クダンムーン②
今年の夏のセリでは、S判定の馬を1頭も競り落とせなかった。
買えたのはA判定の馬3頭。十分走ってくれそうな馬たちだ。
それでもS判定がいないとなると、ますますクダンムーンへの期待が大きくなる。
そして10月末。
北海道で育成を続けていたクダンムーンが、ようやく美浦トレセンへ移動し、木場厩舎に入厩した。
担当厩務員は陽菜ちゃんだ。
◇◇◇
11月。
陽菜ちゃんに誘われて、阿見にあるイタリアンレストランへ来ていた。
「ここのピザ、美味しいでしょ?」
「うん、美味い」
焼きたてのピザを頬張りながら、クダンムーンの近況を聞く。
「お父さん……じゃなくて、先生から聞いてると思うけど、順調そのもの。環境が変わって飼い葉食いが落ちることもないし、ゲート試験もすんなり通ったし」
「それは良かった。調教の方はどう?」
「調教助手の評判もいいよ。スピードもあるし、マイルは問題なさそうだって。もう少し距離が延びてもこなせるんじゃないかって」
順調そうで何よりだ。
「ひょっとすると私の担当馬から重賞勝ち馬が出るかも、なんて思ったり」
「そうなったら厩舎へのお祝いとは別に、陽菜ちゃんにも何かお祝いするよ」
「本当?」
「もちろん」
「楽しみだね。順調に進んで欲しいな」
「そうだね」
本当に、そうなると良い。
「そういえば陽菜ちゃん、一番好きな馬って何?」
「ブレイヴハート」
即答だった。
「世代じゃないだろ」
「映像なら何百回も見てるからいいの」
ブレイヴハートは、サタデーサウンド最後期の産駒で、無敗三冠を達成した名馬だ。
「誕生日も一緒だし」
「本当に?」
「本当」
どうやら、かなりのファンらしい。
◇◇◇
その11月、嬉しいニュースが届いた。
クダンムーンと同じセリで買ったクダンストーンが、2戦目の未勝利戦を勝ったのだ。
「勝った!」
クダンストーンは俺の判定ではA。
その馬が、まず1勝した。
やっぱり、俺の馬選びは間違っていない。
そうなると、S判定のクダンムーンのデビューがますます待ち遠しくなる。
◇◇◇
そして12月。
中山競馬場、芝1600mの新馬戦。
ついにクダンムーンのデビュー戦を迎えた。
鞍上は中野竜也騎手だ。
パドックを歩くクダンムーンを、俺はじっと見る。
大丈夫だ。
出走馬の中で、一番瞳が輝いている。
負けるはずがない。
クダンムーンは好スタートを切ると、すんなり2番手につけた。
前に馬を置いて力む様子はなく、そのまま4コーナーを回る。
直線。
「行け!ムーン!」
中野騎手が追い出した。
クダンムーンが先頭へ並びかける。
そこから一気に抜け出した。
後続との差が開いていく。
2馬身半差。
クダンムーン、デビュー勝ち。
「よし!」
レース後、中野騎手も笑顔だった。
「乗りやすいですね。出していっても力まないし、こちらが待てと言えば待ってくれる。センスがあります」
「ありがとうございます。次もよろしくお願いします」
俺の目ではわからないところまで褒めてもらえて、この先がますます楽しみになった。
そして口取り式。
クダンムーンの手綱を取っているのは陽菜ちゃんだった。
陽菜ちゃんも笑っている。
俺もその隣に並んだ。
自分で選んだクダンムーンが勝って、陽菜ちゃんと一緒に口取りに出る。
それが、思っていた以上に嬉しかった。




