王宮闘争 * 比較的穏やかなひと時
『ハンドメイド・ジュリ』の発売以降、読者様からブクマや評価などいただいております。心から感謝申し上げます、ありがとうございます。
まだの方も是非お気軽にしていただき、他にも感想やレビューもお待ちしておりますので今後ともジュリたちをよろしくお願い致します!
「おはようございますジュリさん」
「おはようございます」
「……うん、おはよう」
私は寝ぼけているのかな?
朝、なんだか扉の向こうが騒がしいと思って恐る恐る開けてみたら。
ロディムの弟リウト君と。
「なんで、ヴァリスさんがいるんです」
「扉前の守衛です」
ツィーダム侯爵家嫡男、ヴァリス・ツィーダムがいた。
何故。
騒がしかったのは、ヴァリスさんがリウト君に短剣の投げ方を教えていたとかで、それで盛り上がっていたからだと。
「すみません、うるさかったですね」
ヴァリスさんが申し訳なさそうにして。
「申し訳ありませんでした……」
シュンとするリウト君。
「いや、別にいいよ。それよりね、気になるのは。いいのかな、あれ」
扉前のちょうど正面の廊下の壁にナイフが刺さった傷が無数にある……。
「大丈夫です、もっとお金をかけて直すと言えば文句は言われませんし今は壁ごときに注意を払う奴などこの王宮にはいませんから」
笑顔が怖ぇよ、ヴァリスさん……。
「審問会が間近に迫っていますので、なお一層のジュリさんの安全を第一に、という声が多く上がり扉前も実力者がいいだうろうとなったそうです」
「それでヴァリスさんとリウトくんって、どうなの? 普通騎士団の人とかじゃないの」
「おかしいですね。間違いなく。でも騎士団は王宮内と外の警戒のためこちらに回せませんから。そのためアストハルア公爵閣下による私とリウト君の推薦が通ったわけです」
私の疑問にサラリと答え、ヴァリスさんはリウト君を見やった。
「何より、レオン君の推薦が効きましたね」
「はい。兄上が研究熱心で魔導師たちから評判もよく既に信頼を勝ち取っているようです。そんな兄が魔導師たちにも私の推薦を促して下さったようで、それで陛下も直ぐに許可する流れになったとか」
そうなんだ。研究室と王都の屋敷の往復をしていて忙しいらしくレオン氏と会ったのは一回だけ。イマイチその存在を感じられずにいたけれどやっぱりアストハルア公爵様の息子だ、しっかりやることはやっていたんだね。ありがたい話だわ。
ヴァリスさんの話だと私の審問会は遅くとも三日以内には行われるだろうと。
「このあたりはアストハルア公爵閣下と……情報網をお持ちのようなので、そちらから随時確認してください」
話の途中の僅かな間、ヴァリスさん天井見たわ。分かりました、上にいる人たちから確認します。
「それにしても……ここまで来てまだベリアス公爵が王宮を掌握してるの?」
私は公爵様たちが思うように動けていない話を聞いているのでそのあたりを聞いてみる。
よくよく考えるとおかしな話なのよ。ヴァリスさんを私の扉前に寄越せるほど公爵様の力は絶大。となれば国王だってベリアス家よりも公爵様を頼った方が絶対にいいって気づいているはず。最近のシングさんの話ではベリアス公爵では抑えきれず穏健派の長老会、つまりナグレイズ家のご隠居達が堂々と争い事の仲裁をしたりして強権派の排除に繋げているらしいから。
「王宮を掌握しているという時期は、既に終わっていますね」
「え」
「現在は混沌としている、が正しいでしょう。制御不能状態です」
「そうなの?」
「ええ、ベリアス公爵は国王陛下と結託しここまで王宮を腐敗させましたが……ベリアス卿の影響が一気に出たのでしょうね、真面目で公正な人間がどんどん流出してしまい、残った者たちは保身に必死です。そのせいで誰が誰を裏切るのかと疑心暗鬼になり情報が錯綜し派閥どころか家門同士でも方向性の摺り合せがうまく行かず揉めている所まで出ています。強権派だけでなく中立派も穏健派も内部の統制に腐心していますから」
「うわ、最悪……」
「本当に最悪です。陛下はベリアス公爵を頼りきっていますから『国王とベリアス公爵は一心同体』という構図を許してしまっており、それも事態を悪化させている要因です。王家と派閥の一つが手を組んでいることでまだそこに期待をしたり安心や安定を求めようとする者たちが思いのほか多く纏めきれずにいるのが現状です」
それだけベリアス卿の【スキル】が効いてしまったということでしょう、とヴァリスさんは表情硬く付け加えた。
ベリアス公爵は息子のその【スキル】を最大限活かしてここまできた、その点は疑いようがない。
「ただ、その中心人物であるベリアス卿の動きが全く分かりません」
「それは……」
その事について話していいものかどうか、未だ私は迷っていて誰にも話せていない。
ベリアス卿が望むもの。
ベイフェルア王家の終焉。
そのためにこの国がなくなってもいい、喜んでその事実を受け入れともに滅びるという、あの破滅志向は本来止めるべき。
でも明らかに、あの男には神様の存在を感じる。
神様が、あの破滅志向を赦している。
そこに私の入り込む余地はなく、何より許されない。
その話にはあえて私は触れず、ヴァリスさんから他のことについて色々教えてもらう。
騎士団があれだけ敬遠されていたのにグレイ対策で二日前から殆ど休みなく王宮の警戒に当たっていることや、ククマットになだれ込むように送り込まれた軍や暗部、そしてどさくさに紛れてそれに便乗した他の家の私兵が敗走後に行方不明となりその捜索で複数の家が混乱していることなど、とにかくベイフェルア国は今王都の中も外も大混乱だという話だった。
「そして……各国の動きも慌ただしくなっています」
「だよねぇ……」
私としてはそっちが怖い。
「ジュリさんの後ろ盾のヒタンリ国は遺憾の意を表明後に北方小国群をまとめ上げてバールスレイド皇国とネルビア首長国にも呼びかけ軍を動かす兆候が見えます」
「うん、聞いてる……国境線問題も絡んで『平和の象徴』として私を解放させるために動く可能性が出てきたって。それは私も納得しているし同意してるの、でも問題は」
「リンファ様ですね」
そう! リンファ!!
シングさんの話だと異常にやる気に満ちてて皇帝陛下と楽しそうに軍を動かす準備をしてるって!!
「何でそうなる!!」
「リンファ様から伝言です。『一回そういうのやってみたかったの』だそうです」
「私をダシにしてやることじゃないだろぉぉぉ! リンファ最恐説誰か本にして!! それくらいしないとあいつは黙らない!!」
本気でシングさんの前でそう叫んだからね……。
後はやっぱりバミス法国。
ウィルハード公爵様とラパト将爵様がどうやら枢機卿会を無視して動いているようで、こちらはこちらで獣人の中でも特に精鋭を集めてこの王宮に送り込もうとしているとか、いないとか、という非常に曖昧な情報が来ている。
なんでそんなに皆武闘派なのよ。私が変? 私が変なのか? ここで頭を抱えるのは私が最弱ゆえなのか?!
ただ、それの裏には一人の男が絡んでいる。
グレイよ。
あの男。
多分キリアが『武器』を渡す時、言ってるはず。
全て任せる、と。
で、任せたらこうなるわけだ。こうなるってどういうことだと自分でも思うけど、そういう事。
ヴァリスさんと話していて遠い目になったり失笑したり、黄昏てみたりと忙しく感情を変えていたある時。
じっとこちらを見つめているリウト君の視線に気づいた。
「ん、どうかした?」
「あ、不躾でした、申し訳ありません」
「いいよ、なに、何か気になる?」
「……あの」
「うん?」
「大丈夫だと思います」
「え、何が?」
「私はジュリさんにとってきっといい形で全てが丸く収まると、思います」
「そう?」
「はい。だっていざとなればクノーマス伯爵が全部消し去るでしょうから!!」
すっごい笑顔で言われた!!
この子、物騒!!
それは丸く収まるとは言わないよリウト君!
「それに」
「うん?」
「私は信じています。きっとジュリさんならご自身の力でここから出て行くって」
私は目を見開いた。
「私は、ジュリさんの作るものが大好きです。私だけじゃなく、たくさんの人がそう思っています。そんな皆が許しませんよ、ジュリさんを閉じ込めておくなんて。もし、ジュリさんが一人でここを出るのが困難でも、私たちが必ずその道を開きます。必ず、守ります」
あれ、なんだろう。
この気持ち。
キュンとしたけど、それだけじゃない。
「リウト君」
「はい?」
「うちにおいで。養子として」
ヴァリスさんがギョッとした。
リウト君はというと。
「え、あ?……あの、えっと」
ヤバい、可愛い。
困ってるけど、照れてるのか頬を赤らめて。
「わ、私がですか? そう、ジュリさんに言ってもらえるなんて、考えたこともなくって。それに、怖くない、ですか? 私は魔力が多くて、時々力を持て余すこともあって……」
ちょっとモジモジしてるのがまた!!
「大丈夫、私には世界一物騒な男がもれなくついてくるから! 全然オッケー余裕!! リウト君は全然可愛い許す!!」
「ちょっと、ジュ、ジュリさんっ、そんな話アストハルア公爵抜きでするのはかなりまずいかとっ」
「大丈夫大丈夫、何とかするし、ヴァリスさんは聞かなかったことにすればいでしょ」
「何ですかその暴論」
「ええ? まあ、いざとなったらグレイに物理で何とかしてもらうわ」
「あなたも大概思考が物騒ですよ」
え、心外……。
そんな話で脱線しつつ、でも本気だぞという雰囲気が伝わったのかヴァリスさんが強制的に切り上げて来たので仕方なく話を戻す。
「父上からはジュリさんの立場が悪くなるので私からは決して手を出さないようにと言われていますが、あれ以降、何もないですか?」
あれとは魔導師に私が平手打ちを食らった件のこと。心配そうに瞳を揺らすリウト君可愛いなぁ、グヘヘヘへ……。
「大丈夫だよ、寧ろあれ以降かなり静かになったから。魔法付与出来ないとなると私の使い途って限られちゃうでしょ、扱いに困ってすっかり放置されてるから寧ろ平和」
リウト君はそれを聞きホッとした様子。
「限られるというよりも、王家にとって非常に危険な状態になりましたね。縛り付けておく理由がなくなりました。魔法付与出来なくなったことを虚偽だったとして罪状を重くしてくる可能性がありますが、そもそも軍事力強化や資金繰りにジュリさんを使えなくなりましたから、ジュリさんがここに監禁される意味を成していません。そして……戦争犯罪としてネルビアやバミスなど他国に軍事品や技術提供していたという点ですが、そこからも魔法付与に関して除外しなければならなくなります。ジュリさんが加工したという事実があの件で覆ったと言えますから」
ヴァリスさんは続ける。
「そうなるとジュリさんの戦犯扱い自体が非常に危うい。今の王家にその説明責任を負って他国を説得出来る人材はいませんから審問会自体が開かれず有耶無耶にしてジュリさんを解放しなければならない可能性も出てきました」
「それは困る」
反射的にそう返すと、ヴァリスさんが頷く。
「ええ、困ります。ここまで大きな問題にしておいてなかったことにされては困るんです。ベリアス公爵が急に大臣たちと秘密裏に話し合う機会が増えたのもそれを視野に入れ始めたからでしょう。下手をすると、逃げるかも知れません」
「それはなお困る!」
ベリアス公爵には絶対に逃げられちゃ困る。アイツには王家とともにしっかり責任を負ってもらう必要があるんだから。
「今トルファ家がベリアス公爵の隠し財産の有無を徹底的に調べています。もしあったとしてもこちらで押さえればベリアス公爵は逃げられません」
「王族共々逃げ出す可能性は?」
「それはありえませんね、あの方々がこの王宮を捨てて外で隠れて生きるなんて出来ませんよ。それにベリアス公爵が陛下たちを守る理由などありません、あの男は単純に玉座が欲しいだけですから命を賭して守るなんて考えもしないですよ。価値があるのは王家という権力だけ、王族の命の価値などあの男にとってないに等しいので共に逃げることはありません」
辛辣にも聞こえるヴァリスさんの言葉だけど、それが事実なのよね、このベイフェルア王家って。
「それに……そろそろ、伯爵が来ます。逃げるなんて許さないですよ、あの人が。あなたをここまで巻き込んで苦しめたベイフェルア王家とベリアス公爵を、伯爵は絶対に許しません。それは誰よりもジュリさん、あなたが分かっているはずです」
「……」
そう断言されてしまい苦笑するしかない私。
そう、グレイが迎えにくる。
その時はすぐそこまで来ている。
ヒタンリ国をはじめ、バミスやバールスレイドなど各国を飛び回り一体どんな話をしてきたのか。
グレイが直接会って話をした人たちとの内容については一切入ってこない。
あのトルファ家もその足取りは追えても完全な密室であり、その情報を双方が徹底的に隠し漏れないよう誓約を交わしているとのことで全く把握できないと聞いている。
さっき話した各国の話は嘘じゃない。でもあれは『表面』だ。
ここまで他国の動きが見えないのは、グレイが『その時』を狙って一斉に動いてもらえるようにと働きかけている可能性についてもヴァリスさんが言及する。
「『その時』とは?」
リウト君のその質問に、ヴァリスさんが答えた。
「……ジュリさんの審問会までに、ハルトさんが必ず連れて行くと約束したお方がいるんだよ」
「誰か、来るのですか」
「うん。君は公爵家出身だ、私よりもよっぽどその存在についてお父上から聞かされていると思うよ」
そしてヴァリスさんは告げた。
リウト君の目が見開かれる。
「先の国王……女王陛下。先日少しだけハルトさんと会えたんだ。その時にね、今の国王陛下に責任能力がないのなら責任能力のある者にそれを負う義務があると仰っていた。そして、グレイセル・クノーマス伯爵も同じ考えであり、この王家を終わらせるにしても、再生させるにしても、出来るのは女王陛下しかおられない、そう言っていたそうだよ」
深刻な空気が流れる。
本当に、女王陛下は生きているのか。
ハルトが連れて来るのか。
そして、終わらせるもしくは再生がその人に本当に委ねられるのか。
「……ま、今考えても仕方ない!」
私はこの空気を勢いをつけて吹き飛ばす。流石にヴァリスさんとリウト君が驚いた。
「ということで、さっきのリウト君の話に戻ろう。実際問題リウト君を私が養子にするのって可能?」
「ジュリさん、それこそ今考えても仕方ないのでは? そして私を巻き込むのやめてください」
ヴァリスさん、今更私から逃げられると思うな。あなたもしっかり巻き込まれなさい。
……今更だけど、なんて、穏やかな時間だ。
良いのか、監禁中なのに。
まあ、いっか!
重要かどうかは別として、『ハンドメイド・ジュリ』の旧題『どうせなら、〜』の初期の時点でこのリウトという存在(ジュリの養子になる子)は出来上がっていました。
……こうして書いてみると、アストハルア家は設定でもキャラでも、万能だなぁとしみじみ思います。ロディムといい公爵といい、ジュリ的にも作者的にも割と依存している存在です。グレイセル並みにいないと困るアストハルア家です。




