クダンロード⑤
毎日王冠を走り終えたクダンウイングは、幸い脚元にも歩様にも異常は見られなかった。
翌日も変わらない。
火曜日になっても熱感や腫れはなく、カイ食いも問題なし。
木場先生からその報告を聞いて、ようやく一安心できた。
「次はエリザベス女王杯を考えています」
「わかりました」
クダンウイングは木場先生が懇意にしている茨城の外厩へ移動した。美浦へ戻るのは、次走の3週間前の予定だ。
◇◇◇
それから秋華賞が終わり、迎えた菊花賞。
『菊花賞馬はイッキトウセン!三冠の最後を制したのは、中野竜也とイッキトウセン!』
TVで観ていて、思わず「勝った!」と声が出た。
イッキトウセンの馬主である船橋さんは木場先生にも馬を預けている方で、俺も親しくさせてもらっている。
その縁で、後日開かれた祝勝会に招かれた。
宴も進んだ頃、中野騎手とグラスを合わせる。
「おめでとうございます。NHKマイルに続いて、今年2つ目のGⅠ制覇。リーディングも一桁で、充実されていますね」
「ありがとうございます。これも船橋さんや九段さんから、いい馬を任せてもらっているおかげです」
「長距離は騎手で買え、なんて言いますけど、菊花賞はやっぱり特別ですか?」
「そうですね。自信になります。近頃、ようやく競馬がわかってきた気がします」
中野騎手がグラスの酒をあおり、俺に向き直った。
「九段さんに聞きたかったことがあります。クダンロードがGⅠで勝ち切れずにいた頃、乗り替わりは考えなかったんですか?
ロードなら、リーディング上位の騎手でも外国人騎手でも乗ってくれたと思います」
「当時の中野騎手はリーディング20位ぐらいでしたっけ。既にリーディング上位の騎手でしたよ」
「20位はフルゲートじゃあ除外です」
俺も笑った。
笑いが収まったところで、今度はこちらから訊ねる。
「……今のご自身が乗っていたら、クダンロードをGⅠ勝たせられたと思っていますか?」
「……思っています。今の自分なら」
中野騎手はグラスを置き、俯いた。
「実を言うと、乗り替わりなんて全然考えていませんでした。
もともと中野騎手は好きなジョッキーでした。フォームが綺麗だなって、それぐらいしかわからなかったんですけれどね。
木場先生も、中野さんの騎乗を悪く言ったことはありませんでした」
「木場先生は同郷で、騎手になってからずっとよくしてもらっています」
「木場先生、面倒見がいいから」
「そうです。今日のイッキトウセンも、木場先生がつないでくれた縁です」
「それに、クダンムーンです。あの桜花賞で、中野騎手なら任せられるって思いました。あれからずっとです」
「そう……ですか」
あの桜花賞。中野騎手はクダンムーンの異変を感じ、すぐに追うのをやめてくれた。
それでも、今はこう思える。
「クダンロードがいて、クダンムーンがいて、今の自分がいる。それで良いと思えるようになってきました」
中野騎手はしばらく黙っていた。
やがて、グラスを手に取った。




