クダンムーン①
昨年のセリで買った3頭が、今年2歳になった。
馬名登録も無事に終了。
中でも一番期待しているムーンライトの仔は、クダンムーンとして登録された。
管理調教師は木場先生にお願いしている。
デビューまではまだ時間がある。
それでも、自分が社長になって初めて買った世代だ。様子が気になった。
というわけで。
「うわっ」
「社長!」
新千歳空港から日高へ向かう国道。
スタッドレスタイヤを履いた4WDのレンタカーが、除雪されたはずのカーブで滑った。慌ててハンドルを切り、立て直す。
幸い、すぐに車は安定した。
「今の、ちょっと滑った?」
「滑りましたよ!だからスピードを落としてくださいって言ったじゃないですか!」
彩夏さんに本気で怒られた。
「はい。すみません」
「北国の冬を舐めないでください!」
「……はい」
北海道まで来て、競走馬を見る前に事故を起こしたら笑い話にもならない。
素直に高田ファームの人に迎えに来てもらえば良かったな。
国道を外れると、路面の雪がさらに増えた。
俺はさらに速度を落とし、慎重に車を走らせる。
2歳馬たちの育成をお願いしている高田ファームの看板が見えたとき、馬を見る前から妙な達成感があった。
◇◇◇
「よく来たね、陸くん。寒かっただろう。まずは中に入ってコーヒーでも飲んでくれ」
出迎えてくれたのは、牧場長の馬場直樹さんだった。
爺ちゃんが馬主だった頃から九段の馬を預かってくれている人で、俺も子どもの頃から知っている。
「お世話になっています」
「なあに、その分のお金はもらっているんだ。堂々としてくれ」
馬場さんに促され、彩夏さんと応接室へ入った。
コーヒーでひと息ついたところで、さっそく訊ねる。
「預けた3頭はどうですか?」
「これがだな……」
馬場さんが急に言葉を濁した。
え。
何だ。
「まさか、怪我でも――」
「良い。良いよ」
「……驚かせないでくださいよ」
「ははは。悪い悪い。この分なら3頭とも勝ち上がれるんじゃないかな」
心臓に悪い。
「特にクダンムーンが良い。どれもよく見つけたもんだよ」
「前も言ったでしょ。俺は瞳の輝きで馬の強さがわかるんですよ」
「あながち嘘じゃないのかもしれないな」
「信じてくださいよ!」
クダンアイズを見つけた男に対する扱いとは思えない。
「クダンムーンの母ムーンライトは北味ファームの生産で、母母は北味ファームの輸入馬だっけ。
こういう馬を出してもおかしくはないが……」
それでも、良血馬がいくらでもいる北味ファームでは繁殖牝馬として残れず、ムーンライトは今、葛西牧場で繋養されている。
父のシドニーストームも、日本ではまだ目立った産駒を出していない。
「それにサタデーサウンドの血を持ってないのもいい。繁殖に上がった時が楽しみだね」
「今だと珍しいんですよね?」
「今じゃ、あの馬の血を持っていない馬のほうが少ないんじゃないかな」
サタデーサウンド――日本の血統地図を塗り替えた大種牡馬だ。
でもクダンムーンにはその血が流れていない。
他の2頭は、さらに地味な血統だった。
それでも、育成を任せている馬場さんから3頭まとめて好評価をもらえた。
まずはそれで十分だ。
◇◇◇
話を終えると、馬場さんに屋内坂路へ案内してもらった。
外は一面の雪だが、中では何頭もの若馬が坂路を駆けている。
「ほら、あれだ」
馬場さんが坂路の下を示した。
数頭の馬がこちらへ向かって駆け上がってくる。
その中に鹿毛の牝馬がいた。
クダンムーンだ。
他の馬ほど騎乗者に促されていないように見える。
それでも坂を上がるにつれて、隣の馬より少しずつ前へ出てくる。
「おお……」
「な?良いだろう」
「はい」
セリで見たときより、ずっと競走馬らしい体になっていた。
馬体の細かな良し悪しは、俺にはわからない。
でも、一つだけわかる。
坂路を駆け上がってきたクダンムーンの瞳には、初めて見た日と変わらない強い輝きがあった。
やっぱり、クダンムーンは走る。




