王宮闘争 * ここからが本番
今日は何をしようかと山積みの素材とにらめっこを始めて間もなく。
初対面の文官数名がやってきた。
「ただいまより審問会が開かれます」
緊張感をはらむ声でそう告げられ、ぽかんとしたものの私は来たかと小さくため息を漏らしてから頷いた。
「分かりました」
予想通り過ぎて、少々気が緩む。
もう少しこう……『なんだと?!』と動揺するようなことをしてくるかと警戒してたのに。
しかも呼びに来た文官は四人、その全員がガクブルしていてどっちが審問会にかけられるんだよ、と言いたい。
「アストハルア公爵閣下から『力及ばす申し訳ない』という伝言を預かっている」
文官たちのガクブルの原因はこの人、近衛騎士団のロイド団長。
すっっっっごい、鬼気迫る顔してまして。私を審問会の会場へ連れて行くのとその間の護衛と書いて監視と読む責任を押し付けられたらしい。
何故『押し付けられた』という言い方になるかというと、この審問会に必ずグレイが現れるとまことしやかな噂が王宮内で流れているそうで私を重犯罪者に仕立て上げた国王は戦々恐々としているらしい。グレイが現れるということは、私を連れ戻すということで、じゃあ私を牢屋に入れ終わるまでに誰がグレイを止めるか、で揉めたと。
……止められるわけがない、あの狂人を。
てゆーかね、私でも無理な気がしてる。
聞くかな、私の話を。
そうなると物理的に止められるハルトがいなきゃ、無理。
私でもそんな事を思ってるくらいには危険な男だということはだいたいの人が把握していて、だからロイド団長たち近衛騎士団が矢面に立つ事になってしまったと。騎士団なんだから止めろよ、止められなかったら責任持て、ってことだね。
ちなみにニール副団長さんや他の団員さんたちもピリピリしてるのよ、押し付けられたことに相当頭に来てるみたい。散々貴族の私兵を取り巻きのように優遇して護衛代わりにそばに置いていたくせに、いざ緊張感が目に見えて伝わってきたら騎士団を頼って責任丸投げするあたりがホント救いようがない国王だわ。
「公爵様のせいではないんですがね。しかもあれだけ私の罪状をどうするかでかなり揉めていると聞いていたのに急にですから……グレイの動きが分かったってところでしょうか」
「ああ、そのようだ。今更分かったとて何になるとこちらは思っている。それに加えてこの期に及んでまだ穏健派と中立派は信用ならないと騒ぎ立てる貴族があることないこと吹聴し妨害しようとしてくるのもいい加減にしてほしい」
ロイド団長が怒っているのは他にもあって、近衛騎士団がアストハルア公爵様へ何度か接触したことで国王や王妃に文句を言われたらしい。王宮内の秩序のために色々相談しただけなのに『裏切り者』と罵られたそうな。なんで王宮を守ろうとしている人に裏切り者と言えるのか理解不能。
「ジュリ殿を地下牢に入れてなんになる。国として敵を増やすだけ、そうは思わないのか甚だ疑問だ。伯爵を牽制出来ると本気で思っているんだろうか」
「……地面に大穴空ける男に、地下牢なんてあんまり意味ないと思います」
「是非とも空けて欲しいものだ」
審問会が始まるまで待機する部屋へ向かう途中、ロイド団長のその発言に思わず立ち止まる。
あれ、なんか想像以上に怒ってる……。
「ずいぶん、お怒りのようですが……何かありましたか」
「我々騎士団が対応すると言ったのだ。クノーマス伯爵にあなたの無事を伝え、話し合いの場を設けて貰えるよう交渉すると。あなたから頂いた魔法付与品、あれを身に着け経緯を説明すれば少なくとも愚かな貴族よりも耳を傾けてくれる可能性がある。だが我々騎士団が話をすると言ったのが気に入らない奴がずいぶんいたらしい。何を勘違いしたのかクノーマス伯爵を倒す、侵入させない、説得し話し合いの席に着かせる、このどれか一つでも出来たなら褒美をくれと言い出した馬鹿がいて」
「は?」
「それが良いと賛成して陛下が許可してしまった」
憮然とした、実に分かりやすく不快そうに顔を歪ませたロイド団長は壁を殴る。そのあまりの強さに壁が大きくへこみヒビが広範囲に一気に走った。うん、そこは趣味の悪い壁だったから変えたらいいよね!
「え、それで、どうなってるんですか」
「王宮には十以上の貴族の私兵や自警団が陛下によって招き入れられ、その者達が勝手に伯爵を迎え撃つため準備し始めた。挙句正面大門はそこでの遭遇率が高いだろうと場所取りの諍いも起きている」
「ええっ?!」
ちょっとまって。
なんか変な所で既に騒ぎが起きてるって、どういうこと?!
おかしいおかしい! 騎士団遠ざけて貴族の私兵呼び込んで王宮守らせるって何?! 全く意味わかんない!!
しかも、グレイを、倒す? 侵入させない?
百歩譲って、話し合いの席に着かせる、これはできるとしよう。
倒す、侵入させない。
無理無理無理無理無理無理。
絶対に、無理!!
そしてなんだか外がやたらと騒がしい。
ロイド団長がチラッと近くの窓に目をやって、ニール副団長も眉間にシワを寄せた。確実に面倒なことが起きてるよね、これ。いったいなんだろう? あ、そんな事気にしてる場合じゃなかったわ。
私がどう考えてもグレイを止められる訳がないとブツブツ言いながら歩いていたら、文官達が突然走り出した。
「え」
驚いて上擦った変な声を出したけれど、ロイド団長もニール副団長も団員さんたちも、何も言わずただ見送る。
「え、へ? 何が起きてます?」
「逃げたのだろう」
「はい?」
「もうダメだと、そう一番感じていたのは嫌な仕事を押し付けられる末端。あの者達も例外ではなかったようだしな。……逃げられるなら、逃げた方がいい、今のうちに」
急に達観した、諦めのような雰囲気を醸し出したロイド団長。
「……ロイド団長教えてもらえますか」
「なにを」
「何かありましたか? 今朝、ですね。昨晩公爵様は何も仰ってませんでした。だから朝です、何があったんですか」
ロイド団長はまっすぐ私の目を見つめる。私は逸らさず、答えを待つ。
「王都に住まう全ての住人に対し、増税がつい先ほど発令された」
「……はい?」
「その理由を分かりやすく言えば……王宮に攻め込もうとしている反王家組織がいるから軍事力の増強が必須、そのための増税だと」
グレイ一人を理由に、というわけではないらしい。
まず私の加工する魔物素材に魔法付与が出来ないと発覚したのが発端で、魔法付与品を軍事力増強よりも先に国内外で売ったり取引に利用して手っ取り早く大金を得るという計画だったけれどそれが頓挫してしまったからだという。一つ安くても数百、運が良ければ数十万リクルもゆうに超える魔法付与品を量産できると踏んでいた王家やベリアス家周辺は既にその売買契約をいくつか結んでしまっていたらしい。前金としてかなりの額を受け取ってもいたと。
「その納期の殆どが来週となっているそうだ」
「ええ? いくらなんでも早すぎるのでは……」
「ああ。そしてあなたの加工した素材は付与の成功率も極めて高いことは我々でもわかっていること。故にわざわざギルドや伝手による諸外国の魔導師も招いて魔法付与をさせようとしていた。その招いた魔導師達が話が違うと抗議しさらに二日前には全員が出ていった。そしてギルドや伝手となった外国の貴族たちから派遣した際の費用請求が抗議と共に次々と届いているし、既に違約金の請求をしてきている所もあるそうだ。増税した所で直ぐに入って来るわけではない、金を扱う部署と外交を担当する部署は今大混乱だ。そこからも人がどんどん逃げている」
「うわぁ」
やってることが、アホすぎる……。
審問会が開かれるという広間の隣にある控室。
そこに案内された時、侍女が一人もおらず騎士団の女性魔導師さんがお茶の準備を始めたことに驚いた。主に王家と強権派と対立姿勢を見せている穏健派と中立派の家から行儀見習いで来ている令嬢達が最悪の事態を想定して侍女職を辞め実家に帰っていて、残った侍女では王宮内を全てとても賄えない状況になっていた。後ろめたい気持ちがある貴族の一部も王宮から出ていっているらしい。そもそも貴族たちには議会に出席する義務と権利があって、私の審問会と今はもう一つ大きな問題のために議会が開かれれているのに出て行くって時点で貴族としてはあってはならない事だとロイド団長が静かに怒っている。
「しかし、そんなに激化したんですか、国境線」
私の質問に答えてくれたのはニール副団長。
「現在全ての騎士団が撤退し王宮にいるため国境線はマーベイン辺境伯以外は撤退や停戦は認められず継続を強いられています。王家が現在の王宮内の混乱を緊急事態だと宣言しそれを理由に資金提供や人材派遣を止めてしまったため、ネルビアの侵攻を抑えることが全くできていません。救援要請が来たため、ジャン団長とウェルツ団長は出動許可を申請したのですが、それが却下されました。このままでは数日中に陥落する領も出てしまう」
無意識に呼吸を止めていた。
苦しくなって、ようやくそのことに気がついて深呼吸をする。
「見捨てられ、たって、ことで、すか?」
呼吸がおかしくて言葉の区切りが狂う。
マーベイン辺境伯爵領以外の国境線が見捨てられたということは、どれだけの命が犠牲になるんだろう。
やっていることが矛盾を通り越して滅茶苦茶だ。
ネルビアは分かっていて攻めている。この混乱を利用していることは私でも理解しているし、それが国同士の駆け引きや交渉に繋がることも最近は知った。
それを許さない王家。それこそ、降伏なんて格好悪いとでも思っているのか、それとも領民なんてどれだけ死んでも国土が守られるならそれでいいと思っているのか。
交渉、駆け引き。
こんなわけのわからない国はさっさとやればいいのに。きっとその方が傷は浅くて済むから。一体この国はどこまで愚かな事を繰り返せばその罪深さに気付くんだろう。
私がとやかく言えることではないと分かっている。国同士の駆け引きなんてやれる人がやるべきこと。それでも喉に何かが引っ掛かるような不快感でイライラする。何とかならないの、と頭を抱えそうになった。
その時、扉を叩く音が響く。
「来たか」
ロイド団長は重く低い声でそう呟いた。
審問会の場所は本来三十人くらいの小会議が開ける部屋があって、そこで行われるらしい。でも今回は何故か玉座のある王の広間。天井が高くどこかの神殿と言われてもおかしくない、かなり広いその場所を使う意味が全く分からずにいたけれど通されて分かった。
(ずいぶん集まってる……)
それだけ注目度が高いのかも知れない。【彼方からの使い】を戦犯者として強制士官にし、そして王宮でずっと強制労働させることを決定する場となる。審問会はその前に行われる罪状の確認や証拠固めなどで罪を決めて行うものなのでここから無罪となって解放される人はいないとのこと。つまり最初から有罪確定という理不尽さ。
【彼方からの使い】を王家が縛り付ける。そのための審問会。
だから穏健派と中立派からも離脱する家が出たと聞かされた。
強権派につき、そのまま賛成に回ればクノーマス家を出し抜いて私から様々なものを搾取出来るだろうと。
一時的に膨れ上がった強権派。アストハルア公爵様が王宮内を統制出来ずにいるのもそれが大いに影響してしまった。
それを都合がいいと放置する国王と王妃。
ホント、滅茶苦茶だ。
この国、一回潰れなきゃダメだよ。
「はぁぁぁ」
かなり大きなため息出ちゃったよ……。
視線集めてしまった、ごめん。
そして国王と王妃登場。その後ろに王太子もいる。王女は、幼いからかそれとも必要ないと判断されたか、今一緒に出てこないところを見るとこの審問会には出ないってことかな。
さらにアストハルア公爵様とベリアス公爵が並んで登場し、連なるようにしてツィーダム侯爵様、トルファ侯爵様、今まで接点のなかった侯爵が数名玉座の一番近くに綺麗に並んだ。
先にいた宰相が国王と王妃が座るのを確認し、ついで公爵様たちが並び終えるのを確認すると、国王の斜め後ろから自身が握る杖を床に二度強く打ち付けた。
「それでは、これより審問会を開会する!!」
僅かなざわめきもそれで収まりシン、と静寂が広間を支配した。
不思議なことに私、全く緊張してない。
これもセラスーン様の影響かな?
というかセラスーン様の存在を直接感じたのは魔導師に引っ叩かれたあの時のみ。
それって、やっぱり何らかの力が働いてるよね。なんだかんだ言いつつセラスーン様は私のお願いは無視できないはずだから。
(つまり、セラスーン様の干渉はないと見ていい。そんな状況で他の神様は、どうなんだろ?)
ふと視線を動かすと、目の端にペリーダ伯爵様が映る。
とても落ち着いたその表情はペリーダ伯爵だからこそのものかもしれない。
そういえばペリーダ伯爵様が言ってたよね。
今回のことは全ての神様が注目してるって。
神様たちが見ている。
人間が何をするのか。
その先に神様達の望む発展は訪れるのか。
さあ、ここからだ。
王宮闘争、ようやくここまできた……。
まだ続きますけどね!!
ブクマ、評価、イイネに感想、そして誤字報告ありがとうございます。
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書籍も絶賛発売中なのでそちらもよろしくお願い致します。
そして作者の気分転換で極稀に執筆している
『とある喫茶店の日常』
という連載も投稿始めました。こちらは緩くほのぼのした珈琲店の従業員たちの日常のお話。
1話の文字数は二千以下、不定期投稿となりますがよろしければそちらもお読み下さい。珈琲の専門知識などなくとも読めます。




