王宮闘争 * 民意
春休みスペシャルとして本日から(本編)王宮闘争編連続更新致します。
26日までの三日間です。更新時間は変わりません。
「え、あのー、ということでこの後はよろしくお願いします」
喋りたいこと全部吐き出して起きた【思想の変革】。
起きたはいいけれど、その後のことなんて考えてなかった、いや、どういう感じで来るのかさっぱり分からなかったので締め方も分かるはずもなく、言えたのがこの言葉だった。
……本当によろしくお願い致します。
そんな感じでなんとも言えない空気とざわめきが支配するその場は、目まぐるしく変化する。
文官が駆け込んで来た。広間の異様な雰囲気に目をキョロキョロさせて周囲を伺いながらも若い文官は私たちを素通りして女王陛下に向かって進んだ。元国王たちを目にした瞬間に分かりやすくビクッと体を反応させたけれど、彼らの存在よりもよほどインパクトのある情報を持ってきていたのか、直ぐにその視線はそれていた。
「陛下、た、大変です……」
震える声はそこまでしか聞こえなかった。ボソボソと何か伝えている。
聞き終えた女王陛下は『え?』と言ったように見えた。
更に別の文官まで駆け込んで来て、その文官も駆け寄った。その事態に主だった貴族も吸い寄せられるようにそこに集まる。
ただ一人、トルファ侯爵様だけは逆にその場からそっと離れて、ある程度の距離が出来るとその光景を眺めるだけで微動だにしない。
(あ、もしかして)
そう心の中で呟くとそれが聞こえたのかと思うようなタイミングでトルファ侯爵様がこっちに振り向いた。それで確信した。
ローツさんにお願いしていたことを、トルファ侯爵夫人が聞き入れてくれたのだと。
そして足取り軽くこちらにやってきたトルファ侯爵はこの場にはちょっと相応しくない、実に愉快げな表情をしている。
「面白いことになったねぇ」
やっぱこの人怖いわ! と叫びそうになったのを何とか堪えたものの、流石に同じように笑えず苦笑を返すことになった。
「屋敷に戻った時に妻に聞かされてびっくりしたよ。まさか『【彼方からの使い】が亡命する』って噂を王都に一気に広めてくれとお願いされたなんて言うからね」
トルファ侯爵様が私とグレイを見比べる。
「どっちの発案なのか聞きたいところだね」
「私ですね」
正直に答えればやっぱり侯爵様は楽しげに笑った。
「おや、ジュリさん本人か」
「ええ」
「君のことを敵にしなくて良かったよ」
こっちのセリフだ! という言葉も我慢する。
「うまく考えたね」
「あんまり使いたい手ではなかったです。普段とは違う形でトルファ侯爵家を巻き込みますし、一度流れて広まった噂はそう簡単には消せないし、変えられないので。正直、この事で私以外の【彼方からの使い】まで変に注目を浴びてしまいますしね」
―――【彼方からの使い】がバミス法国へ亡命するかもしれないと噂を流してほしい。そしてその後、何かある度に同じように漠然とした内容の噂を流してほしい―――
ローツさんにその意図を問われた。
「……私の事は遅かれ早かれ王都で話題になるよね。連行された【彼方からの使い】がいて、そのタイミングで【彼方からの使い】が亡命する噂が流れる。……私以外の【彼方からの使い】って思うよね、私はその時王宮から出られない状況ってみんなが分かってるし。じゃあ誰が? 何のために? すごく混乱するよね。そしてジワジワ広がるんじゃなく一気に噂が広まるんだよ、ここ王都で。噂の中心が王都、いるのは私。結局私のところにその疑問は戻ってくる。出られない人がいつどうやって亡命するのか、疑問だよね。そしてそれをそのまま誰かが更に意図的に広めてくれれば止めようと思ってももう簡単には止められない状況になってるはず」
疑問ってさ、一人なら完結するだけなのよ、『結局分からずじまいだった』『そうかそういうことだったのか』ってどこかで区切りをつけて終わる。でもこれが大勢だと怖いんだよ。SNSと同じ、猛スピードで拡散される真偽が定かではない噂は、好奇心を刺激されて憶測が憶測を呼んで無限に広がる危険性を孕んでいる。
真実なんて関係なく噂と考察がどんどん膨れ上がる。それを意図して更に煽る人もいれば娯楽の一つのように楽しむ人まで出てくる。
そして一番怖いのは『犯人探し』。
誰のせいでそんな事が起きたのだ、と。
今回の場合。
少なからずの人がこの王宮にいるのだと推測するなり、強引に決めつける。
「ローツさんにこの事を説明したら『お前ものすごく怖い』って言われました」
「怖い怖い、人物を特定していないぼやけた噂にするところが本当に怖い」
実に楽しそうに笑うので思わずジト目をしてしまったけれど、トルファ侯爵様はそれすら面白かったようで私の顔を見て吹き出して笑う始末。
「やった本人がそんな顔するとはね!」
「ここでそんなに笑える侯爵様の方が私は恐ろしいです……」
「そうかい? 可笑しくてしょうがないよ。だって考えてごらん、やる気になればそんな事は王家は幾らだって先にできたんだ。君が後から何をしてもどうにもならないくらいにね。王妃殿下なんて特に時間も伝手もいくらでもあったよ。でもしなかった。何故だと思う?」
「……今までは、誰かがやってくれていたから」
「そういうこと。誰かが率先してどんなときでも『王妃のために』ってやってくれていた。でもお金も信頼も揺らぎ始めた頃からは本当はそれらを維持するために自身が最善と最悪を考えて動かなければならなかった。だって元々無償で尽くしていた人なんて数える程しかいないんだから。何にそんなに気を取られていたのか分からないけど、悪化していく環境で考えることとやるべきことを怠ったのは本人の意志と判断。無責任が引き起こした結果だ。権力者が一番やっちゃいけないことをしてたんだ。面白いよね」
「絶対面白くないですよ!!」
「えぇ?」
なんでそこで納得しないんですか。やっぱり怖いですよ。
「それで?」
「え?」
「実際に亡命するように見えないんだけど、どうなのか聞いても?」
「まあ、しないですね。亡命はあくまで最後の手段……どちらかというと使わずにそのまま終わるだろうというのもなんとなく分かってはいましたし。それに亡命なんてしないに越したことはないんですよね、私はククマットに居たい、あそこでグレイと、皆と毎日バタバタしながら生活するのが性に合ってます」
「絶対にしないと断言しない理由は?」
「この国の、この後の対応次第です。私個人への対応じゃなく……【思想の変革】について、王家がどう答えを出すのか、ですね。今日明日にその答えが出るとは思いませんし、寧ろそんな簡単に出されても困りますので、長い目で見る必要があることです。その過程で、この国がやっぱり救いようがないと分かれば、いる意味はないと思うのでやはりこの国を去ることにはなるかもしれません」
「なるほど……【思想の変革】か」
「神様はこの国……大陸全体に今のあり方を変えたいと私に干渉してきたんだと思います。元々私に【変革する力】が与えられたのはそれが理由かどうかは分かりませんが、少なくとも昔からこの国を憂いていた神様がいたことは確かです。……【音の神】ヒュート様は、一縷の望みを女王陛下に託したけれど、それがこんな形になってしまった。それをこの国が、王家が、どう責任を取るのか、もしくはどう終わらせるのか。それ次第だと、私は思います」
「君が犠牲になる必要はないんじゃないかい? そもそも君は無実で不当に強制士官を命じられた、今この瞬間帰っても誰も文句は言わないと思うけれど」
「それじゃ、ダメですよ。ちゃんと王家が謝罪し間違っていたと私を解放してくれなきゃ、何もかも無駄になりますよ」
「何故だい」
「だってそうじゃなきゃ、有耶無耶に出来るじゃないですか。それこそ王家という一つの権力がそれをやっても許されるんだって私が認めることになる。じゃあ何のためにここにきて、神様の掌で転がされて人生ひっくり返されるような目に合わなきゃいけなかったのか。だから私はこのあとをちゃんと見なきゃいけないし、当事者としてどう扱われるのかを受け止めなきゃいけないんです。……だから、亡命するのは最後の手段として残すんです。ここで『帰っていいよ』と言われるのを待っている訳ではありません。『申し訳なかった、間違ってた』と謝罪され、そして正式に無実だと証明され解放されなければ。私は有耶無耶になんてさせません、そんなことになるくらいならグレイに暴れてもらいますよ」
「それは困るね」
とか言いつつ笑っている侯爵様。
「それに、この状況下で君が亡命したら……ベイフェルア王家は凄まじい数の貴族に恨まれるね」
「それは私にはわかりません。でも王宮の周りに集まってきた国民は、少なくとも『変化』を望んでます」
グレイが王宮に到着した頃、王宮周辺には既に王都中から人が集まり始めていた。
まず先に人々の足を動かすに必要な『【彼方からの使い】の亡命』の噂で王都は数週間まえから王宮とは違う奇妙な空気に包まれていた。
そこに突如、王都民に対して『増税』が降って湧いたように発令された。王都を守るためというその増税を疑問を微塵も感じずに払おうと思う人は王都にはもう一人もいなくなっていたのに。
奇妙な空気に不穏なざわつきが混じった。疑問、不安、そして不満。負の感情によるざわつきは、自然に消えるものではないし消すにも相当な労力を必要とする。
住みにくくなっていた王都。
人々の不安と不満は溜まりに溜まっていた。
そして改めて人々は目にする。
王宮の綺羅びやかなその外観とは似ても似つかない、自分たちの住む王都の危うさや暗さを。
仄暗い感情を抱える人たちに、最後に投下されたのは。
「女王陛下が生きていたらしい」
「女王陛下が復権するらしい」
たった二つのその言葉。
「ジュリ」
グレイが私の肩を抱き、離れた所にある窓の方に目を向けた。
「始まる」
「……早かったね」
「ああ」
神妙な面持ちで少し緊張感を持った私達とは真逆なのは、やっぱりトルファ侯爵様だった。
「ああ、ようやく周りも気付いたみたいだ」
驚きよりも好奇心で心躍る軽やかな陽気な声でそう言葉を発した。
人々の声。
どんどん膨れるように大きくなる。
それは間違いなく。
『今の王家』の終わりを告げるものだった。
「女王陛下万歳!!」
誰からその言葉が発せられたのか、どんな思いでその言葉を選んだのか。それは誰にも分からない。初めはかき消されたはずのその一言は、隣に、前に、後ろに、そして更に周りいる人に伝染し。
「ラヴィリエ女王陛下おかえりなさい!!」
「女王陛下万歳!」
「国王と王妃に罰を!!」
「女王陛下万歳!!」
「国王は玉座から降りろ!」
「女王陛下万歳!」
「ラヴィリエ女王陛下が復権するぞ!」
「女王陛下万歳!」
「国王と王妃を許すな!!」
様々な民衆の叫びに混じる一言が、だんだんと一つに纏まるように、歌の大合唱のように、重なっていく。
「ラヴィリエ女王陛下万歳! 女王陛下万歳!」
(凄い……)
怖さよりも、私はこの王都に住む人たちの苦しい現状がその大合唱に集約されているように、単純明快なたった一言に全ての苦しみや悲しみ憎しみ恨みが込められているように聞こえて、圧倒された。
何故『今の王家』が終わらなければならないのか、その本当の理由を知る人はあの中にいない。けれど、終わって欲しい理由は、無限に重なって凝り固まって住む人たちにのしかかっていた。
「な、何故……!」
その絞り出す声は元王妃の発したものだった。
大合唱に混じる自分を排斥する言葉を否定したいのか、頭を横に振って落ち着きなく髪を触ったり頬を撫でている。
「違う、私は、ただっ、私は―――」
「母上さえ生まれて来なければよかったのだ!!」
元王妃の言葉に被せたのは、元国王。
「あなたさえいなければこんなことにならなかった! 私は、私は悪くないぞ!! 私は国王として務めてきた、ベイフェルア国の最高権力者として私は正しく生きてきた! こんなことになったのは母上が女のくせに国王になったからだ! お祖父様もなんであなたなんかを次期王に指名して継承させたんだろう?!」
興奮し、本人も何を口走ったのか分かってないように見える。とにかく、自分は悪くないと言いたいらしい。
流石に言葉を遮られて怒りの形相になった元王妃もその内容にあ然とし、口を半開きにして元国王を凝視している。
こういうのを見ると不思議と冷静になるもので、お前は黙ってろと叫びそうになった心がスン、として顔が虚無になっている自覚がある。
その間にも大合唱は収まるどころか更に大きくなっていって。
「女王陛下万歳!!」
空気が震えるとはまさにこのこと。
人々の叫びは時間差で生まれるやまびこに似た波打つ独特の余韻すら生み出し始めた。
圧倒的な声量が、広間の声すらかき消そうとしている。
「あんたが顔を出せ。それで丸く収まる」
後にハルトがそう言っていたと教えられる。
女王陛下は元国王たちを一瞥してから、テラスに出られる大きな窓に向かって歩き出した。それを追いかけるアストハルア公爵様たち。
窓の前で立ち止まり、公爵様に何かを指示して。
そして、公爵様とツィーダム侯爵様が互いに目を見ながらタイミングを合わせ、ゆっくりと窓を開いた。
女王陛下が窓の向こう、テラスへ。
地鳴りのような、大歓声。
ベイフェルア国の王都の人たちが女王陛下の復権を歓迎し歓喜したその瞬間に、私たちは立ち会っていた。
元国王、元王妃、そして王太子。
手を上げ民のその声に応える女王陛下の後ろ姿を三人はただ呆然と眺める。
主だった貴族がそんな女王陛下の後ろに集まり、あっと言う間に姿が見えなくなって、三人の周りにいるのは、逃走や暴挙を決して許すまいと鋭い目つきで監視してくる騎士団だけ。
そしてそれを離れた場所から眺めるのは。
ベリアス卿だった。
多幸感で満たされた、そんな顔をしている。
グレイがポツリと呟いた。
「あの男が望んでいたのは、これか……?」
それでは明日も本編更新致します。




