クダンムーン③
年が明けて1月。
クダンムーンは、芝1600mの菜の花賞に出走した。
新馬戦と違って、今回は簡単なレースではなかった。
好位につけたものの、道中で囲まれ、進路がなくなったのだ。
「出られるか?」
少し不安になる。
直線に入ると、中野騎手がわずかな隙間へクダンムーンを向けた。
前には2頭。
外にも馬がいる。
「行け!ムーン!」
クダンムーンは怯まなかった。
馬群の間を割って抜け出す。
そこから一気に先頭へ。
2着馬に1馬身差。
クダンムーン、2連勝。
「新馬戦のときより良くなっていますね」
中野騎手が言う。
「前より体つきもしっかりしてきたと思わない?」
クダンムーンを曳いている陽菜ちゃんが、片手を上げて出迎えてくれる。
パチンとハイタッチを交わす。
「調教でも動けるようになっています。まだ良くなりそうですよ」
木場先生も続けた。
まあ、俺が選んだS判定馬だからな。
次走は、少し間隔を空けてチューリップ賞。これまでと同じ芝1600mで、桜花賞と同じ舞台でもある。
2歳女王クレールドールも出走予定だ。
いきなり世代トップとの対戦。
望むところだった。
◇◇◇
迎えたチューリップ賞当日。
阪神競馬場のパドックで、俺はクダンムーンとクレールドールを見比べていた。
クレールドールの瞳は確かに強く輝いている。
でも。
クダンムーンの輝きだって負けていない。
「いけるよな」
俺が呟く横で、木場先生は別のところを気にしていた。
発表されたクダンムーンの馬体重は、前走からマイナス2kg。
数字だけなら、大した変化には見えない。
「先生、何か気になりますか?」
彩夏さんが訊ねた。
「美浦を出る前はもう少し増えていたんですよ。輸送で減っているのが、少し気になります」
「2kgでもですか?」
「2kgという数字より、想定以上に減ったことが気になりますね」
これまで環境が変わっても飼い葉食いが落ちなかった馬だ。
俺も輸送くらい問題ないと思っていた。
それでも、クダンムーンの瞳の輝きは変わらない。
◇◇◇
チューリップ賞がスタートした。
クダンムーンは今回も好発。
中野騎手が無理なく促し、すんなり2番手につける。
折り合いも問題ない。
良い手応えのまま4コーナーを回った。
「よし!」
直線に入る。
前を行く逃げ馬との差が縮まっていく。
抜け出す。
そう思った瞬間だった。
「あっ!」
逃げ馬がクダンムーンの方へヨレてきた。
中野騎手が手綱を引く。
クダンムーンの勢いが止まった。
その外を、クレールドールが悠々と抜け出していく。
「ムーン!」
態勢を立て直し、中野騎手がもう一度追った。
クダンムーンが再び伸びる。
先に抜け出した馬たちを猛追する。
だが、クレールドールには届かない。
クダンムーン、2着。
勝てなかった。
ただ、収得賞金を加算し、桜花賞への優先出走権を手にした。
引き上げてきた中野騎手の表情には、確かな手応えがあった。
陽菜ちゃんも嬉しそうにクダンムーンを迎える。
木場先生も満足そうだったが、戻ってきたクダンムーンの歩様や脚元に目を向けていた。
さすが木場先生だ。
俺は、さっきの直線を思い返していた。
一度止まりかけた。
それでも、もう一度伸びて2着まで来た。
重賞を狙えるかどうか、なんて話じゃない。
この馬なら、桜花賞だって勝てる。
そう思わずにはいられなかった。




