨みをぶつけるだけの道具に成り下がったのよ? 本来ならもっと話題にされるでしょ、国を転覆させかけた大罪人たちよ、それがもう忘れられたみたいになってる。でも明日また、捌け口として使われて、こんなふうに直ぐに人々の関心から外れる、それの繰り返し。……それもこれも、女王が復権したからよ。実際には暫定政権で、次の政権が立ち上がり次第女王は王位剥奪だし平民になって、国の監視下に置かれるでしょうね。でも民にとって需要なのはそこじゃないのよ。政治が変わって未来が変わると期待出来る事、そこだから。誰が、なんてどうでもいいのよ、今だけよ女王が求められるのは。そして罪人たちはもっとどうでもいいの。今までの不満や苦労の捌け口に出来たらそれで満足。死のうが生きて苦しもうがどうでもいいのよ、彼らにとってはね」
地面に飛び散る血に砂がかけられた。血を含んだ砂は乱雑に箒で片付けられて、地面には殆どその痕跡が残っていない。
明日またここでさっきの罪人達が同じ格好で並んで歩けと命令される。
ポーションで表面だけ綺麗にさせられた肌の下に残る傷みと恐怖を抱えたまま。
そしてまた血が片付けられる。
何事もなかったかのように。
人々の溜まりに溜まった怒りと憎しみのはけ口のために、そこに同情心が生まれたりしないように。
あの罪人たちは。
怯えて泣いて、『許してくれ』と懇願する。
腹が立つほどまだきっと心の何処かで誰かが助けてくれると信じて。
自分は尊い生まれだと疑わず、救われて当たり前だと疑わず。
「見てきたのか」
「まあね」
グレイセルは笑んだ。
薄っすらと、彼をよく知らない人なら気付かずに見過ごしてしまう微笑。
「見応えがあっただろう?」
「あれをそう例えるのはどうかと思うわよ」
「そうか?」
フッと、今度は明らかな笑みを浮かべ、声を出したの。
「平民と見下していた人々から心も身体もボロボロにされていくんだ。あの男たちはあと六日、耐えられるかな」
「……楽しそうね」
「なかなかいい結果だからな」
「え?」
「ただの一度で心をへし折り、そこに苦痛と恐怖を毎日与えられる罰は、どういうのがいいだろうかと団長時代に聞かれてな」
「……」
「まさか提案したことが採用されていたとは」
グレイセル曰く、騎士団団長をしていた時に国王から直接聞かれたのだという。
高位貴族が大罪を犯した際に効果的な刑はないか、と。
「採用した本人がその刑を受けているわね」
「そうだな」
またグレイセルは笑った。今度は愉快げに。
「耐えたら直接褒めてやりたいところだ。ただまぁ……その後、世の中の常識が通用しない凶悪犯罪者が閉じ込められる流刑地に送られる」
ククッと笑ってグレイセルは続ける。
「どうなるかな? 元公爵は年齢的に相手にされないだろうが……元国王は顔だけはそれなりにいい」
「グレイセル、何が言いたいの」
「うん?」
ゾクッと背筋を嫌な感覚が走り抜けた。
その細めた目の奥に宿るものは何なの?
「秩序などない、生きるか死ぬか、罪人同士が互いの命を削りあい、恨み恨まれ死ぬその時まで安らぎなど微塵も存在しない流刑地に、手入れの行き届いた肌と髪、見目は悪くない、己の身を守る術など持たないあの男が無秩序なあの場に放り込まれたら、どうなるんだろうなと」
「気持ち悪いこと想像させないでよ、悪趣味ね!」
咎めてもグレイセルは続けたわ。
「そこで後悔し心から反省できればすぐに呼び戻されて公開処刑で死ねる。だが……未だ己の間違いも罪も理解せず認めていないらしいじゃないか。それだと流刑地に放り込まれても反省などしないかもしれない。となれば、流刑地にいる時間が延びるだけだし、犯罪者もある程度欲望を満たされれば直ぐに飽きて他のことに意識が向く。生きるに絶対に必要な食欲を満たすため、食い扶持を減らすため、殺されなければいいな。ああ、でもその前に必ず保護されるか。公開処刑は民の娯楽と憂さ晴らしも兼ねているから死なれてはそれが叶わず不満につながる」
「……あなた、本当に怖い男ね。しかも最悪」
「あははは」
一頻り笑って、グレイセルは満足げに息を吐き出した。
「そうだな、最悪だな。だがそれでいいじゃないか、世の中の役には立ったんだ。過去の私に言いたいよ、『よくやった』と」
「怖いですね、グレイセルは」
黙って見ていたセイレックまでそんな事を言っておきながら小気味よい声で笑った。
「はぁ」
私はただ呆れてため息をつくしかなかった。
グレイセルが『殺戮の騎士』と呼ばれている理由に、罰を考えるのが得意なところも影響していそうです。




